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2.仲直りの醤油めし
2ー14
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「和樹くんは、お兄さんのこと恨んでないと思いますよ」
思い詰めていたように話していた弘樹さんは、私が言葉を発すると同時に弾かれたように顔を上げる。
「何でそう思うん? 俺があのときもっと言葉を選んで話せとったら、和樹は家を飛び出して事故に遭うことなんてなかったんよ?」
「そうかもしれません。でもそれは、誰にも予測がつかなかったことです。和樹くんにも弘樹さんにも」
何て言えば伝わるのだろう。
こんな風に弘樹さんと話せるチャンスは今だけだ。焦る気持ちを抑えて、慎重に言葉を選ぶ。
「私は、和樹くんも後悔してるのではないかと思います」
でもそれは、恨んでいるからじゃない。
「大好きだったお兄さんと仲違いをしたまま亡くなってしまって。そして、タイミング悪くその直後に亡くなってしまったせいでお兄さんを苦しませてしまったことを」
隣で和樹くんがウンウンと私の言葉に頭をふる。
私は生前の和樹くんのことを知らないけれど、今の和樹くんのことは知っている。和樹くんは幽霊になってもなお、お兄さんのことが心配で、気がかりでむすび屋に来たんだ。
「私は、和樹くんはそういう人だったんじゃないかなと思います。弘樹さんは、そうは思えませんか?」
亡くなる前の印象が強くて、和樹くんに嫌われたと思っているのだろう。
けれど、事故さえ起こらなければ、二人が一緒に過ごした時間の些細な思い出の一部となって、次に顔を合わせたときには仲直りできていたのではないかと思った。
そのせいで和樹くんが大好きなお兄さんを嫌いになることなんてないって、本心から出た言葉じゃないと、少しでも伝わってほしい。
私は弘樹さんのこたえを待った。
「……ごめん。俺、ちょっと取り乱し過ぎたよな」
私の問いかけには何もこたえず、弘樹さんは視線を窓の外に移す。
窓からは、大街道の中を人が穏やかに行き交う様子が見えている。
……ダメだった、かな。
和樹くんも、今はもう口を閉ざしているけれど、寂しそうにお兄さんの横顔を見つめている。
「私こそすみません。わかったような口効いて……」
でも、まだ大事なことを伝えきれていない……。
「私が口を出すことじゃないってわかってますが、もうひとつだけいいですか?」
視線を外に向けていた弘樹さんが静かにこちらに向き直る。
まだ話を聞いてくれるようで、少しホッとした。
「弘樹さんもバスケをされてたって聞きました」
「…………」
「バスケ、辞めないでください」
「兄ちゃん、バスケ続けて?」
聞こえてないのに、和樹くんも一緒になって懇願する。
「和樹くんはお兄さんに憧れてバスケをしてました。バスケをしているお兄さんが一番輝いてて好きだって。本当に和樹くんのことを想うなら、バスケ、続けてください。和樹くんのためにも、お願いします……」
深く、頭を下げた。
いくら“和樹くんの彼女”という設定で弘樹さんと話しているとはいえ、さすがに引かれてしまっただろうか。
だけど、もう会ってもらえるとも限らないから、伝えられるうちに伝えておきたかった。
*
「ごめんね、和樹くん……」
その日の夕食時、食堂で昨夜まかないで振る舞ってもらった醤油めし定食を食べる和樹くんに頭を下げる。
「ある程度は仕方ないけん。俺こそ、ケイちゃんにここまでしてもらえると思っとらんかったけん、それだけで充分嬉しかった。ありがとう」
「でも……」
結局、一方的に弘樹さんに話を伝えただけで、何の解決にもならなかった。
「あー、この醤油めし、母さんが作ってくれとったのと同じ味がするわ! 唐揚げも俺好みやし。拓也さん、すげーわ」
「やろ? こういうのは得意やけん」
和樹くんはというと、そんなこと気にしてないかのように嬉々と醤油めし定食をがっついている。
幽霊は基本的にはお腹は空かないらしいけれど、久しぶりに“食べられること”自体も嬉しいのだろう。
「ケイちゃんも、いつまでもそんな顔せんと、温かいうちに食べて。また冷めるで?」
「あ、はい。すみません……」
和樹くんが一人で食べるのは寂しいからと、私と晃さんの前にも醤油めし定食が並ぶ。
一昨日の試作品では、和樹くんのことで悩みすぎて結局唐揚げが冷めてしまったから、今日は温かいうちに食べないと。
「ケイはよくやったと思う」
唐揚げをひとつ箸で口に運んだ瞬間、私の目の前に座る晃さんの声が耳に届く。
「……そう、ですか?」
唐揚げを急いで咀嚼して顔を上げると、晃さんが想像よりもずっと優しい瞳でこちらを見ているから驚いた。
どうだろう。本当にあれで良かったのかな。
さまよわせた視線を再び和樹くんの方へ戻すと、和樹くんは拓也さんと地元トークで盛り上がっているようだった。
晃さんはよくやったと言ってくれるし、和樹くんもこれで充分と言ってくれる。
だけど、今日の結果に私は納得いっていない。一番の目的を果たせていないからだ。
何とかして和樹くんとお兄さんを仲直りさせたいのに、それは叶わなかった。
バスケを続けてほしいという和樹くんの想いも伝わったかどうか、わからないのだから。
思い詰めていたように話していた弘樹さんは、私が言葉を発すると同時に弾かれたように顔を上げる。
「何でそう思うん? 俺があのときもっと言葉を選んで話せとったら、和樹は家を飛び出して事故に遭うことなんてなかったんよ?」
「そうかもしれません。でもそれは、誰にも予測がつかなかったことです。和樹くんにも弘樹さんにも」
何て言えば伝わるのだろう。
こんな風に弘樹さんと話せるチャンスは今だけだ。焦る気持ちを抑えて、慎重に言葉を選ぶ。
「私は、和樹くんも後悔してるのではないかと思います」
でもそれは、恨んでいるからじゃない。
「大好きだったお兄さんと仲違いをしたまま亡くなってしまって。そして、タイミング悪くその直後に亡くなってしまったせいでお兄さんを苦しませてしまったことを」
隣で和樹くんがウンウンと私の言葉に頭をふる。
私は生前の和樹くんのことを知らないけれど、今の和樹くんのことは知っている。和樹くんは幽霊になってもなお、お兄さんのことが心配で、気がかりでむすび屋に来たんだ。
「私は、和樹くんはそういう人だったんじゃないかなと思います。弘樹さんは、そうは思えませんか?」
亡くなる前の印象が強くて、和樹くんに嫌われたと思っているのだろう。
けれど、事故さえ起こらなければ、二人が一緒に過ごした時間の些細な思い出の一部となって、次に顔を合わせたときには仲直りできていたのではないかと思った。
そのせいで和樹くんが大好きなお兄さんを嫌いになることなんてないって、本心から出た言葉じゃないと、少しでも伝わってほしい。
私は弘樹さんのこたえを待った。
「……ごめん。俺、ちょっと取り乱し過ぎたよな」
私の問いかけには何もこたえず、弘樹さんは視線を窓の外に移す。
窓からは、大街道の中を人が穏やかに行き交う様子が見えている。
……ダメだった、かな。
和樹くんも、今はもう口を閉ざしているけれど、寂しそうにお兄さんの横顔を見つめている。
「私こそすみません。わかったような口効いて……」
でも、まだ大事なことを伝えきれていない……。
「私が口を出すことじゃないってわかってますが、もうひとつだけいいですか?」
視線を外に向けていた弘樹さんが静かにこちらに向き直る。
まだ話を聞いてくれるようで、少しホッとした。
「弘樹さんもバスケをされてたって聞きました」
「…………」
「バスケ、辞めないでください」
「兄ちゃん、バスケ続けて?」
聞こえてないのに、和樹くんも一緒になって懇願する。
「和樹くんはお兄さんに憧れてバスケをしてました。バスケをしているお兄さんが一番輝いてて好きだって。本当に和樹くんのことを想うなら、バスケ、続けてください。和樹くんのためにも、お願いします……」
深く、頭を下げた。
いくら“和樹くんの彼女”という設定で弘樹さんと話しているとはいえ、さすがに引かれてしまっただろうか。
だけど、もう会ってもらえるとも限らないから、伝えられるうちに伝えておきたかった。
*
「ごめんね、和樹くん……」
その日の夕食時、食堂で昨夜まかないで振る舞ってもらった醤油めし定食を食べる和樹くんに頭を下げる。
「ある程度は仕方ないけん。俺こそ、ケイちゃんにここまでしてもらえると思っとらんかったけん、それだけで充分嬉しかった。ありがとう」
「でも……」
結局、一方的に弘樹さんに話を伝えただけで、何の解決にもならなかった。
「あー、この醤油めし、母さんが作ってくれとったのと同じ味がするわ! 唐揚げも俺好みやし。拓也さん、すげーわ」
「やろ? こういうのは得意やけん」
和樹くんはというと、そんなこと気にしてないかのように嬉々と醤油めし定食をがっついている。
幽霊は基本的にはお腹は空かないらしいけれど、久しぶりに“食べられること”自体も嬉しいのだろう。
「ケイちゃんも、いつまでもそんな顔せんと、温かいうちに食べて。また冷めるで?」
「あ、はい。すみません……」
和樹くんが一人で食べるのは寂しいからと、私と晃さんの前にも醤油めし定食が並ぶ。
一昨日の試作品では、和樹くんのことで悩みすぎて結局唐揚げが冷めてしまったから、今日は温かいうちに食べないと。
「ケイはよくやったと思う」
唐揚げをひとつ箸で口に運んだ瞬間、私の目の前に座る晃さんの声が耳に届く。
「……そう、ですか?」
唐揚げを急いで咀嚼して顔を上げると、晃さんが想像よりもずっと優しい瞳でこちらを見ているから驚いた。
どうだろう。本当にあれで良かったのかな。
さまよわせた視線を再び和樹くんの方へ戻すと、和樹くんは拓也さんと地元トークで盛り上がっているようだった。
晃さんはよくやったと言ってくれるし、和樹くんもこれで充分と言ってくれる。
だけど、今日の結果に私は納得いっていない。一番の目的を果たせていないからだ。
何とかして和樹くんとお兄さんを仲直りさせたいのに、それは叶わなかった。
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