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2.仲直りの醤油めし
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「ごめんな。もっと洒落た店を知ってたら良かったんだけど、俺、そういうのに疎くて」
「いえ……」
私が頼んだコーヒーと、そして弘樹さんのチーズバーガーとポテトとコーラの乗ったトレイを、目の前の小さなテーブルに置いて申し訳なさそうな笑みを浮かべる弘樹さんは、初対面にも関わらずフレンドリーで、どことなく和樹くんに似ている。
やっぱり兄弟なんだな……。
一階部分で購入して、食べる場所は上の階という形をとっている店舗の二階のテーブル席に、私と弘樹さんは向かい合うように腰かけた。
弘樹さんはしっかりと注文していたから、まずは腹ごしらえをするのかと思ったが、コーラを少し飲むだけで、すぐに和樹くんの話題に突入した。
「……きみといるとき、和樹はどうやった?」
「……え?」
「いや。きみも知っとると思うけど、和樹さ、部活でケガしたやん? 家ではずっとイライラしよったけど、きみの隣では笑えとったんかなって思って……」
弘樹さんは、どこかに救いを求めるような瞳でたずねてくる。
本当の彼女でもないし、ましてや生前の和樹くんのことはわからないので、適当なことは言えない。
「……弟想いのお兄さんなんですね」
悩んだ末、今私が思ったことを素直に口に出した。
「……そうでもないよ」
お兄さんは力なく首を横に振った。
「そんなことないです。何だか和樹くんがお兄さんのことを大好きで、すごく尊敬していたのもわかる気がします」
弘樹さんは一瞬目を見張るものの、すぐにその表情を翳らせる。
「……買い被り過ぎやから。恨まれることはあっても、好かれとることはないけん」
哀愁を漂わせる弘樹さんの瞳には、後悔の色が滲み出ていて少し潤んで見える。
「そんなわけないやん! むしろ俺の方が兄ちゃんのこと傷つけてしまったのに……っ」
私と弘樹さんの間にある小さなテーブルの横に立って私たちの会話を聞いていた和樹くんが、弘樹さんに向かって訴えかける。
けれど、その声は弘樹さんには届かない。
「って、ごめんな。きみも和樹の彼女やったんなら、あいつが死んで苦しんでるやろうに」
「いえ……」
自分もつらいはずなのにこちらのことも気遣ってくれて、私は何とも言えない気持ちになる。和樹くんはすぐそばにいるのに、直接意思疎通できないことがもどかしい。
「でも、彼女なら本当のこと知っとくべきだよな」
そう前置きすると、弘樹さんは苦しげに顔を歪めた。
「こんなこと言ったら軽蔑されるかもしれんけど、あいつが死んだん、俺のせいなんよ」
「違う! 兄ちゃんのせいやないって!」
自分の声は聞こえていないってわかっていながら、和樹くんは必死に自分の気持ちを訴えかける。
「あの、どうしてそう思われるのですか? 和樹くんが亡くなったのは事故でしたよね?」
「……あいつが事故に遭う直前、俺は和樹に無神経なことを言って傷つけたんよ」
弘樹さんは本当に悔しそうな声で話し出した。
「和樹、ケガで部活のレギュラーから外れて相当落ちこんどったから、何とかして元気づけたかったんよ。だから“そんなことで落ち込むなよ。また治ればバスケできるんやろ?”って俺は言った。一生できんって言われた訳じゃないんやろって、俺は和樹を励ましたつもりやったんよ」
静かに本音を吐露しながら、彼は泣きそうな顔で笑った。そして自分の罪を懺悔するように、当時あったことを教えてくれた。
「でも、それが和樹の気に障ったみたいやわ。“そんなことって言うけど、俺にとっては全然そんなことじゃないんやけど!”って怒らせてしまったんよ」
そして口論の末、家を飛び出した和樹くんは事故に遭ってしまった。大筋は和樹くんから聞いた話と同じだ。
「そんなつもりやなかったんよ。それで和樹は家を飛び出して、あんな事故に……」
「兄ちゃん、ごめん……」
ケガで落ち込んで気が立っていた和樹くんにとっては、お兄さんの些細な言葉尻でさえ気に障ってしまったのだろう。
でもまさかそれが二人が交わした最後の会話になるなんて、誰が想像ついただろう。
どんなに大声で叫んでも伝わらないもどかしさを顔に表した和樹くんが、救いを求めるように私を見つめてくる。
「いえ……」
私が頼んだコーヒーと、そして弘樹さんのチーズバーガーとポテトとコーラの乗ったトレイを、目の前の小さなテーブルに置いて申し訳なさそうな笑みを浮かべる弘樹さんは、初対面にも関わらずフレンドリーで、どことなく和樹くんに似ている。
やっぱり兄弟なんだな……。
一階部分で購入して、食べる場所は上の階という形をとっている店舗の二階のテーブル席に、私と弘樹さんは向かい合うように腰かけた。
弘樹さんはしっかりと注文していたから、まずは腹ごしらえをするのかと思ったが、コーラを少し飲むだけで、すぐに和樹くんの話題に突入した。
「……きみといるとき、和樹はどうやった?」
「……え?」
「いや。きみも知っとると思うけど、和樹さ、部活でケガしたやん? 家ではずっとイライラしよったけど、きみの隣では笑えとったんかなって思って……」
弘樹さんは、どこかに救いを求めるような瞳でたずねてくる。
本当の彼女でもないし、ましてや生前の和樹くんのことはわからないので、適当なことは言えない。
「……弟想いのお兄さんなんですね」
悩んだ末、今私が思ったことを素直に口に出した。
「……そうでもないよ」
お兄さんは力なく首を横に振った。
「そんなことないです。何だか和樹くんがお兄さんのことを大好きで、すごく尊敬していたのもわかる気がします」
弘樹さんは一瞬目を見張るものの、すぐにその表情を翳らせる。
「……買い被り過ぎやから。恨まれることはあっても、好かれとることはないけん」
哀愁を漂わせる弘樹さんの瞳には、後悔の色が滲み出ていて少し潤んで見える。
「そんなわけないやん! むしろ俺の方が兄ちゃんのこと傷つけてしまったのに……っ」
私と弘樹さんの間にある小さなテーブルの横に立って私たちの会話を聞いていた和樹くんが、弘樹さんに向かって訴えかける。
けれど、その声は弘樹さんには届かない。
「って、ごめんな。きみも和樹の彼女やったんなら、あいつが死んで苦しんでるやろうに」
「いえ……」
自分もつらいはずなのにこちらのことも気遣ってくれて、私は何とも言えない気持ちになる。和樹くんはすぐそばにいるのに、直接意思疎通できないことがもどかしい。
「でも、彼女なら本当のこと知っとくべきだよな」
そう前置きすると、弘樹さんは苦しげに顔を歪めた。
「こんなこと言ったら軽蔑されるかもしれんけど、あいつが死んだん、俺のせいなんよ」
「違う! 兄ちゃんのせいやないって!」
自分の声は聞こえていないってわかっていながら、和樹くんは必死に自分の気持ちを訴えかける。
「あの、どうしてそう思われるのですか? 和樹くんが亡くなったのは事故でしたよね?」
「……あいつが事故に遭う直前、俺は和樹に無神経なことを言って傷つけたんよ」
弘樹さんは本当に悔しそうな声で話し出した。
「和樹、ケガで部活のレギュラーから外れて相当落ちこんどったから、何とかして元気づけたかったんよ。だから“そんなことで落ち込むなよ。また治ればバスケできるんやろ?”って俺は言った。一生できんって言われた訳じゃないんやろって、俺は和樹を励ましたつもりやったんよ」
静かに本音を吐露しながら、彼は泣きそうな顔で笑った。そして自分の罪を懺悔するように、当時あったことを教えてくれた。
「でも、それが和樹の気に障ったみたいやわ。“そんなことって言うけど、俺にとっては全然そんなことじゃないんやけど!”って怒らせてしまったんよ」
そして口論の末、家を飛び出した和樹くんは事故に遭ってしまった。大筋は和樹くんから聞いた話と同じだ。
「そんなつもりやなかったんよ。それで和樹は家を飛び出して、あんな事故に……」
「兄ちゃん、ごめん……」
ケガで落ち込んで気が立っていた和樹くんにとっては、お兄さんの些細な言葉尻でさえ気に障ってしまったのだろう。
でもまさかそれが二人が交わした最後の会話になるなんて、誰が想像ついただろう。
どんなに大声で叫んでも伝わらないもどかしさを顔に表した和樹くんが、救いを求めるように私を見つめてくる。
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