神が去った世界で

ジョニー

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第7章 天の回廊

第79話 天へ

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 公都に戻るとシオンとルーシーはカンナと共にシオンの家へ戻った。

 ルーシーの手料理にカンナが目を丸くする。
「何だコレ!美味いな!」
「そうだろ。」
 何故かシオンが誇らしげに頷く。
「なんでお前が威張るんだよ。・・・いや、しかしホントに美味いぞ、ルーシー。」
「ありがとう御座います。」
 ルーシーは嬉しそうに頬を染めて礼を言う。
 身体の大きいシオンは当然だが、カンナもその小さな見掛けに寄らずかなりの大食いだ。ルーシーは良く食べる2人を微笑んで眺めた。

 食事を終えた後、カンナが口許を拭いながら言った。
「さて、お前達2人に言っておく事がある。」
「はい。」
「なんだ?」
 カンナは2人を見る。
「コレは茶化している訳でも何でもないからな。真面目に聴けよ。・・・竜王の巫女は『子』を生し辛い。」
「「え?」」
 2人は同時に訊き返す。
「どうせお前達2人、放っとけば其の内に勝手に交わるだろう。」
「!」
 2人の顔が同時に赤くなる。

 カンナはニヤリと笑ったが直ぐに表情を改める。
「お前達は生活していく能力が充分にあるしな、別に其れは其れで良い。好き合った男女の仲なら愛欲を満たす行為は必然だ。だから敢えて今の内に言っておく。竜王の巫女は子供が出来にくいんだ。この事を知らないと、どちらかに原因が在るんじゃ無いかと悩むだろう?」
「・・・」
 ルーシーが少し衝撃を受けた様な表情になるのを見て、シオンは慌てた。
「そ・・・其れは確かなのか?」
「ああ、確かだ。」
 カンナは頷く。
「過去の巫女達もソレで悩む者が居た。いや、そもそもの話だが、神話時代の頃より高い神性を有した男女は子を生し辛い傾向に在った。」
「神性・・・」
「そう、神性だ。高い神性は子を生す能力に制限を掛けるのかも知れん。況してやシオン、お前も『御子』で高い神性を持つ者だ。過去の前例から考えるに2~3年は頑張れ。・・・とは言え、子供が出来ないわけじゃない。巫女の産んだ子供は神性を宿している様でな、病気とは無縁の子になる。」
「・・・解った。」
 シオンは頷き、不安げに見上げるルーシーに微笑み掛けながら其の華奢な手を握る。
「・・・」
 頬を染めるルーシーにシオンは頷いてカンナを見た。
「カンナ、教えてくれて有り難う。重要な情報だった。」
「そうだろう?」
 素直な礼を受けてカンナは満足そうに胸を張った。


 翌朝、シオン達はギルドに顔を出した。

「おお、来たな。」
 ウェストンが陽気に声を掛ける。
 ギルドにはミシェイルとアイシャ、其れにセシリーが居た。更にはマリーとブリヤンまで居る。
「閣下まで居らしたのですか?」
「ああ、セルディナの若き英雄達が今後どうするのか決める場面に立ち会いたいと思ってね。」
 ブリヤンが真剣な眼差しで答える。
「恐縮です。」
 シオンは頭を下げる。

「ああ・・・色々と話をする前に言っておきたいんだが。」
 ウェストンはシオンとルーシーを見た。
「シオン、お前はAランクに昇格だ。」
「は!?・・・いや、この前Bに上がったばかりですよ!?」
「阿呆、希代の英雄をBに留めて置ける訳無いだろう。寧ろAランクの上でも作った方が良いのかとコッチは思ってるくらいだ。それにコレはセルディナ王家からの希望でもあるんだ。」
「・・・」
 シオンは複雑そうな顔をしたがやがて頷いた。
「ったく、昔から変な奴だよな、お前は。Cランク以上になりたくない、なんて言う奴はお前が初めてだよ。」
「面倒臭いのよね?」
 ミレイが笑いながら言う。
 まさにその通りなのでシオンはぐうの音も出ない。
「へぇー・・・」
「意外・・・」
「シオン君って面倒臭がり屋だったのね。」
 アカデミーの同級生達に奇異の目を向けられてシオンは赤くなり、強引に話を進めようとする。
「ウェストンさん、話を続けましょう!」
「ああ、そうだな。あと、ルーシー=ベル嬢。」
「あ、はい。」
 ウェストンの視線を受けてルーシーが返事をする。
「君にはギルドからシオンとのツインAランクの称号を与えたいんだが。」
「え?」
「ウェストンさん!?」
 ルーシーが首を傾げると同時にシオンが驚愕の声を上げる。
「ルーシーを冒険者ギルドに登録するつもりですか!?」
「落ち着いて、シオン君。登録するかしないかはルーシーさんが決める事だわ。それに『ツイン』だから問題は無いでしょ?」
 ミレイがシオンを宥める。

 ルーシーが怖ず怖ずと尋ねる。
「あの・・・『ツイン』って何ですか?」
「ああ、そうだな。ツインって言うのは能力は抜群だけど冒険者としての知見が足りていない人に与えられる称号でな。充分に知見を持っている冒険者と『ツイン』・・・つまり2人1組で登録する事で、ギルドの仕事を引き受けられる仕組みなんだよ。」
「・・・」
 ウェストンの説明をルーシーは咀嚼してみる。
「・・・つまり、私はシオンと2人1組でならギルドの依頼を受けても良いって事ですか?」
「そう言う事だ。そしてAランクになったシオンは全ての依頼を受ける権利があるから、どの依頼にも付いて行く事が出来る。」
「!」
 ルーシーの顔に嬉々とした表情が浮かぶ。
「ルーシー、無理をしなくて良いんだぞ。ウェストンさんは回復術士のギルド登録者が欲しいだけなんだから。登録したらきっとコキ使われるぞ。」
「でも、そうしたらシオンと一緒に冒険に行けるんだよね?」
「ああ・・・そうだけど・・・」
 ルーシーの嬉しそうな表情に圧倒されてシオンは頷く。
 少女はウェストンを見て言った。
「私、登録します。」
「よし!そう来なくてはな!」
 ウェストンはガッツポーズでも決めそうな勢いで喜びの表情を満面に浮かべる。


「さて、ギルド関係は一通りは済んだかな?」
 カンナがウェストンを見るとギルドマスターはご機嫌の表情で頷いた。

「では次にセルディナ関係だな。」
 カンナがブリヤンをチラリと見ると、ブリヤンは頷き口を開いた。
「昨日、陛下と大主教殿にもカタコウムの件をお伝えした。殿下と姫様が熱く語って下さってな、ビアヌティアン殿の事を伝えると、陛下の大号令でビアヌティアン殿を我が国の守護神と定め奉る事になった。近々に遺跡周りを神殿化する改修が始まるだろう。・・・その折りには陛下もビアヌティアン殿の下に挨拶に出向かれると仰られていた。カンナ殿にも立ち会って頂きたい。」
「了解した。」
「・・・大主教も、元は正教の方ゆえ天央12神の話を受け入れる事には少々難色を示して居られたが、最終的には了承された。まあ、あの方もセルディナ王家の臣下である事に違いは無いから陛下の意向には従うしか無いしな。」
「ふむ・・・。」
 カンナは思案する。
「つまり・・・陛下はビアヌティアン殿の名と是れまでの行いをセルディナの民達に知らせると言う事だな?」
「その通りだ。」
「となると、彼への信仰が集まっていく事になる。彼が守護神としての力を取り戻す日もそう遠くないかも知れんな。」
 ブリヤンが頷いた。
「我々為政者側の人間としても其れが狙いだ。傲慢と知った神々の加護を受けるより、この国を人知れず案じ続けて下さった方に守護神として降臨して頂きたい。」

 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆

 昨日。
 アスタルトがビアヌティアンに邪教徒残党を燻り出す方法を尋ねた際に彼はこう答えた。
『儂が守護神としての力を取り戻してセルディナに加護を与えてやれれば一番てっとり早いんだがな。如何せん、今や只の干からびたミイラだ。・・・済まんな、大して役に立てそうも無い。』
 だが、アスタルトとブリヤンの目は強く輝いたものだ。
 道が開けた気がしたからだ。
『其れは貴方への信仰が途絶えてしまったからでしょうか?』
『まあ、そうなるな。』
『つまり・・・貴方への信仰が取り戻せれば貴方に守護神としての力が戻ってくると・・・?』
 ビアヌティアンは2人が何を考えているかを察した様で戒める口調になった。
『その通りだが・・・。御二方、信仰は常に自由でなくてはならず、強制されるモノでは決して無い。信仰とは民の「平和に暮らしたい、死しても安寧に導かれたい」と願う心の拠り所で在るべきなのだからな。』
 2人は頷く。
『無論、承知致して居ります。故に我らがコレからやる事は、貴方が成された事、セルディナを思いやってくれた事を民に告げる事のみです。』
『それならば良いが・・・決して民を強制してはならぬよ。』
『心得ました。』

 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆

 その様な流れでビアヌティアンの了解を得ていたのだ。
「確かにビアヌティアン殿の方が安心だし信頼も置けるな。」
 カンナとしては満足のいく結果になった様だ。アスタルトとブリヤンを連れて行った甲斐がある。


「よし、では最後に本題だが・・・天央12神についてだ。」
「・・・」
 全員の表情が改まる。
「連中の下に向かう手段はビアヌティアン殿が提示してくれた。直ぐにでも向かえるだろう。後は向かうメンバーだが。」
 カンナは一呼吸おいて皆を見渡す。
「仮にも神の住まう宮殿に乗り込む訳だ。神性の無い者を連れていく訳には行かない。」
「・・・」

「其処でだ。これ以上は無いと言える程に強い神性を宿しているシオンとルーシーの2人には当然行って貰う。私もサポート役として役に立てるだろう。・・・それとミシェイルとアイシャ、行けるか?」
「!?」
 2人は驚愕する。
「え!?・・・で、でも、俺達には神性なんてモノは・・・」
「在る。」
 カンナは短く答えた。
「本当は未だ伝えるつもりは無かったんだが、お前とアイシャにも神性は宿っている。」
「嘘・・・」
 アイシャが呟く。
「一体、どんな神様の力が・・・?」
 カンナは腕を組み首を傾げた。
「うーん・・・神様と言うか・・・。神話時代に起きた正と負の神々の3大決戦を鎮めた大英雄の血の力だ。」
「・・・」
「大英雄達は勿論、人間なのだが・・・その身には高等神をも凌ぐ高い神性が宿っていてな。その血の力は2000年の刻を経て、現在は消滅したか極限まで薄まっているかなのだが、その中で僅かな血筋が血の数滴分程の力を引き継いでいたりする。其れがお前とミシェイルだ。」
 ミシェイルとアイシャの視線が不安げなモノになる。
「・・・其れって・・・あたしとミシェイルは同じ血を引いている親戚みたいなモノって事ですか?」
「・・・ああ、成る程・・・」
 カンナは2人が何を不安がっているのかを理解した。
「まあ・・・数十代、或いは数百代前まで遡って同じ血筋と言うなら、そうかも知れんが・・・結ばれるには何の障害にもならんから安心しろ。」
「・・・」
 2人は少し表情が緩まった。
「で、行くか行かないか、と言う話なのだが・・・」
「あ、行きます!」
「俺も行く!」
 ミシェイルとアイシャは元気よく応じた。

「さて、あともう1人居るんだがな・・・」
 カンナはブリヤンを見ながら言った。
「?」
 ブリヤンが首を傾げる。
「ブリヤン殿、お主の血筋も大英雄の血を強く引いている様だ。」
「は?・・・私が?」
「え!?」
 面喰らった表情で訊き返すブリヤンとセシリーにカンナは頷いて見せる。
「そう。そしてセシリーは魔法の才能に特に強く大英雄の血を色濃く引いている様だ。」
「・・・私が・・・」
 セシリーが何かに引き込まれる様に呆然と呟く。
 ブリヤンの表情に若干の険しさが宿る。
「セシリーを連れて行くと・・・?」
「お主が了承すればな。」
「・・・」
 ブリヤンは沈黙した。
 カンナには彼の心情が痛い程に理解出来るつもりだ。
 場合に拠っては神々と戦う事になるかも知れない場に、愛娘を手放しで送り出す親など居よう筈も無い。其れが親の独善的な愛だと誹る人間も居るかも知れないが、親とはそう言うモノだ。

「お父様・・・」
 セシリーはブリヤンを見つめる。彼女の希望は理解している。

 ブリヤンはセシリーを見た。そしてシオン達を見る。
 彼らもまた娘と同年齢の少年少女達だ。そんな彼らは激戦の地へ送り出しておいて、其処に同行を希望する娘は行かせないのか?其れが本当に彼女の為になるのか?親の勝手では無いのか?

「・・・行きたいかね?セシリー。」
 ブリヤンの問いにセシリーはトルマリンの髪を揺らして強く頷いた。
「はい、行きたいです。私も行って皆を守りたい。」
「・・・」

 ブリヤンは深く溜息を吐いた。憂いを吐き出す様に。
「行きなさい、セシリー。」
「!・・・はい、お父様!」
 セシリーの顔が輝く。

 ブリヤンは未だ心配げに、だが微笑んで見せた。そんな父親にカンナは言った。
「心配するな、ブリヤン殿。セシリー・・・いや、全員、私が守るさ。」
「頼みます。」
 ブリヤンはカンナに頭を下げた。

「シオン、みんな、コレを持っていきな。」
 マリーが沢山の小さな木筒を渡す。
「一緒に行ってやれないからね。せめてもの餞別さ。効能はシオンが解るだろう?」
「ああ。有り難う、マリーさん。」
 シオンが受け取るとマリーがシオンを抱き締めた。
「あんなに危なっかしかったシオンが今や竜の神様の御子だなんてね。・・・気を付けるんだよ?」
「うん、有り難う、マリーさん。」
 シオンもマリーを抱き返す。


 ギルドの外に出た一行は見送る大人達に笑顔を送る。
「じゃあ、行ってくる。」
 カンナがそう言うと、大人達が激励の声を贈る。
「頑張れよ、ギルドの英雄達。」
「気を付けてね。」
「死ぬんじゃ無いよ。」
「若き英雄達に武運を。」
 ウェストンが、ミレイが、マリーが、ブリヤンが口々に言葉を掛けた。

 カンナがルーシーを見る。

 ルーシーは頷くとビアヌティアンから貰った小さな翼を取り出し、天に放った。
 稲妻と見紛うばかりの強烈な光条が辺りを埋め尽くし、6人はその光に飲み込まれる。

 光が収まった時、6人の姿は消えていた。

「・・・」
 6人が消えた場所を無言で見つめるブリヤンにマリーが声を掛けた。
「大丈夫ですよ、ブリヤン様。あの子達は強い子達です。きっと無事に帰って来てくれます。」
 ブリヤンはマリーに視線を移し、そして再び6人が消えた場所に視線を戻した。
「私は・・・命の危険が在る戦場に娘を・・・少年少女を送り、其れを見守る事しか出来ない無能者です。・・・本来なら私が娘の代わりに行くべきだった。」
 ブリヤンの震える拳にマリーはそっと手を置いた。
「其れは皆、同じ気持ちですよ。・・・其れに貴男様は新宰相です。この国で課せられ果たさねば為らない責任が在る筈です。其れを熟しながら彼らの帰還を待ちましょう。」
「マリー殿・・・。」
 ブリヤンはマリーを見て、目を伏せた。
「・・・貴女の仰る通りだ。・・・情けない妄言を吐きました。忘れて下さい。」
 マリーは微笑んだ。
「いいえ、忘れませんよ。・・・女は男の勇ましい姿と弱った姿の両方を見て惚れるものですから。」
「!」
 ブリヤンはマリーを見た。彼女の頬を染め恥に噛んだ表情を見て、彼は自分の手に添えられた彼女の手を握りしめた。
「有り難う。」


 光に灼かれた視界が元に戻った時、6人は自分達が天の回廊に立っている事を知る。巨大な塔の外壁に沿って周回しながら上に伸びる大階段の一番下の部分に6人は立っていた。
 周囲は雲海が広がって居り、塔はまるで雲の上に建てられている様に見える。いや、実際に雲の上に建っていた。

「ここが天の回廊だな。」
 シオンが確認しカンナが頷く。
「間違い無いな。」

 全員が上を見上げた。皆が感じている。この上空に大きな力を持った何かが居る。

「行こう。」
 シオンが言うと、全員が頷き回廊を上り始めた。



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