少年カイザー(挿絵複数有り)

めめくらげ

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『ではお天気の概況ですが、7月を前に、明日は早くも本格的な暑さとなるみたいです。東京でも山沿いの地域は30度、都心ではなんと33度の予報が出ているみたいで、今年いちばんの暑さとなり、朝から快晴とのことです。33度!真夏日ですね~。いやんなるなあ、ボク暑さに弱いのよ』

深夜1時。毎週欠かさぬラジオをイヤホンで聴いているが、いつも眠気をいざなう勅使河原の声を聞いても、今夜はそれが訪れそうにない。

薄々わかっていたことだが、啓吾は夏休みでも教職の仕事と水泳部の練習があり、客先の拡張により忙しくなった実家の花屋の手伝いにも駆り出されるため、2日以上の連休は絶望的であるという。

先週晴れて納車を済ませたが、余った車の資金で海外旅行に行こうと言っていたのに、これではせいぜいドライブがてらの熱海や伊豆あたりでの一泊旅行が関の山であろう。「一緒にいられるのなら何でもいい」と可愛らしい言葉のひとつも返してやりたいところだが、正直そんな古い不倫旅行のようなシケた予定などちっとも面白くない。近場の海や山などは、子供のころからすでに家族や友達と行き尽くしているのだ。


だが、眠気も起こらぬほどムシャクシャしているのはそれだけが原因ではない。彼が両親に"そろそろ身を固めたらどうか"という話をされたことを、先ほどの電話で"わざわざ"明かしてきたことが大きな原因だ。「どうするの?」と尋ねたら、「まだそんな気にはなれないよ」と返され、「"まだ"って何?」と少し怒気を含んだ声で返したことが発端となって軽い言い合いとなり、会話の途中で切るということはなかったが、後味の悪いまま通話を終えた。

……しかし、こんな話をされる日が訪れると思っていなかった、と言えば嘘になる。思っていたよりずっと早く訪れてしまったが、覚悟していなければならぬことではあったのだ。そして「まだない」ということは「いずれそうなる」という意味もはらんでいる。それはつまり、ふたりの将来は約束できないということだ。

下町の鉄クズ工場のひとり息子と、代々松濤に家を構え、表には出ないが花卉業界の権威として名高い三国家の御曹司が、性別を無視した恋愛を続けていけるわけがない。まだ20代前半の彼に結婚話が持ち上がるというのも、彼が教師であるからというより、彼がそれなりの家柄の長男であるが故のことだ。彼の親は恐らく、息子の経歴に箔がつくから教職に就くことを許しただけであって、彼は親の思惑どおり、いずれ今の職を辞し家業を継ぐはずだ。そのとき妻のように彼を支える者が同じ男、ましてや自分などであるわけがない。第一、友人である彼の弟にすら明かしていない日陰の関係である。かつてのクラスメイトたちの目つきが、まるで夜行性動物のそれのように、暗闇に光って浮かんできそうになる。

イライラしていたが、やがて急激に虚しくなり、そのあとにようやく寂しさがこみ上げてきた。冷静にならずともわかることではないか。わざわざそのことを伝えてきたということは、「まだないけど、いずれそうなる」ことが、彼の人生プランの中にしっかり組み込まれているということなのだ。漫画やドラマで、格上の男に見初められた庶民のヒロインがぐずぐず悩んでいるようなことが、現実に起きている。だがそれは決して非現実的なことではなく、付き合う相手によっては誰にも起こり得る現実的な悩みである。


ー『明日は真夏日になるってこともあって、いよいよ今夜あの企画を復活させようかなと。何だと思います?この時期といえば、そして丑三つ時をまたぐこの時間帯のラジオでやるといえば……そう、アレです。真夏の夜の怖い話。まあまだ真夏じゃないんだけどね。でもリスナーからの募集はホームページでもすでに行ってましたから、皆さんそろそろやるんじゃないかな~って思ってたでしょ。やりますよ~さっそく。何でかというとね、早くも投稿数がエラいことになってるの。去年の7月半ばかな?ベタだな~なんていいながら試しにやってみた企画ですけど、やっぱみんなこういうの好きなんだよね~。ネタがある程度集まったらやろうかなんて言ってたのに、募集したらすぐにうわーって集まりまして。ね、水野くん。もう厳選に厳選を重ねて、夜な夜なみんなで皆様からのメールを読んで、スタッフ何人か体調崩したりもして、ははは、怖いのいっぱいピックアップしましたからね』

……漫画やドラマと違うのは、現実にハッピーエンドは約束されていないということだ。そして作品の中の彼らのように、いつまでも若いままではいられないということだ。頭から布団をかぶり、眠ろうと努力する。こんな夜は久しぶりだ。

ー『ではさっそく参りましょう……ひとりで聴いてる方もいいですか?えー1通目、東京都ラジオネーム、チン毛巻き込みロールケーキ。コーナーにまったくふさわしくないラジオネームですね』

明日からもしも彼とすれ違ったら、どんな顔をすべきかわからない。木曜日は授業の関係でまったく出くわさないことが多い。しかし金曜日だと、教室移動のタイミングによっては幾度もすれ違う。別に立ち止まって話すことはないし、いつもチラリと目配せをして微笑んで通りすがるだけだが、明日鉢合わせてしまっても、きっと目を合わせられない。
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