逃避録

桜舞春音

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2 夜巻

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 ユンホは戸惑った。

 これは一体なんだろうか。BADROOMとは一体?ゲームをやろうということか?なら遊びが大好きな和は何故名前を書いていない?

 疑問だけがとめどなく溢れてきて、ユンホが逡巡していると、目の前の席の堀川奏汰ほりかわかなたが紙を奪い取る。手を切ってしまった。
「いってぇな、何すんだ!!」
 ユンホが奏汰を突き飛ばす。奏汰は椅子ごと倒れてそのまま転がる。
「てめぇこそ何すんだよ!」
 そのまま殴り合いに発展する。

 すぐに爽伸が止めに入ったが、部屋に帰され未咲にまたぶたれた。

 爽伸は、未咲に二人を預けたあとで席の片付けをしていた。あまり子どもたちが食べているそばで掃除はしたくないが、食べ物の汚れはあとからだとなかなか取れない。机上を拭き上げ、椅子を戻す。我ながら完璧な動線である。
 椅子を戻すと、くしゃっと紙の潰れる音がした。
「?」
 爽伸が覗き込むと、そこには紙袋を破った紙切れがある。

「これ、なあに?」
 と尋ねると、和が
「……書いてあるとおり」
 と、あたりを見回しながら答える。

 もう一度紙に視線を落とす。
 すると、脱出ゲームと書いてあり、上にはBADROOMと書かれていた。筆跡から推測するのは容易い。おそらく充の字だろう。

 子どもたちは焦っていた。
 爽伸はたぶん、このことを所長や未咲に言うつもりだ。そうなれば、この計画は木っ端微塵。
 未咲がなんというだろうか……。

 だか、爽伸はそこに自分の名前を書き足した。

 喧嘩騒ぎ以来ずっとこちらの様子をうかがっていた充も、目を丸くする。

 爽伸はそのまま、暗い色のローファーをコツコツと鳴らしながら充のいる北の窓の近くに歩いていく。

 充の前に立つ。
「わたしが協力するわ」
 爽伸の言葉は、やはり意外だった。

「ここは確かに荒れているものね。未咲は横暴だし、建物も古いし、なにより愛をあげられないもの」
 爽伸はそのまま話し続ける。
 類もポカンと開いた口が塞がらない。

「……どうして」
 抑揚なく、充は訊く。

「わたしの、責務だから……」
 小さく言ったその時、爽伸の瞳に光が吸われる。
「……秘密の脱出か、約ネバみたいね」
 するといつの間にかいつもの爽伸に戻り、初めて聞く単語をこぼす。それをまた訊くと
「わたしに訊かず、外の世界で、あなた達の目で見ておいで」
 とはぐらかされた。
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