上 下
53 / 60
4.思い出のアップルパイ

4ー16

しおりを挟む
「あ、誤解してたらいけないけど、私が家を追い出されるわけじゃないからね。私の気持ちで二人の仲を壊してしまうくらいなら、そのときは私から家を出たいなと思ったから。それに、早くて中学生になってからだし」

「いや、中学生でも充分一人暮らしには早いと思うけど……」

「だから私が大丈夫だと思えるまでは、ここを目指して勉強することにしたの」

 由梨ちゃんはランドセルからA4サイズの薄いパンフレットを取り出して、私に向かって差し出した。それは、隣県にある難関私立校のものだ。


「ええっ!? すごい……!」

「この学校の近くにね、評判のいい学生マンションがあるの。けど、まだ私は子どもだしお父さんのこともお母さんのことも心配させないように家を出るにはこの方法が一番かなって」

「そうだったんだね」

「もちろん一番はお父さんとお母さんと仲良く暮らせることなんだろうけど、まだわからないし。私らしく生きるために必要なら、こういう方法を取ってもいいって言ってもらえたの」


 もしも上手くいかなかった場合のことまで相談しているだなんて、それだけ深く話し合ったということなのだろう。

 由梨ちゃんはまだ小学生だというのに、お母さんと新しいお父さんのことを本当によく考えているなと思った。


「本当に頑張ったね、由梨ちゃん」


 もし本当にこの学校を受験してこの町を出ていくことになれば、なかなか会えなくなるんだなと思うと少し寂しく感じるけれど、由梨ちゃんの生きやすい生き方を見つけていってほしい。


「まあ、受験するかどうかはわからないけど、人間とあやかしの間にうまれた子どもは、あやかしの世界ではなかなか暮らしていけないから……。人間の世界で何とかやってくには勉強は必須だからね。とりあえず今はお父さんと家族になることと勉強と頑張る!」

「うん、応援してるよ」

「ありがとう! じゃあ、ミーコさんとギンさんにも報告してくるね!」


 由梨ちゃんは笑顔でそう言うと、寄り道カフェの中に駆けていった。


 人間とあやかしの間にうまれた子どもは、あやかしの世界ではなかなか暮らしていけないから──。

 由梨ちゃんから事情を聞いてしまったから、とてもその言葉が重たい響きに聞こえる。


 けれど、由梨ちゃんがお母さんと新しいお父さんと話し合った結果、自分らしく生きる一歩を踏み出せたというのに、私がこんな悶々とした気持ちじゃいけないだろう。

 私はパンパンと自分の頬を叩いて暗い気持ちを追い出すと、由梨ちゃんのあとを追ったのだった。



 寄り道カフェの中へ戻ると、すでに由梨ちゃんはさっき私が聞いた話をミーコさんにも話しているようだった。

 そこへ坂部くんが本日のケーキを運んでくる。


「あ、綾乃さんも、こっちこっち~!」


 こちらに向かって手を振る由梨ちゃん。優しげに微笑むミーコさん。由梨ちゃんのことで安心したのか、いつもよりも表情が柔らかい坂部くん。

 近くの席ですでに本日のケーキを食べていた京子さんも一緒になって笑っている。

 みんなともに、由梨ちゃんの問題が解決したことを喜び合ったのだった。
しおりを挟む

処理中です...