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1.はじまりは、フルーツタルト
1ー5
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ケーキとドリンクとセットの割りに高校生の私のお小遣いでも払える良心的なお値段にホッとして、「いただきます」とフルーツタルトをフォークで一口、口に含む。
「美味しい!」
「それは良かったです」
「でも、本当にいいんですか? 五〇〇円なら全然払えない金額じゃないので大丈夫ですよ」
「いえ、今回はサービスさせてください。そのかわりと言っていいのでしょうか。お願いがあるのです」
「……え?」
「もうお気づきとは思いますが、こちらの店主のギン、いえ、坂部銀士も私も人間ではありません」
大きな猫のような瞳でこちらを見つめて、単刀直入にミーコさんはそう切り出す。
美味しいフルーツタルトによってふわふわとした幸せな世界に浸っていた私は、一気に非現実的な現実に引き戻されるようだった。
先程の坂部くんの様子もそうだし、外で大声を出してしまった私が気づけばカフェの店内にいたこともそうだ。ここに来てからというもの、不思議なことが続いている。
とてもじゃないけど、嘘だと笑い飛ばせない。
でも人間じゃないって、一体どういうことだろう。
「じゃあ、坂部くんは……?」
それに、さっきミーコさんは“坂部銀士と私も”って言った。
つまりそれは、目の前にいるミーコさんも人間ではないということだろうか。
「おまえの目に俺は何に見える?」
再び先程の漆黒の長髪に三角耳とモフモフの尻尾を携えた姿に変えた坂部くんが、再び通路の奥から私の前に現れる。
「何って……、コスプレ……?」
瞬間、目の前の坂部くんがガクッと頭を垂れた。
「だから違うって言ってるだろうが」
「……えっ?」
三角の耳、モフモフの尻尾。
そこから連想される動物を思い浮かべて口を開く。
「……猫?」
「違うな。猫のあやかしはこいつだ」
坂部くんはそう言ってミーコさんを見やると、ミーコさんはニャンとさっきも聞いた猫の鳴き声を上げて、白い猫の姿になった。
「えぇえっ!?」
ただ普通の白猫と違うのは、四つ足ではなく、人間のように二つ足で平然と立っているところだろうか。
「猫の、あやかし……?」
「さすが紅茶の効果がよく効いているようだ。さっきほど派手に取り乱さなくて済んでるな。あれではうるさくてかなわん」
「な……っ」
「自覚あるだろ?」
確かに衝撃的なことが次々と起こるわりに、驚きはするものの、何だかんだでさっきから冷静に考えられている気がする。
「……さっきの紅茶って」
「ああ、基本的にあやかしの存在に気づかれたときに飲ませる特別な紅茶だ」
「え……」
何それ、大丈夫なの? 少なくとも普通の紅茶じゃなかったってことなんだよね?
「そんな顔しなくても、害はない。人間が摩訶不思議に感じることを受け入れやすくするだけだ」
坂部くんの説明が妙に腑に落ちた。
どおりでさっきから私はこれだけ普通とはかけ離れた不思議なことを見て聞かされているというのに、冷静にいられるわけだ。
「で、俺は何に見える?」
「何って……。猫じゃないなら、犬?」
私が小首をかしげたとき、そばで二つ足で立っている白猫の姿をしたミーコさんが口を開いた。
「ギンさんは、狼のあやかしです」
ね、猫がしゃべった……っ!
今、いろいろと聞かされていたとはいえ、衝撃的な光景だ。
坂部くんの言う特別な紅茶を知らないうちに飲まされていたから、大きく取り乱すことはなかったけれど……。
「じゃ、じゃあ、坂部くんは狼になるの?」
今の姿は、やっぱり坂部くんには悪いけど、狼男のコスプレっぽく見える。
ミーコさんが猫のあやかしで、白猫の見た目になったということは、坂部くんは狼の姿になるということだろうか?
だけど、ミーコさんは小さく首を横にふった。
「ギンさんの元の姿は、今のこの姿ですよ」
「え……っ? 全然狼っぽくない」
「うるさいな。とにかく、このことについては他言無用だ」
「……もし、言ったら?」
「ま、言ったところでおまえの頭がイカれてるようにしか聞こえないだろうけど」
坂部くんは漆黒のモフモフの尻尾をひと振りして、淡々と答える。
元からクールなのはクラスメイトだから知ってたけど、漆黒のモフモフの尻尾の動きが妙に愛らしくて、坂部くんの態度とミスマッチに見える。
坂部くんがさっき自らの姿を変えたときにしたように頭上に手をかざすと、再び坂部くんは煙に包まれて私が知っている坂部くんの姿に戻った。制服ではなく、カフェの制服のような服装だ。先程ミーコさんは店主と言ってたが、バイト従業員の間違いではないだろうか。
「とりあえずそれ食ったら帰れ」
坂部くんはそれだけ言って、厨房の方へ戻っていった。
「信じられないっていう顔をしてますね」
そのとき不意にそばから女の人の声が聞こえて視線を向けると、いつの間にかミーコさんが最初に会った女性店員の姿に戻って私の斜め前に座っている。
「美味しい!」
「それは良かったです」
「でも、本当にいいんですか? 五〇〇円なら全然払えない金額じゃないので大丈夫ですよ」
「いえ、今回はサービスさせてください。そのかわりと言っていいのでしょうか。お願いがあるのです」
「……え?」
「もうお気づきとは思いますが、こちらの店主のギン、いえ、坂部銀士も私も人間ではありません」
大きな猫のような瞳でこちらを見つめて、単刀直入にミーコさんはそう切り出す。
美味しいフルーツタルトによってふわふわとした幸せな世界に浸っていた私は、一気に非現実的な現実に引き戻されるようだった。
先程の坂部くんの様子もそうだし、外で大声を出してしまった私が気づけばカフェの店内にいたこともそうだ。ここに来てからというもの、不思議なことが続いている。
とてもじゃないけど、嘘だと笑い飛ばせない。
でも人間じゃないって、一体どういうことだろう。
「じゃあ、坂部くんは……?」
それに、さっきミーコさんは“坂部銀士と私も”って言った。
つまりそれは、目の前にいるミーコさんも人間ではないということだろうか。
「おまえの目に俺は何に見える?」
再び先程の漆黒の長髪に三角耳とモフモフの尻尾を携えた姿に変えた坂部くんが、再び通路の奥から私の前に現れる。
「何って……、コスプレ……?」
瞬間、目の前の坂部くんがガクッと頭を垂れた。
「だから違うって言ってるだろうが」
「……えっ?」
三角の耳、モフモフの尻尾。
そこから連想される動物を思い浮かべて口を開く。
「……猫?」
「違うな。猫のあやかしはこいつだ」
坂部くんはそう言ってミーコさんを見やると、ミーコさんはニャンとさっきも聞いた猫の鳴き声を上げて、白い猫の姿になった。
「えぇえっ!?」
ただ普通の白猫と違うのは、四つ足ではなく、人間のように二つ足で平然と立っているところだろうか。
「猫の、あやかし……?」
「さすが紅茶の効果がよく効いているようだ。さっきほど派手に取り乱さなくて済んでるな。あれではうるさくてかなわん」
「な……っ」
「自覚あるだろ?」
確かに衝撃的なことが次々と起こるわりに、驚きはするものの、何だかんだでさっきから冷静に考えられている気がする。
「……さっきの紅茶って」
「ああ、基本的にあやかしの存在に気づかれたときに飲ませる特別な紅茶だ」
「え……」
何それ、大丈夫なの? 少なくとも普通の紅茶じゃなかったってことなんだよね?
「そんな顔しなくても、害はない。人間が摩訶不思議に感じることを受け入れやすくするだけだ」
坂部くんの説明が妙に腑に落ちた。
どおりでさっきから私はこれだけ普通とはかけ離れた不思議なことを見て聞かされているというのに、冷静にいられるわけだ。
「で、俺は何に見える?」
「何って……。猫じゃないなら、犬?」
私が小首をかしげたとき、そばで二つ足で立っている白猫の姿をしたミーコさんが口を開いた。
「ギンさんは、狼のあやかしです」
ね、猫がしゃべった……っ!
今、いろいろと聞かされていたとはいえ、衝撃的な光景だ。
坂部くんの言う特別な紅茶を知らないうちに飲まされていたから、大きく取り乱すことはなかったけれど……。
「じゃ、じゃあ、坂部くんは狼になるの?」
今の姿は、やっぱり坂部くんには悪いけど、狼男のコスプレっぽく見える。
ミーコさんが猫のあやかしで、白猫の見た目になったということは、坂部くんは狼の姿になるということだろうか?
だけど、ミーコさんは小さく首を横にふった。
「ギンさんの元の姿は、今のこの姿ですよ」
「え……っ? 全然狼っぽくない」
「うるさいな。とにかく、このことについては他言無用だ」
「……もし、言ったら?」
「ま、言ったところでおまえの頭がイカれてるようにしか聞こえないだろうけど」
坂部くんは漆黒のモフモフの尻尾をひと振りして、淡々と答える。
元からクールなのはクラスメイトだから知ってたけど、漆黒のモフモフの尻尾の動きが妙に愛らしくて、坂部くんの態度とミスマッチに見える。
坂部くんがさっき自らの姿を変えたときにしたように頭上に手をかざすと、再び坂部くんは煙に包まれて私が知っている坂部くんの姿に戻った。制服ではなく、カフェの制服のような服装だ。先程ミーコさんは店主と言ってたが、バイト従業員の間違いではないだろうか。
「とりあえずそれ食ったら帰れ」
坂部くんはそれだけ言って、厨房の方へ戻っていった。
「信じられないっていう顔をしてますね」
そのとき不意にそばから女の人の声が聞こえて視線を向けると、いつの間にかミーコさんが最初に会った女性店員の姿に戻って私の斜め前に座っている。
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