上 下
140 / 408

第139話 王国からの侵略 第一次攻防戦③

しおりを挟む
 壁の建築は思ったよりも早く進んでいた。土魔法を使い建築しているのだが、大切なのはより正確なイメージをすることだ。壁の大きさや厚さ、強度に至るまで想像することが重要となる。今回は、分厚く巨大な鉄板を壁の中に埋没させ、その上を土壁で覆っていくというものだ。土はその辺のものから調達するのだが、巨大な壁を作るのに適していない。そのため、水魔法で水分を極限まで抜くことでレンガのような強度にしてから、壁として作り上げていくのだ。今回早く済んだのは、村と街の間に築いた砦の経験があったからだ。その時の砦とは、鉄板の厚みが違うが、それ以外は基本的には同じ物だ。

 街に備蓄してある鉄を全て使い終わった頃、第三報とも言うべきものが僕の耳に入ってきた。調査隊の隊員が言うには、街より西方20キロメートルの地点で歩みを止めたという報告だった。それまでは、順調に進軍していたのだが、急にその位置で軍を止めたというのだ。その理由を現在探っているところだと言うが、隊員の話では皆目見当も付かないそうだ。

 僕はその報告を聞いて、少しホッとした。壁を建設する時間を稼げたからだ。村と街からは、兵となる住民たちが街と村の中間にある砦に集結しつつあるという報告が来ていたが、予定よりも時間がかかっているようで、敵の襲来の間に合わないという事態も想定されていたが、なんとか回避できそうだ。

 報告をされた直後に、ルドがやってきた。

 「ロッシュ公。これだけの短期間で良くここまでの壁を建設できましたね。ゴードンさんには、緊急で鉄の輸送を頼み、村人と街から住民からかなりの人数を採掘場に派遣しておりますから、間もなく到着すると思います。それよりも、王弟の動きが少し不気味になってきましたね。向こうは二万もの軍です。こちらを圧倒する数なのですから、進軍を止める理由が分かりませんね。もしかしたら……いや、それはありえないですね」

 ん? ルドが奥歯に物が挟まったのような口ぶりだ。どうにも気になってくるな。僕は、何度か言うように促すとようやく口に出した。それは、僕達にとっては聞きたくもないようなことだった。増援の存在だ。もちろん、公国のではない。王弟軍のだ。ただでさえ、二万の大軍を相手にしなければならないのだ。その相手だけでも、厄介だと言うのに、増援か……本当に、そんなのがないといいが。ただ、希望的観測ばかり言ってはいられない。ルドにあり得る増援について、聞き出した。

 「私が、流浪していた頃、王都周辺の有力貴族は全てと言っていいほど、王弟派と言えました。ただ、どの領地も荒れ果てており、あれから年月が立ちましたから、もっと酷いことになっているでしょう。そう考えると、増援を送り出すだけの体力が残っている勢力は数少ないでしょう。ですから、増援の可能性は少ないと思うのです。万が一ですが、ありうるとすれば……数千程度かと」

 数千か……厄介だな。ルドの見立てでは、数千の増援でも、そのほとんどは亜人を使ってくるのではないかというのだ。王弟派と言っても、体裁だけの貴族が多く、自らを犠牲にしてまでの忠誠心はおそらくないだろうと。亜人が主力の軍隊ほど、指揮官の依存が強く、脆いから恐れるほどではないという判断をしていた。ただ、ルドは最悪についても言っていた。聞きたくはなかったが。貴族が自ら出陣をし、領土から正規兵を引っ張り出してくる場合だ。その場合は、士気も高く、練度も高いことから王国騎士団よりは劣るが、侮れない存在となる。

 それも仮定の話になるようだ。なぜなら、正規の兵を維持するには莫大な資金を費やすものだ。といっても、この世界では資金ではなく食料となるだろうが。それを維持するだけの大量を持っている貴族はそうそういないため、そもそも正規の兵は存在しない可能性のほうがよっぽど高いのだ。

 僕はルドの話を聞いて、少しはホッとしたが、それでも可能性はないわけではないのだ。ルドの判断基準は流浪していた頃の話を総合しているのに過ぎない。現在の状況ではないのだ。だとすると、ルドの判断を鵜呑みにするわけには行かない。西側には十分な斥候を送っているので、情報としてはこれからも届くだろう。そうなると、手薄な北方が危険となる。僕は、ルドに北方に斥候を送るように指示をした。王弟軍が増援を考えているとしたら、王弟軍が待機した場所から数キロ離れた場所から北に伸びる街道が怪しくなってくる。その街道は、王都の北部につながる街道となっている。まさに、王弟派がはびこる一体を通過する街道なのだ。

 「ルド。とにかく情報を集めるんだ。王弟軍の動きが怪しいのは事実だ。増援がないに越したことはないが、万が一、存在が確認された場合、対処が遅れるのは望ましくない。ルドも分かっていると思うが、この戦は勝つことはおそらく出来ないだろうと思っている。なんとか、負けない戦をするためには、情報が肝要だ。斥候を出しすぎて戦闘する兵が減るのは痛いが、仕方がないだろうな」

 ルドは、何か言いたげだったが、僕の言葉に従って行動してくれるようだ。それと、鍛冶工房のカーゴが発明したクロスボウとバリスタを街の方に搬入を開始していることを告げてきた。僕は、バリスタについては用途に少し疑問に思っていたが、無理に話をこじらせてもと思い、何も言わなかった。ただ、ルドはバリスタの運用についておかしなことを言ってきた。

 「ロッシュ公。実は、ロッシュ公が街に向かったあと、カーゴさんが屋敷にやってきたのですが、バリスタで射出する矢に手を加えたものを持ってきたのです。その矢は、先に花火が取り付けられているものなのです。どうやら、矢が敵陣深く飛び、その場で炸裂するという設計のようですが。それについてはいかがしましょう? なんでも、ロッシュ公の発案だそうで。そのため、判断をお聞きしたのですが」

 僕が発案? そんなこと言ったかな? と考えていると、確かに火薬を利用した兵器について、色々と相談したことを思い出した。あれから一日近くしか経っていないのに、実用化してきたというのか。カーゴ、恐るべし。だが、この兵器も恐ろしいものだと安易に想像できた。僕は、使ったあとのことを想像すると、腰が抜けそうになる。とにかく、そのような恐ろしい兵器は最後の手段だ。初戦からたしかに有利に運ぶだろうが、僕にはそれを使うだけの覚悟がまだない。なんとか、この壁で敵が退いてくれれば良いが。

 僕が作った壁はおそらく、もっとも重要な場所となるだろう。街道に突き出たような形になっていて、もっと激しい戦場となるだろう。ただ、今は迂回をすれば簡単に市街地に侵入を許してしまうので、早急に壁を延長しなければ。とりあえず、ルドには今作ってある壁にクロスボウやバリスタを搬入するように指示し、僕達は一旦別れた。ルドは、砦に作戦本部を立ち上げるために一旦、砦に向かうようだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

クラス転移で神様に?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:2,381

呪われた侯爵は猫好き伯爵令嬢を溺愛する?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:252

孤独な王女

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:1,702

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:4,199

転生女神は自分が創造した世界で平穏に暮らしたい

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:338

貞操逆転世界かぁ…そうかぁ…♡

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:1,623

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:596pt お気に入り:2,156

処理中です...