27 / 69
2.仲直りの醤油めし
2ー15
しおりを挟む
*
翌日の早朝。和樹くんは今日まで宿泊していたルームキーをカウンターに持ってきた。
ルームキーを受付カウンターのところにいたなのかさんに渡して軽く挨拶をすると、真っ直ぐに玄関の掃除をしていた私のところまで歩いてくる。
「ケイちゃん、いろいろありがとな」
「……和樹くん」
幽霊のお客さんがルームキーを返しにくるのは、むすび屋としての仕事が終わったという合図らしい。
このまま成仏する幽霊もいれば、もう少しこの世にとどまる幽霊もいて、そのあとは様々だ。
和樹くんは、きっと力を貸してほしくてむすび屋に来ただろうに、私はそれにちゃんと応えることができたのだろうか。
充分嬉しかったとは言われたけれど、和樹くんとして中途半端な結果になってしまったんじゃないかな。
「ケイちゃん、まだ昨日のこと気にしとん?」
「……ええっ!?」
「ハハッ。ケイちゃん、ヤバいくらいにわかりやすすぎやろ」
からかわれているのがわかって、もう!と少し語気を強めて言うけれど、蒸気する頬のせいで全然説得力がない。
「晃さんと拓也さんにはもう挨拶したけん。あとはケイちゃんに挨拶したら出ていくつもりやったんやけど、ちょっとだけ時間もらってもいい?」
ちらりとなのかさんの方を見ると、すぐに受付カウンターの裏にある事務室にいる晃さんに確認を取って、顔の前で親指と人さし指で小さく丸を作ってくれた。
「うん。大丈夫みたい」
和樹くんは私の返事を聞くなり、嬉しそうに笑った。
*
真夏と言えど、朝の空気は昼間のことを思えば幾分涼しく感じられる。
最初は国道を歩いて緩やかな下り坂を歩いていたものの、県道を曲がり、さらには石手川にかかる橋を渡って裏道のような細い道へ入った。
あまり人気のない道だけど、すぐそばを走る石手川の水音が聞こえてくるようたった。
実際に聞こえているのは、セミがうるさく鳴く声だけだけど。
「ここ、小学生の頃からずっと使ってる通学路なんよ」
和樹くんは細い道の先を指さして説明してくれる。
通学路と言われても、さすがにまだ朝早いだけあって、小学生らしき姿は見えない。
「兄ちゃんが中学生になってからは、よく帰り道に自転車で帰る兄ちゃんに会えば、ランドセルやら何やらカゴに押しこんどったなぁ」
「お兄さんに荷物持ちさせてたんだ」
ちょっとおかしくなって笑みをこぼすと、それにつられるように和樹くんも笑った。
「実際帰り道は上り坂ばっかで、途中からずっと自転車を押して帰らんといけんのに、兄ちゃんの自転車のカゴに荷物突っ込むとか、今から思えば俺も酷なことしたわ」
ハハッと悪びれもなく笑うその姿から、弘樹さんを見つけてラッキーと言わんばかりに荷物を押し付ける姿が容易に想像ついてしまった。
「でもな、面倒臭そうな顔してるのに兄ちゃんは決まって言うんよ。仕方ないなって。自転車漕いでても押してても、荷物持たされるってわかってるのに、兄ちゃんは俺だってわかったら必ず足を止めてくれたんよ」
懐かしい大切な思い出を語る顔はとても穏やかで、私は二人の絆がとても眩しく見えた。
「……優しいお兄さんだったんだね」
「うん……」
目を細めて笑う姿を見ながら、昨日弘樹さんと話したときのことを思い出す。
弘樹さんの苦しそうな表情から、自分のせいで弟を亡くしてしまったという後悔の気持ちが痛いほど伝わってきた。
死んでもなお、お兄さんを大切に想っている和樹くんの気持ちが伝わらないのが本当にもどかしかった。
「ケイちゃんに言ってなかったんやけど」
夏の青い空を仰ぎながら、和樹くんは困った顔で笑う。
「兄ちゃんのこと好きやったし尊敬しとったけど、いつもこっぱずかしくて、ちゃんと伝えたことはなかったんよ。いつもふざけたことばっかり言い合ってただけでさ」
溢れそうな感情をこらえるように、和樹くんは目をそっと閉じた。
「伝えられるうちに伝えとかんといかんのんやな」
私ははっとして和樹くんを見た。
……そっか、そういうことだったんだ。和樹くんの気持ちを弘樹さんに伝えたとき、不思議そうな顔をされたのは。
「昨日の兄ちゃんの反応見て、痛感した。兄弟仲は良かったと思うんやけどな……。きっと生きているときに俺が言葉にしてこんかったから、伝わらんかったんよな……」
弘樹さんは本当に和樹くんの気持ちを知らなくて、信じられなかったのかもしれない。
兄弟だろうとどれだけ仲が良かろうと、言葉にせず本音を理解し合えるわけではないのだから。
「じゃあ俺、そろそろ行くわ。ケイちゃん、最後まで本当にありがとう」
とてもじゃないけれど、和樹くんがこのまま成仏できるとは思えない。お兄さんに気持ちを伝えることはできたとはいえ、それだけなのだから。
でも、和樹くんは去って行こうとしている。
このまま一人でこの世をさまようつもりなのだろうか。お兄さんへの罪悪感を抱きながら、静かに見守って留まり続けるのだろうか。
引き留めたところで、無力な私には何もできない。けれど、一人にさせられない気持ちから、つい引き留めたくなってしまう。
そんな葛藤の中何も言えずにいた私を見て、和樹くんがあどけなさの残る笑みを浮かべた。そして口を開こうとしたままの状態で、和樹くんの視線が私の後ろに注がれたまま固まった。
翌日の早朝。和樹くんは今日まで宿泊していたルームキーをカウンターに持ってきた。
ルームキーを受付カウンターのところにいたなのかさんに渡して軽く挨拶をすると、真っ直ぐに玄関の掃除をしていた私のところまで歩いてくる。
「ケイちゃん、いろいろありがとな」
「……和樹くん」
幽霊のお客さんがルームキーを返しにくるのは、むすび屋としての仕事が終わったという合図らしい。
このまま成仏する幽霊もいれば、もう少しこの世にとどまる幽霊もいて、そのあとは様々だ。
和樹くんは、きっと力を貸してほしくてむすび屋に来ただろうに、私はそれにちゃんと応えることができたのだろうか。
充分嬉しかったとは言われたけれど、和樹くんとして中途半端な結果になってしまったんじゃないかな。
「ケイちゃん、まだ昨日のこと気にしとん?」
「……ええっ!?」
「ハハッ。ケイちゃん、ヤバいくらいにわかりやすすぎやろ」
からかわれているのがわかって、もう!と少し語気を強めて言うけれど、蒸気する頬のせいで全然説得力がない。
「晃さんと拓也さんにはもう挨拶したけん。あとはケイちゃんに挨拶したら出ていくつもりやったんやけど、ちょっとだけ時間もらってもいい?」
ちらりとなのかさんの方を見ると、すぐに受付カウンターの裏にある事務室にいる晃さんに確認を取って、顔の前で親指と人さし指で小さく丸を作ってくれた。
「うん。大丈夫みたい」
和樹くんは私の返事を聞くなり、嬉しそうに笑った。
*
真夏と言えど、朝の空気は昼間のことを思えば幾分涼しく感じられる。
最初は国道を歩いて緩やかな下り坂を歩いていたものの、県道を曲がり、さらには石手川にかかる橋を渡って裏道のような細い道へ入った。
あまり人気のない道だけど、すぐそばを走る石手川の水音が聞こえてくるようたった。
実際に聞こえているのは、セミがうるさく鳴く声だけだけど。
「ここ、小学生の頃からずっと使ってる通学路なんよ」
和樹くんは細い道の先を指さして説明してくれる。
通学路と言われても、さすがにまだ朝早いだけあって、小学生らしき姿は見えない。
「兄ちゃんが中学生になってからは、よく帰り道に自転車で帰る兄ちゃんに会えば、ランドセルやら何やらカゴに押しこんどったなぁ」
「お兄さんに荷物持ちさせてたんだ」
ちょっとおかしくなって笑みをこぼすと、それにつられるように和樹くんも笑った。
「実際帰り道は上り坂ばっかで、途中からずっと自転車を押して帰らんといけんのに、兄ちゃんの自転車のカゴに荷物突っ込むとか、今から思えば俺も酷なことしたわ」
ハハッと悪びれもなく笑うその姿から、弘樹さんを見つけてラッキーと言わんばかりに荷物を押し付ける姿が容易に想像ついてしまった。
「でもな、面倒臭そうな顔してるのに兄ちゃんは決まって言うんよ。仕方ないなって。自転車漕いでても押してても、荷物持たされるってわかってるのに、兄ちゃんは俺だってわかったら必ず足を止めてくれたんよ」
懐かしい大切な思い出を語る顔はとても穏やかで、私は二人の絆がとても眩しく見えた。
「……優しいお兄さんだったんだね」
「うん……」
目を細めて笑う姿を見ながら、昨日弘樹さんと話したときのことを思い出す。
弘樹さんの苦しそうな表情から、自分のせいで弟を亡くしてしまったという後悔の気持ちが痛いほど伝わってきた。
死んでもなお、お兄さんを大切に想っている和樹くんの気持ちが伝わらないのが本当にもどかしかった。
「ケイちゃんに言ってなかったんやけど」
夏の青い空を仰ぎながら、和樹くんは困った顔で笑う。
「兄ちゃんのこと好きやったし尊敬しとったけど、いつもこっぱずかしくて、ちゃんと伝えたことはなかったんよ。いつもふざけたことばっかり言い合ってただけでさ」
溢れそうな感情をこらえるように、和樹くんは目をそっと閉じた。
「伝えられるうちに伝えとかんといかんのんやな」
私ははっとして和樹くんを見た。
……そっか、そういうことだったんだ。和樹くんの気持ちを弘樹さんに伝えたとき、不思議そうな顔をされたのは。
「昨日の兄ちゃんの反応見て、痛感した。兄弟仲は良かったと思うんやけどな……。きっと生きているときに俺が言葉にしてこんかったから、伝わらんかったんよな……」
弘樹さんは本当に和樹くんの気持ちを知らなくて、信じられなかったのかもしれない。
兄弟だろうとどれだけ仲が良かろうと、言葉にせず本音を理解し合えるわけではないのだから。
「じゃあ俺、そろそろ行くわ。ケイちゃん、最後まで本当にありがとう」
とてもじゃないけれど、和樹くんがこのまま成仏できるとは思えない。お兄さんに気持ちを伝えることはできたとはいえ、それだけなのだから。
でも、和樹くんは去って行こうとしている。
このまま一人でこの世をさまようつもりなのだろうか。お兄さんへの罪悪感を抱きながら、静かに見守って留まり続けるのだろうか。
引き留めたところで、無力な私には何もできない。けれど、一人にさせられない気持ちから、つい引き留めたくなってしまう。
そんな葛藤の中何も言えずにいた私を見て、和樹くんがあどけなさの残る笑みを浮かべた。そして口を開こうとしたままの状態で、和樹くんの視線が私の後ろに注がれたまま固まった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる