神が去った世界で

ジョニー

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第7章 天の回廊

第78話 守護神の願い

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 遺跡の横の詰め所にアスタルトとブリヤンが入っていく。

 準備が整うとカンナが翠眼を輝かせて、入り口の奥に声を掛ける。
『我が友、ビアヌティアン殿。伝道者カンナが地上の友人達を連れて遊びに来た。迎え入れて欲しい。』
 暫く待つと奥から声が響いてくる。
『おお、随分と早い再訪だな。入ると良い。』
 周囲の騎士達が少し響めくが、カンナは気にせずに言った。
「よし、では行こう。」

 カタコウムは相変わらずの辛気臭さだった。時折、壁肌から顔を覗かせる人骨にシャルロットが怯えた様にエリスの服を握る。
「エリス姉様、カタコウムってお墓の事だったの?」
「そうですよ。怖い?」
「・・・」
 シャルロットが黙って俯くのを見て、アスタルトが騎士達に目配せをする。10名の騎士達はシャルロットとエリスの周囲を囲むように歩き、公女の視界に壁肌が入らない様にした。

 一度入った事のあるアイシャはそうでも無さそうだが、ルーシーとセシリーも若干の怯えが在るようで少し身を寄り添わせながら歩いている。

「ふふふ、まあ慣れん場所だろうしな。怖がっても仕方あるまいよ。」
 カンナは微笑むとブリヤンとアスタルトに話を振る。
「さてと、御二方。ビアヌティアン殿への土産話は見積もってくれたかな?」
「まあ、幾つかは。」
「カンナ殿。公都にはまだ邪教徒の残党が潜んでいる可能性が高いと私は考えている。・・・その連中を見極める方法を尋ねると言うのは構わないだろうか?」
 アスタルトの問い掛けにカンナは頷いた。
「無論、構わんと思うぞ。グースールの聖女を苦しめ続けた邪教徒共は、ビアヌティアン殿にとっては怒りの対象だろうからな。知っていれば快く教えてくれるだろう。」
「其れは有り難いな。」

 地下2階。
 大量の鎧がズラリと並んで立っている。本来ならば立ち入った瞬間にこの鎧達が襲い掛かってくるのだろう。が、今は微動だにしない。
「何やら今にも動き出しそうだな。」
 ブリヤンがそう口にするとカンナが笑った。
「勘が良いな。この鎧達は恐らくビアヌティアン殿が用意したこのフロアの護衛達だからな。彼の許可無く立ち入れば襲い掛かってくるだろうよ。」
「成る程、敵に回したく無いモノですな。」

 確かに、是れほど重厚な鎧の群れに襲い掛かられたら大苦戦は免れないだろう。以前に侵入していた邪教徒達も相当な苦戦を強いられたに違いない。

 先頭を歩いていたシオンとミシェイルの視界に、地下3階へと続く扉が入って来た。
「あの先だったな。」
「ああ。」
 一行はビアヌティアンの待つ地下3階へと下りて行く。


 ホールの奥の小部屋にビアヌティアンは居た。
「随分とたくさん居るな。」
「!」
 初見の者達が驚きの視線を向ける。
 確かにミイラ姿が突然話し始めれば大抵の者が驚くだろう。


 カンナが皆に紹介する。
「彼がビアヌティアン殿だ。1400年もの間、このセルディナ一帯の地を護ってこられた守護神様だ。」
「セルディナを・・・」
「ホホ、守護神も今は昔の話。ここ数百年は信仰も失い、只の生ける屍よ。」

 シオンが話し掛ける。
「ビアヌティアン殿。お久しぶりです。」
「・・・おお、君は前に来た剣士だな。・・・そうか・・・竜王の巫女の寵愛を受けられたか。」
「はい。」
 シオンは頷き、眼を閉じた。シオンの髪がルーシーと同じ銀髪に変わり、双眸は漆黒から紅に変化する。
 周囲が息を呑む中、ビアヌティアンは感動の声を漏らす。
「お・・・おお・・・神よ・・・」
「・・・今日は巫女も此処に居ります。」
「・・・」
 ビアヌティアンの虚ろな眼窩が巫女を探す。
「ああ・・・其処の白きローブに身を包んだ方ですな・・・」
 シオンの視線に促されてルーシーは少年の横に並び立ちビアヌティアンに頭を下げた。
「初めまして、守護神様。」
「おお・・・」
 ミイラと化した筈のビアヌティアンの眼窩から涙が零れる。
「四方や真なる神の力を継がれる方に出会えるとは・・・よくぞ御子を産んで下さいました・・・」
「ビアヌティアン様・・・」
 ミイラの流す涙にルーシーは地底城で見たビアヌティアンの日記を思い出す。彼女の紅の瞳からも涙が流れる。
「貴男の残された日記を地底の城で見ました。貴男は恥を知らぬ裏切り者等では在りません。・・・屈辱に耐えて無念を後世に伝えられた勇気ある方です。」
「巫女様・・・そう仰って頂けるか・・・。」
 干からびた身体が身動ぎ僅かに頭が下がる。

「御二人の名を・・・お聴かせ願えますか?」
「シオン=リオネイルです。」
「ルーシー=ベルです。」
「雄々しき神シオン様に、麗しき女神ルーシー様・・・。この日をどれだけ夢見た事か・・・。」

「ビアヌティアン殿。」
 シオンが再び口を開いた。
「貴男が心に掛けて居られた聖女様達の魂は『御子』の力で解放しました。また、騎士団長のクリオリング殿とも一戦を交えた後に解放しました。しかし、未だ彼らの魂は連環に戻されてはいない。」
 ビアヌティアンの首が動きシオンを見る。
「おお・・・御子様は魂の営みをその眼で追うことが出来ますか。」
「はい、御子の力を解放すれば解ります。」
 シオンはルーシーを見る。
「・・・其れに、ルーシーの周りを舞う魂が1つ。この魂も恐らくは聖女様の1人かと。」
 シオンの言葉にルーシーが反応する。
「チェルシー様だわ。」
「君が話していた聖女様だね。やはりそうか。君を護るように飛び回っている。」

 ビアヌティアンの肩が震える。
「チェルシー様・・・あの幼き聖女様もまた・・・」
「はい。」
 ルーシーは頷いて微笑んだ。
「ビアヌティアン様、私とシオンはあの尊き方々の安寧を願い、そして其れを成し遂げたいと思っております。どうか知恵をお貸し下さい。」
「其れは・・・天央12神と争う事にも為りかねないが・・・?」
 ビアヌティアンの問いにシオンが力強く頷いた。
「必要とあらば。少なくとも私とルーシーは、聖女様とクリオリング殿に魂を掛けた大切な思いを託して貰った。彼らの思いだけは断じて無碍にする事は出来ない。そして何より主神ゼニティウスの傲慢を俺は許すつもりは在りません。」

『・・・例え周囲を崖に囲まれたとしても諦めずに前を向いて進めば、きっと光明は差してくるものだと私は信じて居ます。』
 遠い古の日、心の拠り所となってくれた聖女の言葉がビアヌティアンの胸に甦る。
「・・・聖女よ、貴女の言葉は正しかった・・・。今此処に、偽りでは無く本当の神の御心に沿う方々が我らの思いを引き継いで下さると言ってくれました。1000と400年・・・長い年月では在ったが・・・待った甲斐が在った。」

 干からびた身体を震わせて涙を流す元守護神の姿を、全員は声も無く見つめ続けた。

 やがてビアヌティアンは話し出した。
「長きに渡り魂が連環の営みから外れた場合、其れを再び連環に戻すには強大な『神の力』を以て導かねば為りません。」
「つまり、天央12神の力が必要だと・・・」
「恐らくは・・・。いずれにせよ天央12神の下に赴く必要が在ります。」

 そう。しかし、その手段が解らない。
「そして天央12神は空に浮かぶ『天の回廊』と言う名の城に座している。」
「天の回廊・・・」
「其処へはどうやって赴けば良いでしょう?」
 シオンが尋ねると、ビアヌティアンの腕が動き自分の腹に指を当てた。そして上から下に指をなぞらせると、スゥーっと腹が裂けて血液が流れ出す。
「何をされるか!?」
 シオンの驚きの声に構わず、ビアヌティアンは裂けた自分の腹に手を突っ込むと、淡く光るモノを取りだした。
「是れを・・・」
 震えるビアヌティアンの手に乗っていたのは1枚の小さな翼で在った。
 シオンは其れを黙って受け取る。
「其れを天に向かって放れば、貴男方を回廊まで導いてくれるでしょう。」
 シオンはその翼をルーシーに手渡した。
 ルーシーは其れを受け取ると、丁寧に懐に収める。
「有り難く。」
「頼みます・・・頼みます・・・。」
 ビアヌティアンの願いにシオンは頷く。

「全く、無茶をされる御仁だ。」
 カンナがビアヌティアンの腹に手を当てて回復術を施し始める。

 シオンはアスタルトとブリヤンを見た。2人が頷いたので、シオンとルーシーは後ろに下がる。

「守護神ビアヌティアン様。お初にお目に掛かります。私はこのセルディナ公国の公太子でアスタルトと申します。」
「アスタルトの妹でシャルロットと申します。」
 アスタルトが片膝を突き、シャルロットは服の裾を摘まんで、ビアヌティアンに挨拶をすると守護神の頭が動いた。
「おお・・・彼の熱き未熟者達の末裔達であったか。」
「熱き未熟者・・・?」
 アスタルトは首を傾げる。
「随分と前の話だ。若き戦士達が『この地の不当な支配から人々を解放して、皆が楽しく住める国を創りたい。』と儂に協力を仰いで来てな、手を貸してやった事が在った。危なっかしくも微笑ましい若者達でな・・・そうかエーリッヒ達は上手く国を創れたのだな。加護を与えた甲斐が在った。・・・良かったの。」
「!」
 国祖にして建国王エーリッヒ大王の事か。
 アスタルトは身の締まる思いがした。
「貴方が大王陛下に加護を与えて下さったのですか・・・。」
「ホホ、加護と言う程のモノでも無い。あの好ましき若者が詰まらぬ刃に斃れる事無き様に願ってやっただけだ。その後は儂も守護神の力を失い暫く眠りについて居たからな。・・・どうなって居ったのかとは思っていた。」
 アスタルトは首を振った。
「長きに渡り礼を欠いた事をお許し下さい。」
 アスタルトが頭を下げて謝罪をすると全員が其れに続く。
「気にする事は無い。儂とて元は只の人間。敬われる様なモノでも無い。」
「いえ、貴方の其の願いがセルディナ公国を国として興させて下さいました。貴方こそ、我が国が信ずるべき守護神に御座います。我が父にして現公王であるレオナルドⅣ世に伝え、貴方にご恩をお返し致します。」
 アスタルトは生真面目に宣言する。
「ホホ・・・エーリッヒに良く似て居るな。」
 ビアヌティアンは笑った。

 その後、ビアヌティアンは全員の紹介を受けると、以前にシオン達に開いた宝具棚を再び開いた。
「全部持っていくと良い。見たところ魔法を嗜む者も何人か居る様だが、儂も魔術師だ。杖は充分に在る。」

「こりゃあ・・・凄いな・・・」
 ウェストンが絶句する。
「長く世界を冒険したが、こんな凄い宝の山は初めて見た。」
「そ・・・そうだね・・・」
 マリーも頷く。

 ベテラン中のベテランとも言える2人が絶句する程の宝具棚にアスタルトとブリヤンも興味を唆られる。
「ホホ・・・公太子殿に宰相殿も見て来ると良い。其方達にこそ護身に必要で在ろう?」
 ビアヌティアンの言葉に、柄にも無く2人は「では失礼して」と棚に向かって行く。
 騎士達は羨ましそうな表情だが、流石に其処までの数は無い。

 ワイワイと棚に群がる一行を微笑んで眺めるシオンとルーシーにビアヌティアンが言った。
「シオン様。ルーシー様。聖女様の魂を・・・頼みます。」

 2人は頷いた。手段は判明し、道は整った。後は行くのみだ。
「お任せ下さい。」



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