46 / 69
3.恋する特製カレーオムライス
3ー17
しおりを挟む
「別に。縛られてるなんて思ったことないから。俺はずっと清美が好きで、この先も清美だけだって」
「もう、いいから」
「……え?」
清美さんにはっきりとした口調で否定されて、史也さんの目に動揺が走る。
「惹かれてるんでしょ? 静さんに」
「……ごめん」
暫しの沈黙のあと、史也さんは目を伏せる。
心が動いてしまったことを後ろめたく思っているのだろうけれど、清美さんは責めるために静さんの話をしたわけじゃない。
それを知っている私は、緊張しながら二人のことを見守る。
「静さん、良い人だよね。私の存在を知った上でも史也のことを受け入れようとしてくれて。これ逃したら、一生婚期逃すぞ?」
沈んでしまった史也さんを励まそうとしているのか、静さんはおどけたような口調で言った。
「いいよ、それでも。ここであいつに甘えたら、清美のことも静のことも裏切ってるみたいじゃないか」
心の中には忘れられない恋人がいる。
ずっと過去の恋人を一途に想い続けるつもりが、新しい恋人の存在に寄りかかってしまいそうになっている今の状態は、史也さんには許せないことなのだろう。
だけど、史也さんが苦しみ続けることを、清美さんは望んでいない。
「バカじゃないの?」
清美さんは、突き放すようにそう言い放った。
「ほんと、バカだよ。何考えてるの? 私のことをずっと想ってもらえたら、私は嬉しいよ。でもね、史也はどうなの? もうそばにいられない私のことを想って、何年続くかわからない人生をずっと一人で生きていくの?」
有無を言わせない力強い瞳で史也さんを見つめる。
「もう、いいから。それだけ想ってもらえただけで、私、充分だから。史也は、史也の人生を生きて。私のせいで、これ以上苦しい思いをしている史也を見たくないの」
今も複雑な気持ちはゼロではないのかもしれない。
けれど、それでも清美さんにとって史也さんの幸せが一番大切で、守りたいものだった。
やっと本音を伝えられた清美さんは、真っ直ぐに史也さんを見つめている。
「清美……」
「私は、死んでも私に執着し続ける史也が心配でずっと成仏できずにいるんだからね……?」
最後は、優しく微笑むように清美さんは目を細めた。
その瞳から、また涙が一筋こぼれ落ちる。
「……そうだったのか? 清美は、俺のせいで成仏できてないのか?」
申し訳なさの滲む顔で史也さんは清美さんを見る。
「やだな、そんな顔しないでよ。大丈夫。史也がちゃんと前を向いて歩いていってくれたら、私はちゃんと成仏できるから」
「……本当に?」
「うん、本当に。ねえ史也、静さんと付き合いなよ。あんなに史也のことをあきらめずにいてくれる一途な人、なかなか出会えないよ。私のことは、時々思い出してくれたらいいからさ」
清美さんはニッと笑う。
「……ありがとう」
そう告げる史也さんの顔は、この民宿に来てから見る一番穏やかな表情だった。
「それより、ご飯食べよ? もう、冷めちゃったかな?」
「それより、って。おい……っ」
ウキウキといった感じに、清美さんはまだ手付かずだったオムライスにスプーンを入れる。
半熟玉子の中から姿を見せる黄色いご飯に、清美さんはキャッと歓声を上げる。
このオムライスの中には、ケチャップライスでもバターライスでもなく、カレーピラフが入っているのだ。
生前から清美さんのこのテンションの高さは顕在だったのだろう。
隅にいた私を申し訳なさそうに見る史也さんに、私は「お二人でゆっくり召し上がってください」と告げて立ち上がる。
「ったく、清美は相変わらずなんだから……」
呆れた口調だったけれど、その顔は清美さんと再会できて嬉しそうだった。
清美さんも史也さんと話せて、今までで一番楽しそうな笑顔だ。
「いいじゃない! また史也とこのメニューが食べられるなんて、もうこれが本当に最後なんだからね!」
二人が他のお客様の目に触れないようにパーテーションでその空間を仕切らせてもらうと、奇跡としか言い様のない光景を背に、今度こそ私は本当に席を外した。
最後に二人だけでゆっくりと料理を堪能できるように。
二人の初デートに食べた思い出の、特製カレーオムライスを。
「もう、いいから」
「……え?」
清美さんにはっきりとした口調で否定されて、史也さんの目に動揺が走る。
「惹かれてるんでしょ? 静さんに」
「……ごめん」
暫しの沈黙のあと、史也さんは目を伏せる。
心が動いてしまったことを後ろめたく思っているのだろうけれど、清美さんは責めるために静さんの話をしたわけじゃない。
それを知っている私は、緊張しながら二人のことを見守る。
「静さん、良い人だよね。私の存在を知った上でも史也のことを受け入れようとしてくれて。これ逃したら、一生婚期逃すぞ?」
沈んでしまった史也さんを励まそうとしているのか、静さんはおどけたような口調で言った。
「いいよ、それでも。ここであいつに甘えたら、清美のことも静のことも裏切ってるみたいじゃないか」
心の中には忘れられない恋人がいる。
ずっと過去の恋人を一途に想い続けるつもりが、新しい恋人の存在に寄りかかってしまいそうになっている今の状態は、史也さんには許せないことなのだろう。
だけど、史也さんが苦しみ続けることを、清美さんは望んでいない。
「バカじゃないの?」
清美さんは、突き放すようにそう言い放った。
「ほんと、バカだよ。何考えてるの? 私のことをずっと想ってもらえたら、私は嬉しいよ。でもね、史也はどうなの? もうそばにいられない私のことを想って、何年続くかわからない人生をずっと一人で生きていくの?」
有無を言わせない力強い瞳で史也さんを見つめる。
「もう、いいから。それだけ想ってもらえただけで、私、充分だから。史也は、史也の人生を生きて。私のせいで、これ以上苦しい思いをしている史也を見たくないの」
今も複雑な気持ちはゼロではないのかもしれない。
けれど、それでも清美さんにとって史也さんの幸せが一番大切で、守りたいものだった。
やっと本音を伝えられた清美さんは、真っ直ぐに史也さんを見つめている。
「清美……」
「私は、死んでも私に執着し続ける史也が心配でずっと成仏できずにいるんだからね……?」
最後は、優しく微笑むように清美さんは目を細めた。
その瞳から、また涙が一筋こぼれ落ちる。
「……そうだったのか? 清美は、俺のせいで成仏できてないのか?」
申し訳なさの滲む顔で史也さんは清美さんを見る。
「やだな、そんな顔しないでよ。大丈夫。史也がちゃんと前を向いて歩いていってくれたら、私はちゃんと成仏できるから」
「……本当に?」
「うん、本当に。ねえ史也、静さんと付き合いなよ。あんなに史也のことをあきらめずにいてくれる一途な人、なかなか出会えないよ。私のことは、時々思い出してくれたらいいからさ」
清美さんはニッと笑う。
「……ありがとう」
そう告げる史也さんの顔は、この民宿に来てから見る一番穏やかな表情だった。
「それより、ご飯食べよ? もう、冷めちゃったかな?」
「それより、って。おい……っ」
ウキウキといった感じに、清美さんはまだ手付かずだったオムライスにスプーンを入れる。
半熟玉子の中から姿を見せる黄色いご飯に、清美さんはキャッと歓声を上げる。
このオムライスの中には、ケチャップライスでもバターライスでもなく、カレーピラフが入っているのだ。
生前から清美さんのこのテンションの高さは顕在だったのだろう。
隅にいた私を申し訳なさそうに見る史也さんに、私は「お二人でゆっくり召し上がってください」と告げて立ち上がる。
「ったく、清美は相変わらずなんだから……」
呆れた口調だったけれど、その顔は清美さんと再会できて嬉しそうだった。
清美さんも史也さんと話せて、今までで一番楽しそうな笑顔だ。
「いいじゃない! また史也とこのメニューが食べられるなんて、もうこれが本当に最後なんだからね!」
二人が他のお客様の目に触れないようにパーテーションでその空間を仕切らせてもらうと、奇跡としか言い様のない光景を背に、今度こそ私は本当に席を外した。
最後に二人だけでゆっくりと料理を堪能できるように。
二人の初デートに食べた思い出の、特製カレーオムライスを。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
熱い風の果てへ
朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。
カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。
必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。
そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。
まさか――
そのまさかは的中する。
ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。
※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる