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4.親子をむすぶいよかんムース
4ー12
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「大丈夫や。ほんなら、お母さんの方にも俺から話しつけてくるけん」
私の不安な気持ちなんて拓也さんにはお見通しなのか、私の背をポンポンと叩くと拓也さんは勝ち気な笑みを見せたのだった。
「ありがとうございました」
「ごめんな、夜遅くに。じゃあまた明日な」
このはなれの部屋は、一応二階を女性陣が一階を男性陣が使っている。
拓也さんが私の部屋を出ようとしたときだった。
「ぃえっ! 拓也兄さ……っ!?」
一階から上がってきたなずなさんが、私の部屋の玄関先で挨拶をかわす私たちを見て、日頃のイメージにそぐわない変な声を上げた。
飲み物でも買いに行っていたのだろう。
右手には、中身のたっぷり入ったスポーツドリンクが握られている。
なずなさんは私たちを交互に見比べるなり、頬をみるみるうちに赤くする。
「なんかごめん。そっか、うん……」
そして、なずなさんはこちらに昇ってくると、拓也さんとのすれ違い際にこう言ったのだ。
「ケイちゃんのこと、大切にせんといけんよ」
「なずなさん、違う違う」
「誤解やけん!」
だけど、なずなさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべるだけで、それ以上何も言うことなく部屋の中に入っていってしまった。
うーん、これは完全に誤解されたかも。
とはいえ、晃さんに聞かれないように話をするためには、この場が最適だったようにも思うし……。
「じゃ、じゃあまた明日な」
「は、はい……」
なずなさんの反応のせいで、こちらまでぎこちないまま解散となってしまった。
*
そして、拓也さんからいよかんムースの作戦を聞いてから二日が経った夕刻。
「ケイさん」
私がまたチャチャの散歩に出ていると、いつもと同じところでむすび屋の中の様子をうかがっていたお母さんに声をかけられた。
お母さんの方から私に声をかけてくるのは初めてなので、どうしたのだろうとそばに駆け寄った。
「この前はごめんなさいね。私、この前晃に拒絶されたことにかなり堪えてたの」
「いえ……」
だけど、言葉とは裏腹にお母さんの表情はどういうわけかとても明るい。
「さっき外に出てきた拓也くんに呼ばれて、話を聞いたの。いよかんムースを晃のために作る話」
「はい」
「拓也くんにも協力を求めてくれたのね。本当にありがとう」
お母さんが私の手に両手を添える。
むすび屋の前の道路とはいえ外だから、お母さんの手は私の手を透けてしまって、全く触れてはいないのだけれど。
「また日時が決まったら教えてちょうだい。幽霊の姿でも、晃の体質のおかげで私は晃と会って話せるんだから。そんなこと普通じゃあり得ないもの。私、もう一度頑張ってみるわ」
とにもかくにも、お母さんはやる気を出してくれたようだ。
晃さんがどんな反応を示すかはわからない。
いや、間違いなく怒るだろう。でもそれが、少しでも現状を変える可能性を秘めているのなら……。
私もしり込みしている場合じゃない、と自分に言い聞かせた。
*
決行の日はすぐに決まった。
祝日も月に二日あり、気候も悪くないことから何となくお客様の多かった九月だけど、彼岸明けの今日はむすび屋は年に数日ある休業日となっていた。
お母さんにいよかんムースを作ってもらうためには、休業日の方が何かと好都合だったから、この日になったのだ。
食堂の厨房の一角で、拓也さんが出したレシピを見て、お母さんが感嘆の声を上げる。
「わー! すごい! 私の考えたレシピが文字化されてる! 拓也くん、こんなことできるの!?」
「まぁ、特殊能力ってやつですよ」
「最後に作ったのもまだ晃が小さい頃だったから、実を言うとどうやって作ってたか、あまり思い出せてなかったの。でも、確かにこの通りだわ。ありがとう」
これまで幾度も拓也さんは思い出の料理を見て、再現してきたとは聞いていたし、実際に私もその場面を見てきた。
今までどうやって味まで再現しているのかまで考えたことなかったけれど、どうやら拓也さんは思い出の料理の出来上がった図だけが見えているわけではなく、作り方の工程も見えていたそうだ。
それで思い出の料理の味まで完璧に再現できていたのかと、思わず納得させられる。
私の不安な気持ちなんて拓也さんにはお見通しなのか、私の背をポンポンと叩くと拓也さんは勝ち気な笑みを見せたのだった。
「ありがとうございました」
「ごめんな、夜遅くに。じゃあまた明日な」
このはなれの部屋は、一応二階を女性陣が一階を男性陣が使っている。
拓也さんが私の部屋を出ようとしたときだった。
「ぃえっ! 拓也兄さ……っ!?」
一階から上がってきたなずなさんが、私の部屋の玄関先で挨拶をかわす私たちを見て、日頃のイメージにそぐわない変な声を上げた。
飲み物でも買いに行っていたのだろう。
右手には、中身のたっぷり入ったスポーツドリンクが握られている。
なずなさんは私たちを交互に見比べるなり、頬をみるみるうちに赤くする。
「なんかごめん。そっか、うん……」
そして、なずなさんはこちらに昇ってくると、拓也さんとのすれ違い際にこう言ったのだ。
「ケイちゃんのこと、大切にせんといけんよ」
「なずなさん、違う違う」
「誤解やけん!」
だけど、なずなさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべるだけで、それ以上何も言うことなく部屋の中に入っていってしまった。
うーん、これは完全に誤解されたかも。
とはいえ、晃さんに聞かれないように話をするためには、この場が最適だったようにも思うし……。
「じゃ、じゃあまた明日な」
「は、はい……」
なずなさんの反応のせいで、こちらまでぎこちないまま解散となってしまった。
*
そして、拓也さんからいよかんムースの作戦を聞いてから二日が経った夕刻。
「ケイさん」
私がまたチャチャの散歩に出ていると、いつもと同じところでむすび屋の中の様子をうかがっていたお母さんに声をかけられた。
お母さんの方から私に声をかけてくるのは初めてなので、どうしたのだろうとそばに駆け寄った。
「この前はごめんなさいね。私、この前晃に拒絶されたことにかなり堪えてたの」
「いえ……」
だけど、言葉とは裏腹にお母さんの表情はどういうわけかとても明るい。
「さっき外に出てきた拓也くんに呼ばれて、話を聞いたの。いよかんムースを晃のために作る話」
「はい」
「拓也くんにも協力を求めてくれたのね。本当にありがとう」
お母さんが私の手に両手を添える。
むすび屋の前の道路とはいえ外だから、お母さんの手は私の手を透けてしまって、全く触れてはいないのだけれど。
「また日時が決まったら教えてちょうだい。幽霊の姿でも、晃の体質のおかげで私は晃と会って話せるんだから。そんなこと普通じゃあり得ないもの。私、もう一度頑張ってみるわ」
とにもかくにも、お母さんはやる気を出してくれたようだ。
晃さんがどんな反応を示すかはわからない。
いや、間違いなく怒るだろう。でもそれが、少しでも現状を変える可能性を秘めているのなら……。
私もしり込みしている場合じゃない、と自分に言い聞かせた。
*
決行の日はすぐに決まった。
祝日も月に二日あり、気候も悪くないことから何となくお客様の多かった九月だけど、彼岸明けの今日はむすび屋は年に数日ある休業日となっていた。
お母さんにいよかんムースを作ってもらうためには、休業日の方が何かと好都合だったから、この日になったのだ。
食堂の厨房の一角で、拓也さんが出したレシピを見て、お母さんが感嘆の声を上げる。
「わー! すごい! 私の考えたレシピが文字化されてる! 拓也くん、こんなことできるの!?」
「まぁ、特殊能力ってやつですよ」
「最後に作ったのもまだ晃が小さい頃だったから、実を言うとどうやって作ってたか、あまり思い出せてなかったの。でも、確かにこの通りだわ。ありがとう」
これまで幾度も拓也さんは思い出の料理を見て、再現してきたとは聞いていたし、実際に私もその場面を見てきた。
今までどうやって味まで再現しているのかまで考えたことなかったけれど、どうやら拓也さんは思い出の料理の出来上がった図だけが見えているわけではなく、作り方の工程も見えていたそうだ。
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