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充は警戒していた。
爽伸も"大人"である以上、完全な信頼には値しない。子どもだからって安易に信用もできないが、この世界、この塗装すらされていない薄ら寒いコンクリの箱の中ではそういう価値観は正しい。
それを隣室のれおんに噛み砕いて相談すると、彼は大きくかぶりを振った。
「なんだ、そんな必死になって」
驚いて問う。
「だってさやのさん、笑わないもん」
笑わない。
その言葉の真意を、充は読めなかった。
彼女はもの静かではあるが、決して自分たちを置き去りにする存在ではないからだ。未咲はいつも充たちを置いて歩く。
つまりれおんはその意図で笑わないと言ってはいない。
「ごめん、どういうこと?」
間が空いたことで変になった空気に問うように、充はただ尋ねた。
「笑わないの。目が、笑わない」
目。充は爽伸の笑顔を想像する。口元をふっと緩めて、小さく微笑む顔。その瞳は、笑っているといえば笑っているし、笑っていないといえば笑っていない。
「たぶん、さやのさんはいつもなにか考えてる」
れおんはそう強く言った。
爽伸は事務室で書類作成を行っていた。ここは一応市の管轄である。備品や車両など、お金のかかるものは競争入札。その経費を極力少なくするためにこの作業がある。
爽伸は旧いパソコンで検索エンジンを開いた。ここの評判を、これまた旧いコピー機が印刷してくれるまでの間に見るのだ。
ここはBADROOMなんて呼ばれている。
外界から隔絶された世界。部屋。その荒んだ現状を、出所者たちがツブヤイターなどのSNSに書き込むのだ。
爽伸はツブヤイターを閉じた。扉の向こうから足音が聞こえる。おそらく所長だ。
「こんばんわ」
「こんばんわ。どうされました?」
爽伸は尋ねる。
「いや、未咲さんはいるかな?少し聞きたい話があってね」
所長は柔い皺を深めて微笑む。だがその瞳に怒りを抑えきれていない。
「いえ、彼女は今日遅番なので」
嘘。
「そうかい……」
所長が、爽伸の額に視線を当てた。
「……爽伸さんは、BADROOMって知ってるかい?」
「いえ」
「そうか」
「……なんなんですか?それ」
「いや、……いいんだ、知らないなら。ただし子どもや市の職員にはこの言葉は告げぬこと。触らぬ神に祟り無しだ」
強くいい聞かすそのままの表情で、所長は去っていく。
爽伸は、充たちのことが心配になった。
類は、部屋でおやつを食べていた。一応、市の方からお菓子類が支給される。それはおやつとして、月水金日で食べることを許される。
その部屋に、突如として充が入ってきた。廊下が明るい。昼だというのに灯りを点けている。
「類……」
充は怪我をしていた。顔。
「あの人が来てる」
爽伸も"大人"である以上、完全な信頼には値しない。子どもだからって安易に信用もできないが、この世界、この塗装すらされていない薄ら寒いコンクリの箱の中ではそういう価値観は正しい。
それを隣室のれおんに噛み砕いて相談すると、彼は大きくかぶりを振った。
「なんだ、そんな必死になって」
驚いて問う。
「だってさやのさん、笑わないもん」
笑わない。
その言葉の真意を、充は読めなかった。
彼女はもの静かではあるが、決して自分たちを置き去りにする存在ではないからだ。未咲はいつも充たちを置いて歩く。
つまりれおんはその意図で笑わないと言ってはいない。
「ごめん、どういうこと?」
間が空いたことで変になった空気に問うように、充はただ尋ねた。
「笑わないの。目が、笑わない」
目。充は爽伸の笑顔を想像する。口元をふっと緩めて、小さく微笑む顔。その瞳は、笑っているといえば笑っているし、笑っていないといえば笑っていない。
「たぶん、さやのさんはいつもなにか考えてる」
れおんはそう強く言った。
爽伸は事務室で書類作成を行っていた。ここは一応市の管轄である。備品や車両など、お金のかかるものは競争入札。その経費を極力少なくするためにこの作業がある。
爽伸は旧いパソコンで検索エンジンを開いた。ここの評判を、これまた旧いコピー機が印刷してくれるまでの間に見るのだ。
ここはBADROOMなんて呼ばれている。
外界から隔絶された世界。部屋。その荒んだ現状を、出所者たちがツブヤイターなどのSNSに書き込むのだ。
爽伸はツブヤイターを閉じた。扉の向こうから足音が聞こえる。おそらく所長だ。
「こんばんわ」
「こんばんわ。どうされました?」
爽伸は尋ねる。
「いや、未咲さんはいるかな?少し聞きたい話があってね」
所長は柔い皺を深めて微笑む。だがその瞳に怒りを抑えきれていない。
「いえ、彼女は今日遅番なので」
嘘。
「そうかい……」
所長が、爽伸の額に視線を当てた。
「……爽伸さんは、BADROOMって知ってるかい?」
「いえ」
「そうか」
「……なんなんですか?それ」
「いや、……いいんだ、知らないなら。ただし子どもや市の職員にはこの言葉は告げぬこと。触らぬ神に祟り無しだ」
強くいい聞かすそのままの表情で、所長は去っていく。
爽伸は、充たちのことが心配になった。
類は、部屋でおやつを食べていた。一応、市の方からお菓子類が支給される。それはおやつとして、月水金日で食べることを許される。
その部屋に、突如として充が入ってきた。廊下が明るい。昼だというのに灯りを点けている。
「類……」
充は怪我をしていた。顔。
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