【完結】蟠龍に抱かれて眠れ〜美貌のご落胤に転生?家老に溺愛されてお家騒動に巻き込まれる〜

かじや みの

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2章 かぶき者

2  一瞬の再会

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 景司は、通り井で水を飲んで、一息ついた。

 通り井は、川から水を引いた水道で、町の人々だけではなく、旅人も自由に飲むことができる。

 歩き出そうとしたとき、旅籠はたご屋の一軒から、突き飛ばされるようにして、旅人が道に転がり出てきた。
「どうか、お許しを」
 と、土下座している。
「いいや、許さん」
 とその後ろから出てきたのは、派手な身なりの、恰幅のいい武士だった。
「我らを愚弄するものは、生かしておけん」
 刀に手をかけて脅した。

 本気で怒っているわけではない。
 口元に浮かんだ笑みが、それを物語っている。
 いたぶって楽しもうというのだろう。

 道ゆく人々が遠巻きにして、成り行きを見ている。
 見ているだけで、誰も止めに入ろうとしない。

「人殺しをなんとも思わん奴らや。下手に手ぇ出したら、命がいくらあっても足りん」
 増蔵が小声で言った。

 奴らと言ったのは、暖簾の奥にまだ二人、武士が隠れていたからだ。

「かぶき者や」
「これが、かぶき者・・・」

 武士が、刀を抜こうとした。

 そのとき、通り井で手桶に水を汲んでいた十五、六の娘が、手桶を下げたまま、大股で近づき、武士に水をぶっかけた。

「おお!」

 見ていた人々が驚きの声をあげた。

「早く! 早く逃げて!」
 娘が叫んだ。

「このあまっ」
 武士が怒って刀を抜いた。
 見物人から悲鳴があがる。
「おあきちゃん!」
 近所の娘なのか、名を呼ばれたが、恐怖のあまり固まったまま動けないようだった。
 その隙に、旅人は逃げている。

「待て」
 そう声をかけたのは、暖簾の奥にいた仲間の武士だった。
 一見、優男のように見える。
 刀を振り上げた仲間の腕を強引におろさせた。
「いい度胸だ。気に入ったぜ」
 と娘に笑いかけている。
「相良、放せ。我慢ならねえ」
「ばか、おめえの負けだ。さっさと収めねえか」
 旅人は逃げ、危機は去ったはずだが、緊張が解けないのは、相良と呼ばれた武士が、興味をそそられたという目で娘を見ているからだ。
 はたして、
「飲み直しだ」
 蛇がカエルを捕らえる素早さで娘の腕を掴んだ。
「付き合ってもらうぞ」
 と旅籠屋に連れ込もうとする。
「いやっ、お侍は嫌い!」

 景司は、拳を握りしめた。
 水をかけられたのは、自分だ。
 何をしているんだと、ハッとさせられた。
 このまま放っておくなんて、できない。

 そうだよな、景三郎。

 刀を振るう機会が増え、景三郎に話しかけることも多くなった。
 武士の子だからか、正義感が強いのは景三郎だ。
 景司はそれほどでもないと、自分では思っている。

「おい、あかんやろ、やめとけ」
 増蔵の制止の声も耳に入らない。
 前に出ていった。
「待ちな。これが武士のすることか」
 一斉に視線が集まった。
「ほう、小僧、娘のいろか」
 相良がニヤリと笑う。

「おい、相良、今度は止めるなよ」
 水をかぶって鬱憤をためた武士が、言うなり殴りかかってきた。
 殺す前に戦いを楽しもうというのだろう。
 一撃、二撃とかわした。
「面白い」
 見かけよりもできると思ったらしい。

「高木、独り占めはずるいぜ。こっちにもまわせ」
 様子を見ていたもう一人が、たまらずに出てきた。
 おもちゃを見つけた子供のようなはしゃぎようだ。
「まだだ、もうちょっと待て」
 指をポキポキ鳴らした。
 さっきとは比べ物にならない攻撃がくる。

 危うくかわしながら、反撃の隙をうかがった。
 頭を殴りにきた拳を、身を沈めてかわし、飛び込んでいって腹に拳を叩き込んだ。
 しかし、高木がニヤリと笑う。
 びくともしない。

 横っつらを殴られて吹っ飛んだ。
 まともにくらったので、すぐに起き上がれない。
 つかまって殴る蹴るの暴行を受けた。

「なんだ、もうおしまいか?」
 うずくまった景司を見下ろして、つまらなさそうに言う。
「夏目、おめえの出る幕はねえぜ」

「おれにもやらせろ」
 夏目と呼ばれた武士が、高木を押し退けた。
 景司を蹴って仰向かせると、胸を踏みつける。
 そして、景司の差している刀を鞘ごと抜き取った。
「返せ! このやろう!」
「まだ口をきく力が残っておったか」
 夏目の足に力が入り、肋骨がきしむ。

「おい、いつまでかかっていやがる。さっさと始末しな」
 相良の言葉に、夏目が残忍な笑みを浮かべた。
 景司は力を振り絞って、刀にとりついた。
 だが、掴んだのは、鞘だ。
「ばかめ」
 夏目が足で景司の体を蹴ると、刀が鞘から抜けて、分かれた。

 鞘を構える。
 白刃がうなりをあげて、景司を襲った。
 これは脅しだ。
 難なく見切って、かわすと、鞘を、夏目ではなく、相良に向かって投げた。

 相良はさすがに受け止めたが、娘を捕まえていた方の力が緩んで、娘を逃した。

 見物人からどっと歓声があがる。

 武士たちが殺気立ち、夏目が刀を構え直したとき、
「待て、何事だ! 往来での刃傷沙汰はやめていただこう」

 見物人の間から、笠を被った侍が出てきた。

 その声に、景司がはっと身をかたくする。

「いや、なんでもござらん」
 相良が苦笑して答えた。

 侍が笠のふちを持ち上げて、景司に目を向ける。

「右京・・・」
 目が合った。
 右京の目が、見開いた。
 口が開き、何かを言いかける。

 痛めつけられて、顔から血を流し、立っているのもやっとだったが、きびすを返した。

 何も聞きたくなかった。

「景三郎か?」
 右京の半信半疑の声を背中で聞いた。
「おい、待て!」

 人々を押し退けて逃げる。

 見られた。
 心臓がバクバクいっている。
 苦しい。

 情けなくて、涙がにじんだ。

 人気のない路地に入る。

 道に出て、メチャクチャに走った。

 誰かにぶつかった。
 侍だった。
 右京と同じような笠をかぶっていて、一瞬ドキっとしたが、よく見ると別人で、しかも、息を呑むほどの美貌の持ち主だった。

「ごめん」
 美貌の侍が、景司の口を塞ぎ、鳩尾みぞおちに当て身を食らわした。
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