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荒野の僕ら
しおりを挟む降りしきる雨の中、ぬかるんだ裏庭の地蔵の前で、サラは何かを考えたり何にも考えなかったりして、カサを片手にボーッと立ち尽くしていた。
空は薄く赤茶けていて、明るいが厚い雲に覆われている。雨気と同時に、久しぶりに最悪の不調状態が2日ほど続き、同室のハルヒコとも会話どころか目すら合わせず、天音が様子を見にきても眠りつづけ、米の一粒も口に入れずにずっとベッドの中でミノムシと化していた。水曜の、4時限目にさしかかるころ。3日ぶりに外に出て、ふらふらと駅前のゲーセンに行き少しだけ遊んだあと、商店街でハルヒコを介して知り合った喫茶店の店主に出くわして「まーた学校サボってんのか」と笑われ、店に招かれてコーヒーを飲ませてもらった。
そのあとで増水した川にまたがる大橋に立ち寄って、降り続ける雨のせいでごうごうと音を立てる濁流をじっと見下ろし、その光景に「渦川」という苗字を連想しつつ、ここから落ちて死ぬのは嫌だなあとぼんやり考えていた。気がついたら1時間が経っていた。
そしてここでも、気がつけば30分が経過しようとしている。地蔵は何かを祈るものではないとわかっていながら、サラは祈るように兄の死をたびたび空想していた。幼い頃からここにやって来るまでの、地獄のような日々の回顧と共に。
それから大きな安寧と、汚らわしい兄以外の体温が欲しいとも願った。自分だけを見てくれて、自分だけの安らぎとなる人が欲しいのだと願った。低気圧が嫌いだから、今年はあまり悩まされたくないのだとも願った。どれも叶わぬ虚しい望みだが、願うことをやめられなかった。
ー「サラ」
ハッとして振り向くと、いつの間にか大吾郎が立っていた。サラは無言でその顔を見つめる。
「どうした?こんなとこで」
「別に」
「学校は?」
「ゴローこそ」
「昨日急に熱が出たから早退して、今日は休んだ」
「ふうん……下がったの?」
「うん。たくさん寝たせいか、さっき起きたら7度切ってた」
「そう」
「………」
となりに並んで、大吾郎はさしていたカサを開いたまま地蔵にかぶせるように置いた。
「いつも野ざらしだけど、いいのかな」
「?」
「よく道路っぱたに置かれてる地蔵って、祠みたいなのにガードされてるから」
「ああ……」
地蔵にカサをゆずった大吾郎を半分入れてやろうとするが、彼の方がずっと大きいので、あまり意味をなさなかった。
「いいよ」
「でも濡れたらまた熱出るよ」
「じゃあ俺が持つ」
サラの手からそっと柄を取り、サラの方が多く、ふたりは同じカサに入った。
「考えごとしてたの?」
「……ボーッとしてただけ」
「今までどっか出かけてた?」
「うん。ゲーセンと喫茶店」
「そっか。あのさ……」
サラの澄んだ薄い瞳が、大吾郎をそっと見上げる。
「……もしもまたこういう日があったら、俺のことも誘ってくれ」
意味を取りかね、小首を傾げる。その様子に大吾郎は、少しだけ照れくさそうに地蔵を見下ろしたまま付け加えるように言った。
「そのときは俺も一緒にサボる。……ひとりの方がいいかもしれないけど、どこかに行くならときどきは俺も一緒に連れてってほしい。遠くに行くんでもいいし、その辺の川でもどこでもいいから」
大柄な図体でもじもじとするが、もう一度サラを見つめたその瞳は力強くてまっすぐで、サラはつい目を逸らした。
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