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第29話「誰にでも秘密はある」

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 顔を真っ赤に染めたヘリュは恋する乙女のように、早口で否定の言葉を口にする。

「なななな、なにを言っているの!?」
「先ほどから騎士へ視線が行ってらしたので、騎士が好きなのでは? 流石にヒルスはわたしの専属護衛なのであげられませんが……」
「い、いったい何の話をしているの!? わたくしがいつ相手が欲しいといいましたか!?」

 誰の目に見ても慌てていると分かるヘリュの様子に、令嬢達は目をぱちくりとしている。
 彼女がここまで取り乱すのは珍しいのだろう。

(目が行ってしまうわよね。だって思い人と同じ制服を着ているんだもの)

 シルディアは茶会を主催するにあたって、参加する令嬢達のことを調べつくした。
 それも、誰が好きなのか把握できるぐらいに。

「わたしの騎士にも目が行っていらしたようだから、てっきりお相手がいなくて寂しいのかと……。わたしの思い違いだったのね」
「あなたの思い違いですわ!」
「それは失礼を」
「分かればいいのよ」

 紅茶を飲み一息つくヘリュに、シルディアは追い打ちをかけるようにニコリと笑みを浮かべた。
 弧を描いた唇は天使のように柔和で、悪魔のように残酷な言葉を紡ぐ。

「ヘリュ様の護衛騎士は今日いらっしゃらないのね?」
「!?」

 あからさまに言葉に詰まったヘリュに、シルディアはますます笑みを深くする。
 そうそうと言って偶然通りかかったヴィーニャに例の物をと呼びかけた。
 すると、瞬く間に令嬢全員に一冊の書物が配られた。

「市井の若い女性の間で流行しているロマンス小説よ。貴族と護衛騎士の禁断の恋が描かれていて、とっても面白いので皆さんにもぜひ知っていただきたくて」
「まぁ!」
「嬉しいです!」
「読んでみたかったんです!」
「でも両親がなかなか許可がを出してくれなくて、買えなかったんです!」
「わたしからのプレゼントだと言って大丈夫よ。そうすれば捨てられないでしょう?」
「ありがとうございます! シルディア様」

 令嬢達はたった一人を除いて歓喜する。
 たった一人とは、もちろんヘリュだ。彼女は真っ青な顔で震えている。
 それもそのはず。

(このロマンス小説の作者はヘリュだものね)

 貴族がお遊びで自費出版することはよくあることだ。
 ヘリュの場合それがロマンス小説だったというだけのこと。
 怯えた目と合ったシルディアは意味深に笑みを浮かべておく。

(叶わぬ恋心に区切りをつけるために書いた書物がここまで売れると思っていなかったのよね? 大丈夫、わたしは何も言わないわ)

 と、笑みに意味を込めて。
 弱みと言うのはとても便利なものだ。
 たった一つ、弱みを握るだけで、相手がいいように解釈してくれる。

「! こほんっ。わたくし、この度、リール公国に嫁ぐことになりましたの」
「まぁ。あの雪に埋もれた地に? 寂しくなりますわ」
「ヘリュ様に会えなくなるなんて」
「家のために嫁げるんですもの。わたくしは誇りに思うわ。ですから、シルディア様。お茶会に参加できるのも今日で最後になりますわ」
「そうだったのですね。最後ですもの、何か餞別をできればよかったのだけど……」

 シルディアは悲しげに眉を下げれば、ヘリュはお気になさらないでと首を横に振った。

「お気持ちだけで充分ですわ」

 ヘリュがそう言い切った瞬間。シルディアの背後でふわりと風が動く気配がした。
 令嬢達がシルディアの後ろを凝視しはじめ、何事かとシルディアが振り返る。
 そこには綺麗な笑みを浮かべたオデルがいた。

(いつの間に……?)

 驚きながらもシルディアは「あら」と柄にもない声を上げる。
 オデルがシルディアの肩に手を添え、令嬢達へと視線を向けた。

「シルディア主催の茶会への参加、感謝する。しかし火急の用ができたため、これにてお開きとする。異論はないな?」
「え、ちょっとオデル? いきなり何を……きゃっ!?」

 簡単に横抱きにされてしまい、シルディアはどうしようかと令嬢達へと目を向ける。
 願わくばオデルの手から逃れたい。
 だというのに、威圧感からか令嬢達はコクコクと頷くだけだ。

「騎士達に見送るよう命じてある。安心してくれ。それでは失礼する」

 そう早口に紡いだオデルは、シルディアを抱えたまま令嬢達から見えない場所まで足早に移動した。
 そんなオデルに違和感を覚える。

「そんな急いでどうしたの?」
「驚かずに聞いてくれ」
「? ええ」

 珍しく前置きをするオデルを不思議に思いつつもシルディアは続く言葉を待つ。
 眉間にしわを寄せ、心底気に食わないと言わんばかりの顔でオデルは渋々口を開いた。

「結婚式にアルムヘイヤ国王夫妻が参列するそうだ」
「………………え?」
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