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3.恋する特製カレーオムライス
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「静さんや清美さんに後ろめたく感じているのはわかります。だけどそれだと、いつまで経っても史也さんは前に進めません。時には、思いきって踏み出してみることも必要だと思うのですが、史也さんはそれではダメなのですか?」
そうしているうちに拓也さんの手によって料理が届けられる。
とろとろにとろけた半熟のたまごの上に、デミグラスソースのたっぷりかかったオムライスだ。
史也さんの前と私の前に置かれた美味しそうなオムライスは、本来清美さんが食べるはずだったものだ。
史也さんが私の隣に座ってしまったことで、清美さんが食べることで減っていく料理をごまかしきれないからだろう。
拓也さんが厨房の方へ戻っていったあと、史也さんの目の前に置かれたオムライスからたつ湯気を見つめながら、呟くように史也さんが言った。
「……怖いんだ、忘れてしまうのが」
その声に、隣にいた清美さんがぴくりと反応する。
「前に進まなきゃとは思うんだ。だけど、清美の時間はあの日のまま止まったままなのに、僕だけどんどん清美のいない未来を生きていって本当にいいのかなって思うんだ。仕方ないことだってわかってても、歳を取るにつれて、鮮やかだった思い出にモヤがかかったように思い出せなくなることが出てきて……」
この世を去った人間が忘れられたくないと思うのと、残された人間が亡くなった人間を忘れたくないと思う気持ちは、似ているように思う。
どちらも相手が大切な存在だったからこそ、強くそれを思ってしまうのだ。
「史也……」
今、清美さんの方を振り向くわけにはいかないから清美さんがどんな表情をしているのかはわからない。
湿っぽい声だった。
「……そんな風に思っててくれてただけで、私、充分だよ。史也は生きてるんだから、ちゃんと前向いて進まなきゃ」
私たちは、生きている限り、時間の流れに逆らえない。
幸せだった時間に居続けることは、できないんだ。
「史也……」
せめて清美さんの声だけでも、史也さんに届けば良いのに。
同じことを私の口から伝えることもできるけれど、さすがに違和感がある。かといって私の言葉として口に出すと、ただの安っぽい綺麗事にしか聞こえないだろう。
清美さんがすぐそばにいるというこの状況を全くわかっていない史也さんに対して、どう言えば心に届くのだろう。
ダメもとで、清美さんがここに居ることを伝えようか……。
そんなことを本気で考えていたとき、史也さんはフッと笑った。
「すみません。どういうわけか、あなたにはつい話しすぎてしまいますね」
「いえ……」
旅先での相手だから言えることもある。
静さんにも清美さんにも誠実な史也さんだからこそ、ここに清美さんが居ることを知ってほしい。
そう思ったとき、ふと、史也さんが不自然に目を見張っているのに気づいた。
「清美……?」
さっきまで私に定まっていた史也さんの焦点がややずれている気がして、その視線の先をたどるようにして振り返る。すると、切なそうに私たちの会話の成り行きを見ていた清美さんへと繋がった。
清美さんもまた史也さんと同じように、何が起こっているのかわからないと言いたげな顔をしている。
奇跡が起こったんだ。
「……史也さん、まさか見えているのですか? 清美さんのこと」
「え……。まさか、そんなわけ……」
私の声にハッとした史也さんは、少し考えるような素振りを見せたものの、真っ直ぐに問いかける。
「清美なのか……?」
史也さんの言葉にうなずいた瞬間、彼女の大きな瞳から涙がこぼれ落ちたのが見えた。
史也さんに清美さんの姿が見えて、話せているのなら、間に私は居ない方がいい。
本人の口から想いを伝えてほしい。
これ以上、後悔を引きずることのないように。
食堂内を見回すと、今のところ食堂には他のお客様は出ていっていなくなっていて、正に清美さんと史也さんが二人で話すのにぴったりな状況だった。
私がそれとなく席を立つと、清美さんは私の真意に気づいたようだ。
清美さんと席を替わる。
「ごめんね、ずっと一緒にいるって約束守れなくて。病気のことも黙ってて。史也に心配かけたくなかったの……」
自分の姿が史也さんに見えるとわかって、清美さんは自らの口で話し出した。
「……清美」
「それなのにずっと想っててくれてありがとう。この約束が史也のことを縛ってたんだよね。ずっと私だけを見ていないといけないんだって、思ってたんでしょ?」
笑顔で話す清美さんの瞳は、今にも泣いてしまいそうだった。
やっと話すことができたのだ。溢れんばかりの想いが清美さんの中にあるのだろう。
そうしているうちに拓也さんの手によって料理が届けられる。
とろとろにとろけた半熟のたまごの上に、デミグラスソースのたっぷりかかったオムライスだ。
史也さんの前と私の前に置かれた美味しそうなオムライスは、本来清美さんが食べるはずだったものだ。
史也さんが私の隣に座ってしまったことで、清美さんが食べることで減っていく料理をごまかしきれないからだろう。
拓也さんが厨房の方へ戻っていったあと、史也さんの目の前に置かれたオムライスからたつ湯気を見つめながら、呟くように史也さんが言った。
「……怖いんだ、忘れてしまうのが」
その声に、隣にいた清美さんがぴくりと反応する。
「前に進まなきゃとは思うんだ。だけど、清美の時間はあの日のまま止まったままなのに、僕だけどんどん清美のいない未来を生きていって本当にいいのかなって思うんだ。仕方ないことだってわかってても、歳を取るにつれて、鮮やかだった思い出にモヤがかかったように思い出せなくなることが出てきて……」
この世を去った人間が忘れられたくないと思うのと、残された人間が亡くなった人間を忘れたくないと思う気持ちは、似ているように思う。
どちらも相手が大切な存在だったからこそ、強くそれを思ってしまうのだ。
「史也……」
今、清美さんの方を振り向くわけにはいかないから清美さんがどんな表情をしているのかはわからない。
湿っぽい声だった。
「……そんな風に思っててくれてただけで、私、充分だよ。史也は生きてるんだから、ちゃんと前向いて進まなきゃ」
私たちは、生きている限り、時間の流れに逆らえない。
幸せだった時間に居続けることは、できないんだ。
「史也……」
せめて清美さんの声だけでも、史也さんに届けば良いのに。
同じことを私の口から伝えることもできるけれど、さすがに違和感がある。かといって私の言葉として口に出すと、ただの安っぽい綺麗事にしか聞こえないだろう。
清美さんがすぐそばにいるというこの状況を全くわかっていない史也さんに対して、どう言えば心に届くのだろう。
ダメもとで、清美さんがここに居ることを伝えようか……。
そんなことを本気で考えていたとき、史也さんはフッと笑った。
「すみません。どういうわけか、あなたにはつい話しすぎてしまいますね」
「いえ……」
旅先での相手だから言えることもある。
静さんにも清美さんにも誠実な史也さんだからこそ、ここに清美さんが居ることを知ってほしい。
そう思ったとき、ふと、史也さんが不自然に目を見張っているのに気づいた。
「清美……?」
さっきまで私に定まっていた史也さんの焦点がややずれている気がして、その視線の先をたどるようにして振り返る。すると、切なそうに私たちの会話の成り行きを見ていた清美さんへと繋がった。
清美さんもまた史也さんと同じように、何が起こっているのかわからないと言いたげな顔をしている。
奇跡が起こったんだ。
「……史也さん、まさか見えているのですか? 清美さんのこと」
「え……。まさか、そんなわけ……」
私の声にハッとした史也さんは、少し考えるような素振りを見せたものの、真っ直ぐに問いかける。
「清美なのか……?」
史也さんの言葉にうなずいた瞬間、彼女の大きな瞳から涙がこぼれ落ちたのが見えた。
史也さんに清美さんの姿が見えて、話せているのなら、間に私は居ない方がいい。
本人の口から想いを伝えてほしい。
これ以上、後悔を引きずることのないように。
食堂内を見回すと、今のところ食堂には他のお客様は出ていっていなくなっていて、正に清美さんと史也さんが二人で話すのにぴったりな状況だった。
私がそれとなく席を立つと、清美さんは私の真意に気づいたようだ。
清美さんと席を替わる。
「ごめんね、ずっと一緒にいるって約束守れなくて。病気のことも黙ってて。史也に心配かけたくなかったの……」
自分の姿が史也さんに見えるとわかって、清美さんは自らの口で話し出した。
「……清美」
「それなのにずっと想っててくれてありがとう。この約束が史也のことを縛ってたんだよね。ずっと私だけを見ていないといけないんだって、思ってたんでしょ?」
笑顔で話す清美さんの瞳は、今にも泣いてしまいそうだった。
やっと話すことができたのだ。溢れんばかりの想いが清美さんの中にあるのだろう。
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