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4.親子をむすぶいよかんムース
4ー11
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*
「夜分遅くにごめんな。ケイちゃん、ちょっといろいろ考えてみたんやけど、これはどう?」
晃さんとお母さんのことを拓也さんに話したのが、今日の早朝の話だ。
その晩、むすび屋での仕事を終えて部屋でくつろいでいた私のところに、夕食の片付けまで終えて上がって来たのであろう拓也さんが訪ねてきた。
「これは何でしょう?」
手渡されたA4のクリアファイルに挟まれた紙には、何かのレシピが走り書きで記されているようだった。
「いよかんムースの作り方」
「いよかんムース……?」
新しいレシピの打診だろうか。でも、なんでこんな時間に突然……?
驚き戸惑いながら差し出されたレシピを受け取る。
あと一時間で日付が変わるような時間だ。こんな夜遅くに、わざわざ部屋まで訪ねて来るなんて、これまでなかった。不思議に思って拓也さんを見上げる。
私の様子を変にを思ったのか、「ん?」と怪訝そうに眉をしかめたが、すぐに合点がいったように拓也さんは口を開いた。
「ほら、言うたやん。晃とお母さんを何とか話し合いさせるんやろ?」
「そうですけど……。あ、もしかして」
何のことかと再度首を傾げそうになったけれど、ようやく繋がった。
「これは、二人の思い出のお菓子なんよ」
拓也さんが話し合いのためにと持ってきたレシピは、今まで何度も未練を残した幽霊のために作っている思い出の料理だったんだ。
「いよかんムースは、晃の大好物やったんよ」
「そうなんですか」
「晃のお母さんが、毎年いよかんを箱買いするくらいに好きで、そのいよかん使ってよく作りよったもんなんよ」
レシピに一通り目を通す。材料のいよかん、ヨーグルト、砂糖、生クリームを混ぜて固めるだけでできるようだ。
それこそ、私でも作れそうな簡単なレシピで、女手ひとつで晃さんを育てていたお母さんでも短時間で作れそうなものだった。
きっと一緒に過ごせる少ない時間の中、晃さんのためにと思って作っていたものなのだろう。
「まぁ、晃がお母さんと離れて暮らすようになってからは、一度も食べてないんやけどな。晃には悪いなと思ったけど、晃の思い出の料理も見させてもらったら、これやったんよ」
あんなに強くお母さんを拒絶していたにも関わらず、思い出の料理はお母さんの手作りのいよかんムースだなんて、意外に感じた。
一方で、その事実のおかげで二人を歩み寄らせるきっかけになるかもしれないと、わずかな希望がうまれる。
「これをお母さんに、晃のために作ってもらおうと思っとる」
「え?」
てっきり拓也さんが作ると思っていたので驚いた。
確かにむすび屋の中に招き入れさえすれば、お母さんはむすび屋の中では物に触れられるのだから、ムースを作ること自体はできるだろう。
だけど、晃さんが素直に食べてくれるかどうかは別の話だ。
「晃には何も言わずに出して、懐かしい気持ちになったところで本当のことを言う。そして、晃のお母さんに出てきてもらう」
「……そんなに上手くいくものですかね」
最初からお母さんの作ったいよかんムースだと言ったところで晃さんが食べないとわかっているから黙って食べさせるのだろうけど、そんなことをして大丈夫なのだろうか。
余計なことをするなと怒られる気がしてならない。
「やってみんとわからんけどな。まぁとりあえず一度は晃にキレられるんは覚悟やな」
ひえええっ! そんなぁ……。
「……何とか穏便に事を運ぶことはできないのでしょうか」
「無理やろうな。お母さん絡みのことをやるんやけん、そんくらいの覚悟はしとかんと」
……ですよね。
晃さんにとってはデリケートで触れられたくないところに土足で踏み込むのだから。
一歩間違えば、救うどころか大きく傷つけてしまうだろう。
それだけ私たちがやろうとしていることは、リスクを伴うことなのだ。
「とりあえずこの作戦は“伝える”ことを達成することと、仮に晃と話をつけるんに失敗しても、晃に手作りの菓子を食べてもらえたという想いをお母さんに植えつけることに重きをおいとるけん」
「はい。少しでも良い方向に動くきっかけになると良いのですが……」
すでに先のことまで考えてくれていた拓也さんに感謝した。
「ほしたら、そうと決まれば次はお母さんやな」
拓也さんなりに二人のことを思って一生懸命考えた案なんだと思うと、心が温まった。
いつも行き詰まったときは、突飛な案を出してくれて、何だかんだでそのおかげで上手くいってきたところはあるけれど、今回も上手くいく保証はない。
それでも、朝相談したばかりの話から案を考えてまとめてくれた拓也さんが協力してくれるのだ。一人で悩んでいた昨日をよりも、ずっと心強い。
とはいえ、晃さんのお母さんは、いよかんムース作りを引き受けてくれるのだろうか。
私の提案を悲しげに、全てを諦めた表情で拒絶してきたお母さんの姿が思い返される。
「夜分遅くにごめんな。ケイちゃん、ちょっといろいろ考えてみたんやけど、これはどう?」
晃さんとお母さんのことを拓也さんに話したのが、今日の早朝の話だ。
その晩、むすび屋での仕事を終えて部屋でくつろいでいた私のところに、夕食の片付けまで終えて上がって来たのであろう拓也さんが訪ねてきた。
「これは何でしょう?」
手渡されたA4のクリアファイルに挟まれた紙には、何かのレシピが走り書きで記されているようだった。
「いよかんムースの作り方」
「いよかんムース……?」
新しいレシピの打診だろうか。でも、なんでこんな時間に突然……?
驚き戸惑いながら差し出されたレシピを受け取る。
あと一時間で日付が変わるような時間だ。こんな夜遅くに、わざわざ部屋まで訪ねて来るなんて、これまでなかった。不思議に思って拓也さんを見上げる。
私の様子を変にを思ったのか、「ん?」と怪訝そうに眉をしかめたが、すぐに合点がいったように拓也さんは口を開いた。
「ほら、言うたやん。晃とお母さんを何とか話し合いさせるんやろ?」
「そうですけど……。あ、もしかして」
何のことかと再度首を傾げそうになったけれど、ようやく繋がった。
「これは、二人の思い出のお菓子なんよ」
拓也さんが話し合いのためにと持ってきたレシピは、今まで何度も未練を残した幽霊のために作っている思い出の料理だったんだ。
「いよかんムースは、晃の大好物やったんよ」
「そうなんですか」
「晃のお母さんが、毎年いよかんを箱買いするくらいに好きで、そのいよかん使ってよく作りよったもんなんよ」
レシピに一通り目を通す。材料のいよかん、ヨーグルト、砂糖、生クリームを混ぜて固めるだけでできるようだ。
それこそ、私でも作れそうな簡単なレシピで、女手ひとつで晃さんを育てていたお母さんでも短時間で作れそうなものだった。
きっと一緒に過ごせる少ない時間の中、晃さんのためにと思って作っていたものなのだろう。
「まぁ、晃がお母さんと離れて暮らすようになってからは、一度も食べてないんやけどな。晃には悪いなと思ったけど、晃の思い出の料理も見させてもらったら、これやったんよ」
あんなに強くお母さんを拒絶していたにも関わらず、思い出の料理はお母さんの手作りのいよかんムースだなんて、意外に感じた。
一方で、その事実のおかげで二人を歩み寄らせるきっかけになるかもしれないと、わずかな希望がうまれる。
「これをお母さんに、晃のために作ってもらおうと思っとる」
「え?」
てっきり拓也さんが作ると思っていたので驚いた。
確かにむすび屋の中に招き入れさえすれば、お母さんはむすび屋の中では物に触れられるのだから、ムースを作ること自体はできるだろう。
だけど、晃さんが素直に食べてくれるかどうかは別の話だ。
「晃には何も言わずに出して、懐かしい気持ちになったところで本当のことを言う。そして、晃のお母さんに出てきてもらう」
「……そんなに上手くいくものですかね」
最初からお母さんの作ったいよかんムースだと言ったところで晃さんが食べないとわかっているから黙って食べさせるのだろうけど、そんなことをして大丈夫なのだろうか。
余計なことをするなと怒られる気がしてならない。
「やってみんとわからんけどな。まぁとりあえず一度は晃にキレられるんは覚悟やな」
ひえええっ! そんなぁ……。
「……何とか穏便に事を運ぶことはできないのでしょうか」
「無理やろうな。お母さん絡みのことをやるんやけん、そんくらいの覚悟はしとかんと」
……ですよね。
晃さんにとってはデリケートで触れられたくないところに土足で踏み込むのだから。
一歩間違えば、救うどころか大きく傷つけてしまうだろう。
それだけ私たちがやろうとしていることは、リスクを伴うことなのだ。
「とりあえずこの作戦は“伝える”ことを達成することと、仮に晃と話をつけるんに失敗しても、晃に手作りの菓子を食べてもらえたという想いをお母さんに植えつけることに重きをおいとるけん」
「はい。少しでも良い方向に動くきっかけになると良いのですが……」
すでに先のことまで考えてくれていた拓也さんに感謝した。
「ほしたら、そうと決まれば次はお母さんやな」
拓也さんなりに二人のことを思って一生懸命考えた案なんだと思うと、心が温まった。
いつも行き詰まったときは、突飛な案を出してくれて、何だかんだでそのおかげで上手くいってきたところはあるけれど、今回も上手くいく保証はない。
それでも、朝相談したばかりの話から案を考えてまとめてくれた拓也さんが協力してくれるのだ。一人で悩んでいた昨日をよりも、ずっと心強い。
とはいえ、晃さんのお母さんは、いよかんムース作りを引き受けてくれるのだろうか。
私の提案を悲しげに、全てを諦めた表情で拒絶してきたお母さんの姿が思い返される。
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