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第14話
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「すげえ!本当にたくさんゲーム持ってるんだ」
家につくと、天宮が嬉しそうにゲームソフトの数々を眺めた。
俺の唯一の趣味と言ってもいいのがゲームで、それこそ休みの日には一歩も外に出ずに家で24時間ゲームをやっているような生活だ。
子供のころ買ってもらったものから、最近買ったものまで数えきれないほどのゲームソフトを持っていて、今ではもう売ってないようなゲーム機などもあり、天宮はそれをキラキラした瞳で見つめていた。
そういえば、天宮とは同い年だ。
俺の同級生にこんなやつはいなかったけど・・・・・
でも同い年だと思えば、自然と親しみもわいてくる。
「―――好きなの、やっていいですよ」
「うん、ありがと」
俺は、普段友達がきても絶対やらないのに、天宮のためにコーヒーを入れて持って行った。
「はい、コーヒー」
天宮は顔を上げ、俺を見て微笑んだ。
「ありがと。ねえ、関さんも一緒にやろう」
「・・・・いいですよ」
俺は、遠慮がちに天宮の隣に座った。
最初、無愛想で気どったやつだと思っていた天宮は、実はとても人懐こく、表情豊かな男だとわかってきた。
よく笑い、怒り、拗ねる。
ゲームをやっているだけでもそんないろいろな表情が見れた。
普通の、自分と同じ26歳の男。
いつの間にか、俺も天宮の隣で自然に声をあげて笑っていた―――
「あのさ・・・・・」
ゲームがひと段落したところで、俺は思い切って切り出した。
「ん?」
天宮が俺を見る。
柄にもなく、緊張する。
「・・・・皐月くん、て、呼んでいい・・・・・ですか?」
その言葉に、天宮は一瞬キョトンとしたけれど―――
すぐに、くしゃりと人懐こい笑顔を見せた。
「もちろん、いいよ。俺も名前で呼んでいい?俊哉くん、だっけ?」
「うん、いいよ」
ホッとして、俺も笑う。
「なんか、久しぶりに誰かと一緒にゲームした気がする」
嬉しそうな皐月くんの言葉に、俺はその横顔を見つめた。
「―――最近は、誰かとやってたの?」
「・・・・・陽介」
長い睫毛が揺れる。
「本当に、仲良かったんだ」
「うん、親友だったよ」
親友。
だけど、佐々木はそう思っていなかった。
2人きりの時―――そこにはどんな空気が流れてたんだろう。
「―――皐月くんは・・・・・安井が犯人だと思う?」
俺は思い切って聞いてみた。
安井という人物が捜査線上に浮かびあがり、今日はずっとそれを調べていたけれど。
皐月くんはずっと複雑そうな表情をしていた。
「・・・・わからない。安井さんは、見た目はごつくて怖い感じの人だけど・・・・・すごく優しい人だったんだ」
「―――スカウトされたって、どういうふうに?」
「・・・・3年前、俺、安井さんの自宅の近くにあるコンビニで、深夜バイトしてたんだ。そこって深夜は本当に客が少なくって、2、3時間1人も客が来ないことも良くあったの。で、大抵は店長とバイトの2人だけでやってて。そこの店長が・・・・その・・・・俺によく、構ってくる人で・・・・・」
言いづらそうに目を伏せる皐月くん。
「客が来ない時間を見計らって、防犯カメラに映らない場所に連れてかれて抱きつかれたりとか、してたんだ」
「とんでもないやつだね」
「ん・・・・・でも、俺そういうことってよくあるって言うか・・・・・いつもそれで結局辞めさせられたりしてたから、我慢、してたんだ。お金なかったし。でもある日―――ゴミだしで外に出た時、店長もついてきて―――ゴミ袋を入れておく物置みたいなとこがあるんだけど、そこでキスされそうになったんだ。その時に、偶然そこを通りかかった安井さんが助けてくれて」
「そうだったんだ」
「朝の4時くらいだったかな。仕事の帰りに、良く寄ってくれてたんだけど、店長の行動に気付いてたらしくて、すぐに状況を察してくれた。それで、ホストにならないかって言われたんだ。もし客やスタッフに何かされそうになっても、自分が守るからって・・・・・そう言われたんだ」
―――自分が守る。
そんな人が、よりによって皐月くんを襲うのか?
「・・・・・安井さんが、男しか愛せない人だって気付いたのは、ホストとしてあの店で働くようになってからだよ」
「男しか愛せない・・・・つまり、ゲイだったんだ?それで、皐月くんのことを?」
何となくそうなんだろうとは思っていた。
話を聞いている限りでは、安井は相当皐月くんに執着しているようだった。
「はっきり好きだって言われたのは、辞める時だよ。それまでは、自分のところのホストにそんなこと言えないって思ってたみたい。気付いてたけどね。だから、なるべく安井さんと2人きりになるのを避けてたんだ」
今までのようにはなりたくなかったんだろう。
「俺、安井さんのことをそういうふうには見れなかったけど、好きだったよ。いい人だったと思う。俺がホストの仕事に慣れなくて悩んでると、良くビルの屋上に連れ出してくれた。屋上から新宿の夜景を見て・・・・いろんな話をしてくれたよ。とりとめのない話だったけど・・・・なんか、癒されたんだ。だから・・・・安井さんがまたホストに戻れって何度も俺のところに来るようになったとき、なんだか、悲しくなったんだ」
「悲しくなった?」
「・・・・辞める時も引き留められたけど、最後には納得して、俺を送り出してくれたと思ってたから。探偵っていう仕事を選んだ俺を、応援してくれるだろうって思ってた。あんな風に、ストーカーまがいなことをするような人じゃなかったんだ」
ずっと後を付け回して皐月くんの写真を撮り続けていた安井。
あの部屋の存在に気付いていた皐月くん。
それは、どれだけのショックだったんだろう。
あの部屋に足を踏み入れたとき、どんな気持だったんだろう・・・・・。
悲しそうに下を向いてしまった皐月くん。
俺は、話題を変えることにした。
「―――昨日は、なんで樫本さんのところに行こうと思ったの?」
それは、俺がすごく聞きたかったこと。
何で急に樫本さんの家へ行きたいと思ったんだろう。
「ああ、それ?・・・・楽そうだなって、思ったからかな」
「楽?」
「うん。稔って、優しいじゃん。俺が何を言っても、驚きはしても責めないだろうなって。全部受け止めてくれる人だろうって思ったから」
「まあ・・・・・確かにあの人は優しいけど」
同じ署内の先輩の中でも、樫本さんは群を抜いて優しい人だった。
まず、俺はあの人に怒られたことがない。
ちょっと抜けてるし変人みたいなところはあるけれど、そういうの全部帳消しにできるくらいの優しさと包容力を持った人だと思う。
だけど、皐月くんはまだ樫本さんと出会ったばかりだ。
いくら顔を見ただけでその人のことがわかる能力があるとは言っても、そんな簡単に人を信用できるものだろうか?
「―――じゃあ、今日はどうしてここに?」
本当にゲームがやりたかったのだろうか?
それだけではない気がする。
ここに来る前―――
別れ際、憮然と俺を睨みつけていた河合の後ろで、切なげな瞳で皐月くんを見つめていた樫本さんの姿が、俺の脳裏を過る。
あの人のあんな顔を、俺は今まで見たことがない。
いつも穏やかで、犯罪者を目の前にしても怖い顔なんて見せたことがない。
もちろんそんな樫本さんを怖いと思ったこともないし。
でも、もし今俺が皐月くんに何かしたりしたら―――
もしかしたら、初めて怖い樫本さんというものを見れるかもしれない、と思った。
そんなもの、見たくはないけれど。
でも―――
怖い樫本さんのことなんてどうでもよくなってしまうほど、今の俺は隣に座る皐月くんのことしか頭になかった。
このきれいな横顔を、自分だけのものにできたら―――
そんなことを考えながら見つめていると、不意に皐月くんが俺の方を見た。
「俊哉のそばは、安心できると思ったから」
その口から出てきた意外な言葉に、俺は一瞬呆気に取られた。
「安・・・・心・・・?」
「うん。俊哉は、いつでも冷静に周りが見えてるし、状況の判断もうまい。一緒にいれば、きっと間違えることはないって思ったんだ」
―――間違えることはないって・・・・何を?
「それに―――」
そう言って、皐月くんは一瞬遠くを見るように目を細め、微笑んだ。
「稔が信用してる相棒だからね」
ーーーああ、そういうこと・・・・
その時、俺の携帯が鳴りだした。
「―――はい。―――わかりました。今から出ます」
「もう交代の時間?」
皐月くんが俺を見る。
今、あのホストクラブと安井の自宅を刑事たちが交代で見張っていた。
もちろん俺と樫本さんも順番が回ってくる。
「うん。じゃあ、行ってくるから・・・・誰がきても、玄関の鍵は絶対に開けないでね。ゲームは何やってても構わないから」
「ん、わかった。気をつけてね。・・・・稔にも、伝えて」
そう言って、ちょっと心配そうに微笑む皐月くんを家に残し、俺は家を出て、樫本さんを迎えに行ったのだった・・・・。
家につくと、天宮が嬉しそうにゲームソフトの数々を眺めた。
俺の唯一の趣味と言ってもいいのがゲームで、それこそ休みの日には一歩も外に出ずに家で24時間ゲームをやっているような生活だ。
子供のころ買ってもらったものから、最近買ったものまで数えきれないほどのゲームソフトを持っていて、今ではもう売ってないようなゲーム機などもあり、天宮はそれをキラキラした瞳で見つめていた。
そういえば、天宮とは同い年だ。
俺の同級生にこんなやつはいなかったけど・・・・・
でも同い年だと思えば、自然と親しみもわいてくる。
「―――好きなの、やっていいですよ」
「うん、ありがと」
俺は、普段友達がきても絶対やらないのに、天宮のためにコーヒーを入れて持って行った。
「はい、コーヒー」
天宮は顔を上げ、俺を見て微笑んだ。
「ありがと。ねえ、関さんも一緒にやろう」
「・・・・いいですよ」
俺は、遠慮がちに天宮の隣に座った。
最初、無愛想で気どったやつだと思っていた天宮は、実はとても人懐こく、表情豊かな男だとわかってきた。
よく笑い、怒り、拗ねる。
ゲームをやっているだけでもそんないろいろな表情が見れた。
普通の、自分と同じ26歳の男。
いつの間にか、俺も天宮の隣で自然に声をあげて笑っていた―――
「あのさ・・・・・」
ゲームがひと段落したところで、俺は思い切って切り出した。
「ん?」
天宮が俺を見る。
柄にもなく、緊張する。
「・・・・皐月くん、て、呼んでいい・・・・・ですか?」
その言葉に、天宮は一瞬キョトンとしたけれど―――
すぐに、くしゃりと人懐こい笑顔を見せた。
「もちろん、いいよ。俺も名前で呼んでいい?俊哉くん、だっけ?」
「うん、いいよ」
ホッとして、俺も笑う。
「なんか、久しぶりに誰かと一緒にゲームした気がする」
嬉しそうな皐月くんの言葉に、俺はその横顔を見つめた。
「―――最近は、誰かとやってたの?」
「・・・・・陽介」
長い睫毛が揺れる。
「本当に、仲良かったんだ」
「うん、親友だったよ」
親友。
だけど、佐々木はそう思っていなかった。
2人きりの時―――そこにはどんな空気が流れてたんだろう。
「―――皐月くんは・・・・・安井が犯人だと思う?」
俺は思い切って聞いてみた。
安井という人物が捜査線上に浮かびあがり、今日はずっとそれを調べていたけれど。
皐月くんはずっと複雑そうな表情をしていた。
「・・・・わからない。安井さんは、見た目はごつくて怖い感じの人だけど・・・・・すごく優しい人だったんだ」
「―――スカウトされたって、どういうふうに?」
「・・・・3年前、俺、安井さんの自宅の近くにあるコンビニで、深夜バイトしてたんだ。そこって深夜は本当に客が少なくって、2、3時間1人も客が来ないことも良くあったの。で、大抵は店長とバイトの2人だけでやってて。そこの店長が・・・・その・・・・俺によく、構ってくる人で・・・・・」
言いづらそうに目を伏せる皐月くん。
「客が来ない時間を見計らって、防犯カメラに映らない場所に連れてかれて抱きつかれたりとか、してたんだ」
「とんでもないやつだね」
「ん・・・・・でも、俺そういうことってよくあるって言うか・・・・・いつもそれで結局辞めさせられたりしてたから、我慢、してたんだ。お金なかったし。でもある日―――ゴミだしで外に出た時、店長もついてきて―――ゴミ袋を入れておく物置みたいなとこがあるんだけど、そこでキスされそうになったんだ。その時に、偶然そこを通りかかった安井さんが助けてくれて」
「そうだったんだ」
「朝の4時くらいだったかな。仕事の帰りに、良く寄ってくれてたんだけど、店長の行動に気付いてたらしくて、すぐに状況を察してくれた。それで、ホストにならないかって言われたんだ。もし客やスタッフに何かされそうになっても、自分が守るからって・・・・・そう言われたんだ」
―――自分が守る。
そんな人が、よりによって皐月くんを襲うのか?
「・・・・・安井さんが、男しか愛せない人だって気付いたのは、ホストとしてあの店で働くようになってからだよ」
「男しか愛せない・・・・つまり、ゲイだったんだ?それで、皐月くんのことを?」
何となくそうなんだろうとは思っていた。
話を聞いている限りでは、安井は相当皐月くんに執着しているようだった。
「はっきり好きだって言われたのは、辞める時だよ。それまでは、自分のところのホストにそんなこと言えないって思ってたみたい。気付いてたけどね。だから、なるべく安井さんと2人きりになるのを避けてたんだ」
今までのようにはなりたくなかったんだろう。
「俺、安井さんのことをそういうふうには見れなかったけど、好きだったよ。いい人だったと思う。俺がホストの仕事に慣れなくて悩んでると、良くビルの屋上に連れ出してくれた。屋上から新宿の夜景を見て・・・・いろんな話をしてくれたよ。とりとめのない話だったけど・・・・なんか、癒されたんだ。だから・・・・安井さんがまたホストに戻れって何度も俺のところに来るようになったとき、なんだか、悲しくなったんだ」
「悲しくなった?」
「・・・・辞める時も引き留められたけど、最後には納得して、俺を送り出してくれたと思ってたから。探偵っていう仕事を選んだ俺を、応援してくれるだろうって思ってた。あんな風に、ストーカーまがいなことをするような人じゃなかったんだ」
ずっと後を付け回して皐月くんの写真を撮り続けていた安井。
あの部屋の存在に気付いていた皐月くん。
それは、どれだけのショックだったんだろう。
あの部屋に足を踏み入れたとき、どんな気持だったんだろう・・・・・。
悲しそうに下を向いてしまった皐月くん。
俺は、話題を変えることにした。
「―――昨日は、なんで樫本さんのところに行こうと思ったの?」
それは、俺がすごく聞きたかったこと。
何で急に樫本さんの家へ行きたいと思ったんだろう。
「ああ、それ?・・・・楽そうだなって、思ったからかな」
「楽?」
「うん。稔って、優しいじゃん。俺が何を言っても、驚きはしても責めないだろうなって。全部受け止めてくれる人だろうって思ったから」
「まあ・・・・・確かにあの人は優しいけど」
同じ署内の先輩の中でも、樫本さんは群を抜いて優しい人だった。
まず、俺はあの人に怒られたことがない。
ちょっと抜けてるし変人みたいなところはあるけれど、そういうの全部帳消しにできるくらいの優しさと包容力を持った人だと思う。
だけど、皐月くんはまだ樫本さんと出会ったばかりだ。
いくら顔を見ただけでその人のことがわかる能力があるとは言っても、そんな簡単に人を信用できるものだろうか?
「―――じゃあ、今日はどうしてここに?」
本当にゲームがやりたかったのだろうか?
それだけではない気がする。
ここに来る前―――
別れ際、憮然と俺を睨みつけていた河合の後ろで、切なげな瞳で皐月くんを見つめていた樫本さんの姿が、俺の脳裏を過る。
あの人のあんな顔を、俺は今まで見たことがない。
いつも穏やかで、犯罪者を目の前にしても怖い顔なんて見せたことがない。
もちろんそんな樫本さんを怖いと思ったこともないし。
でも、もし今俺が皐月くんに何かしたりしたら―――
もしかしたら、初めて怖い樫本さんというものを見れるかもしれない、と思った。
そんなもの、見たくはないけれど。
でも―――
怖い樫本さんのことなんてどうでもよくなってしまうほど、今の俺は隣に座る皐月くんのことしか頭になかった。
このきれいな横顔を、自分だけのものにできたら―――
そんなことを考えながら見つめていると、不意に皐月くんが俺の方を見た。
「俊哉のそばは、安心できると思ったから」
その口から出てきた意外な言葉に、俺は一瞬呆気に取られた。
「安・・・・心・・・?」
「うん。俊哉は、いつでも冷静に周りが見えてるし、状況の判断もうまい。一緒にいれば、きっと間違えることはないって思ったんだ」
―――間違えることはないって・・・・何を?
「それに―――」
そう言って、皐月くんは一瞬遠くを見るように目を細め、微笑んだ。
「稔が信用してる相棒だからね」
ーーーああ、そういうこと・・・・
その時、俺の携帯が鳴りだした。
「―――はい。―――わかりました。今から出ます」
「もう交代の時間?」
皐月くんが俺を見る。
今、あのホストクラブと安井の自宅を刑事たちが交代で見張っていた。
もちろん俺と樫本さんも順番が回ってくる。
「うん。じゃあ、行ってくるから・・・・誰がきても、玄関の鍵は絶対に開けないでね。ゲームは何やってても構わないから」
「ん、わかった。気をつけてね。・・・・稔にも、伝えて」
そう言って、ちょっと心配そうに微笑む皐月くんを家に残し、俺は家を出て、樫本さんを迎えに行ったのだった・・・・。
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