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しおりを挟むー『これはおととし、東京の心霊スポットとして名高いあるトンネルに、大学の仲間と連れ立って肝試しに行ったときの話です。ここは多摩地区最恐の……キョウが恐いのキョウになってますね……最恐のスポットと恐れられている場所で、行けば必ず「出る」と昔から噂されていたようです。夏休み中にそれを人づてに聞いた暇な私たちは、さっそく行ってみようということになり、恐怖よりもワクワクした気持ちで深夜に到着するように車で出発しました。私たちの住む場所から山までは2時間近くを要し、ほとんど小旅行の気分です。しかしいざ山道に入ってみると、なんとたったの15分ほどで、山道の側道にあっさりそのトンネルらしきものを発見することができたのです。山に入っていちばん最初に見えるトンネルだと聞いていたので、おそらくこれしかないだろうとは思いましたが、あまりのあっけなさに違和感すら覚えました。しかし恐怖に後押しされた興奮もあり、違和感など気にしてもいられず、とりあえず車でそのトンネルを抜けようということになりました。今になって思えば何ともおかしなことですが、そこは廃トンネルなのに封鎖されていなかったのです。そして後からわかることですが、私が抱いた違和感はやはり勘違いなどではなかったのです。話に聞いていたよりも、ずっと早くそのトンネルに辿り着いたこと……人から聞いたとおりなら、心霊スポットだというそのトンネルは、ふもとから車で1時間はかかるはずなのに』
夏休み、というワードでよけいに気分が滅入る。今年の夏もいろいろとしたいことはあるが、早くも大きな楽しみのひとつが失われたのだ。ただ旅行に行けないことではなく、「恋人同士の楽しい夏の思い出」を作れる保証がなくなったのである。結婚話の件さえなければ心中でふてくされる程度で済んだものを、それに対する彼の返答は、ふたりの関係の終焉に直結するものであったのだから。車好きの父の愛車を借りて、あの暗い山道をひとりであてもなく爆走したい気分に駆られる。こんなに野蛮な気分になったのも初めてだ。
ー『トンネル自体はそう長いものではなく、また噂されているような霊現象に見舞われることもなく、これもまたあっさりと出口までたどり着いてしまいました。体感にしておそらく1、2分といった程度です。これにはみんなも拍子抜けで、その期待はずれな結果に白けた気分でいっぱいでした。車を降りてみても特に異様なものは感じられず、私たちの前にそびえるのはただの真っ暗な洞窟でしかありません。私たちはそのままUターンして、収穫もなく山を下ることにしました。しかしみんなで文句を言いつつ、仕切り直しにどこか行くかと盛り上がっていたところ、仲間のうちのひとりだけ、様子がおかしいことに気づきました。先ほどから彼だけが一言も発さず、下を向いて肩を震わせています。彼はエアコンが直撃する場所に座っていたため、寒いのかと尋ねましたが、どうやらそうではないようでした。しかし問いただしても何も話そうとしません。どうやら、何かに怯えているようでした。そのせいで何となく車内が気まずくなったまま、ひとまず山を下りてから見つけたファミレスに入ることにしました』
……啓吾のことで頭がいっぱいだったが、無意識に聞き流していたこの話は、もしかしたらこのあいだの「あのトンネル」のことではないだろうか?天音は左耳にもイヤホンをはめ込んだ。
ー『そこで私たちは、衝撃の真実を知ることとなったのです。彼が話したのは、あのトンネルでの出来事についてでした。私たちは何も感じませんでしたが、彼だけは、「何かを見た」と言ったのです。「何かの声を聞いた」とも言いました。そして具体的な内容を問い詰めていくうち、私たちと彼とで決定的に異なる認識があったことを知りました。それはトンネルを通り抜けた時間です。私たちは2分にも満たない短い距離だと感じましたが、彼はあのトンネルを抜けるのに15分以上は要したはずだ言っていました。いつまで経っても出口が見えず、それなのに液晶の時計がまったく進まないことが不思議でならなかったそうです。そしてトンネル内では、私たちは少し怖かったのもあり無理やり会話を続けていたはずですが、彼によると、トンネルを通過するあいだ、私たちが全員黙りこくっていたのでよけいに恐ろしくなったと言っていました。まるで私たちと彼とでは、違う次元にいたかのような話です。とても信じられませんでしたが、彼は蒼白でひたいには汗がびっしりと張り付き、とても冗談だとは思えません。そして私はふたたび聞きました。お前はいったい何を見て、何を聞いたのか、と。さっきは濁したが、その怯えようを見るに、本当ははっきりと見たんじゃないのか?、と』
かすかにノイズが混じる。混線しているのだろうか?勅使河原の言葉が途中から途切れ途切れになっていて聞きづらい。かと言って突然スマホに不具合が生じたとは思いがたい。まるで電波の悪い部屋で、ラジカセのアンテナを必死に調整して聞いているかのように、不定期にブツブツと途切れ、ザー、ザザザ、と砂嵐のような不快な雑音が続く。
ー『すると彼は、唇をふるわせながら、観念したように言いました。あそこで見たのは』
「この人も、僕を見たんだね」
(……ん?)
今のは何だろう?イヤホンをしているのに、空耳なわけがない。だが勅使河原の声にかぶさるように聞こえたのは、女か、あるいは男の子供のような声だった。どこかで聞いたことがあるようだが、いずれにせよ何故突然そんな声が聞こえたのかわからない。ノイズが激しくなる。
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