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5.おばあちゃんの飴玉

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 クリスマスが近づいた今日。私は母親にかわって祖母の買い物に付き合うことになった。

 いつも祖母のことは母が手伝いに行っているのだけど、一気に冷え込んだことから母は体調を崩してしまったのだ。


「悪いねぇ、綾乃ちゃんにこんなことをさせて。お勉強で忙しいだろうに」

「ううん、気にしないで。勉強ならちゃんとやってるから」


 祖母は歳を取って買い物でさえ不安がある。祖母のメモをもとに必要なものを購入して、袋に詰める。

 祖母は元々教育熱心で、私が小さい頃から顔を合わせれば勉強してるかと口癖のように聞いてくる。

 いつも祖母の手伝いに母が出向いているのも、勉強しないといけない私に手伝いをさせるなんてという、祖母の考えからきているのだろう。


「荷物は私が持つから」

「綾乃ちゃんひとりじゃ重いから、おばあちゃんもひとつ」


 祖母は久しぶりに孫の私に会えたことがよほど嬉しいのか、ニコニコしながら野菜の入った買い物袋を私の手から取った。

 本当なら家もそう離れてないのだからもっと会いに行けば良いのだが、顔を合わせる度に勉強と口煩い祖母のことを、私はいつからか避けるようになっていたのだ。


「帰ったら、一緒に肉じゃが作ろうね」

「いいのに、肉じゃがくらい。肉とじゃかいもを炒めるくらいなら、おばあちゃんでもまだできるよ。綾乃ちゃんは、お勉強があるでしょう?」

 心配げに言う祖母に、今日だけと自分に言い聞かせて私は何でもない笑みを浮かべる。


「そうだけど、たまにはおばあちゃんと一緒に料理がしたいんだよ」

「そうかい。そのかわり、終わったらちゃんと綾乃ちゃんのお家に帰って、お勉強するんだよ」

「はーい」


 肉じゃがくらいできると胸を張る祖母だが、この春からの半年でも、三回は鍋を焦がしている。

 だから何かとおだてて、買い物のあとは数品目祖母のために料理をする必要があるのだ。

 これをいつも家の仕事と並行して行っている母は、本当にすごいと思う。

 そのとき、ふと私の隣を歩いていた祖母の動きが止まった。


「……おばあちゃん? どうしたの?」

「……ギン、かい?」

「……え?」


 返された言葉に思わず心臓がドキリと跳ねる。

 祖母の視線の先をたどると、黒髪にクールな面持ちの坂部くんの姿があった。

 寄り道カフェは土曜日のこの時間帯も営業している。


 何か買い出しにでも出ていたのだろうか。

 向かい側から歩いてきていたらしい坂部くんは、少し驚いた表情をして、人波をかき分けながらこちらに歩いてくる。


雛乃ひなのさんと、綾乃……?」

「……坂部くん、おばあちゃんのこと知ってるの?」


 雛乃、とは、祖母の名前だ。

 坂部くんの口から出たその名前に、彼が祖母のことを知っていることは容易に想像がつく。


「ああ、まぁ……」

 坂部くんは、どこか言いにくそうな様子だった。


「おやまぁ、綾乃ちゃんもギンと知り合いかい?」

「坂部くんとはクラスメイトなの」

「クラスメイト……?」

 祖母は、少し不思議そうに聞き返してくる。


「俺、今、綾乃さんと同じ高校に通ってるんです」

「そう。まぁこの世界で生きていくのなら、お勉強は大事よ。できないよりできた方がいい」

「はい。俺も雛乃さんからそう聞いて、今まで稼いできたお金で学校に通ってます」


 二人の会話を横で聞いていて、あれ、と思う。

 もしかして、坂部くんがあやかしだと祖母は知っているのだろうか。


「そうかいそうかい、お店は今も続けてる?」

「はい。そこの奥でやってます。よかったらいらっしゃいますか? 今なら空いてますよ」

 坂部くんは、寄り道カフェへと続く路地を手で示してそんな風に言う。


「じゃあお邪魔させてもらおうかな、綾乃ちゃんもおいで」

「……ええっ? う、うん……!」


 今回の買い物では冷凍食品は買ってないからちょっとくらいの道草は大丈夫だけど、まさか祖母と寄り道カフェに行くことになるなんて思わなかった。



 私が寄り道カフェでバイトをしていることは、誰も祖母には伝えていない。

 そんなことを教育熱心の祖母に知られたら、何を言われるかわからないからだ。

 内心ヒヤヒヤしながら寄り道カフェに祖母とお邪魔すると、ミーコさんも驚いたように私たちを迎え入れてくれた。


「まあ! 雛乃様と綾乃さん!?」

「こんにちは」

 今はちょうど手隙の時間だったようで、ミーコさんも空いたテーブルでアイスコーヒーを飲んでるようだった。
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