神が去った世界で

ジョニー

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第7章 天の回廊

第77話

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 いつもの会議室には先程の報償を受けたメンバーに加えて、レオナルドとアスタルト、其れにシャルロットとエリスも加わった。

 彼らを前に、シオンとルーシー、カンナが地底城で起きた事を話す。
「では、グースールの魔女は『魔女』では無く『聖女』であったと言う事か。」
 レオナルドが眉間に皺を寄せる。
「其れをオディス教が利用していたと。」
「はい、陛下。」
 シオンが頷く。
「それにしても・・・」
 マリーが口を開く。
「天央12神がそんな腹立つ連中だったなんて、其れも大問題だわ。信用が置けないし、そもそも私はそんな連中を神だと崇めたくないわ。」
「マリー殿の言う通りだ。」
 アスタルトが頷く。
「天央12神の主神ゼニティウスがそれ程までに狭量な神だと言うのならば・・・。・・・現在の正教は天央12神を信仰の対象としている。この事を何とかイシュタル大神殿の法王猊下に言上し、信仰の対象について一考して頂く必要がある。」
「でも、そんな事が出来るのですか?」
 エリスが尋ねると、ブリヤンが言った。
「して貰わねば為りません。俗な話をするならば、信仰する神が敢くまでも人々の心の安寧の為だけに存在する・・・つまり実際には無力な存在ならば何を崇めて貰っても構わないのです。しかしルーシー嬢の話で、彼らは「力を以てこの地上に影響を及ぼす事が出来る存在だ」と判ってしまいました。となれば、その様な狭量な神を信仰の主座に置かれていては、政治上、迷惑千万なのです。」
 レオナルドが瞑目する。
 イシュタル大神殿にどの様にアプローチを図るかを検討し始めているのは明らかだ。

 公王が考え始めたのならば、この話は一旦置いておくとしよう。

「あの・・・宜しいでしょうか?」
 ルーシーが恐る恐る発言を求める。
「無論だとも。何かあるのかな?」
 ブリヤンがルーシーに発言を促す。
「私・・・1つ気になる事が在るんです。」
「気になる事とは?」
 アスタルトが尋ねる。
「はい。その『ゴブレット』を贈ったのは天央12神でした。でも・・・では何故、光の神の代行者とも言える彼らがそのゴブレットの中に瘴気を注ぐ事が出来たのでしょうか?」
「それは・・・どういう事だろうか?」
 アスタルトの視線を受けてカンナが口を開く。
「ルーシーの疑問は私も持っていた。何はともあれ連中は光の神々の代行者だ。反対の属性とも呼べる瘴気を・・・しかもグースールの聖女11人を一気に闇に落とす程の高濃度の瘴気をどうして取り扱えたのか?」
「神だから・・・というのは説明にならないのか?」
「ならない。神の代行者だからこそ反対の属性とは絶対に相容れない筈だ。」
「うむ・・・その辺は良く判らんな・・・。」
 アスタルトは腕を組んだ。

「カンナ。」
 シオンがカンナを見た。
「なんだ?」
「地底城にいた時から考えていたんだが、ビアヌティアン殿に会おうと思っているんだが。」
「・・・」
 カンナの眼が見開かれる。
「そうか・・・。彼の御仁ならば、何か知っているかも知れんな。」
「ああ。其れにルーシーの話ではビアヌティアン殿は、グースールの聖女達に仕えていた魔術師だったようだしな。」
「な・・・何だと!?」
 珍しくカンナが素っ頓狂な声を上げた。
「本当か!?それは!」
「あれ?言わなかったか?」
「聞いとらんわ!」
「あれ?言いませんでしたっけ?」
「聞いとらん!」
 首を傾げるシオンとルーシーにカンナは喚く。

「なら、直ぐに行くぞ!明日にでもな!」
「あ・・・ああ。」
 シオンが頷くと、ブリヤンが声を掛けた。
「カンナ殿、ビアヌティアン殿とは以前に貴女が話していた元守護神の事か?場所は確か『レイアート遺跡』だったな。」
「あ?・・・ああ、そうだよ。」
 ブリヤンは思案した後に言った。
「可能ならば私も同行したいのだが。」
 カンナは「そうだな・・・」と呟く。
「そうだな、新宰相殿にも来て頂こう。あとは・・・まあ、都合が合えば王族の方々にも来て頂きたいのだがな・・・。」
 すると瞑目していたレオナルドが眼を開いた。
「アスタルト、シャルロット、行くが良い。」
「は。」
「分かりました。エリス姉様も御一緒しましょう?」
 シャルロットの問い掛けにエリスが顔を赤らめる。
「ひ・・・姫様、この様な場で『姉様』はおやめ下さい。」
「あら、良いじゃないですか。本当の事なんだし。」
 公王が笑う。
「そうだな、エリス嬢も行ってくれ。アスタルトと共に知見を深めてくると良い。」
「は・・・はい、畏まりました。」
 エリスは慌てて頭を下げる。
 アスタルトの表情に浮かぶキラキラ感が盛大に増す。その表情を見てレオナルドは苦笑するが表情を改めると言った。
「お前達3人はこの国の・・・引いては世界の未来を担う者達だ。旧き存在と言の葉を交わす事で、きっと得られるモノも在ろう。心して行って参れ。」
「はい。」
 3人が頭を下げる。

 カンナはウェストン達を見た。
「後は・・・ギルドマスター殿、マリー嬢、セシリー、ミシェイル、アイシャ。・・・要はココに居る全員だ。」
 全員の了解を得てカンナは頷くとブリヤンを見る。
「さて、情報は等価交換が基本だ。彼の御仁はこの地の守護神とは言え、『元』守護神だ。信仰を得られず神の力を失ったビアヌティアン殿は、ここ数百年、情報も無く刺激に飢えて居られる。公太子殿下と宰相殿には、他人に話せるレベルの土産話や神がかり的な相談事などを用意して置いて貰えれば彼も喜ぶだろう。」
「ふむ・・・」
「分かった、用意して置こう。」
 2人が頷く。

 レオナルドはカンナとブリヤンを見て言った。
「ブリヤン卿、カンナ殿。アスタルト達だけでは無い。此処に居る全ての若き希望の徒達に、良き出会いを与えてやってくれ。」
 ブリヤンとカンナは頭を下げる。
「は、必ずや。」
「お任せあれ。」


 打ち合わせは解散となった。再集合は明朝の二の鐘の刻だ。ウェストンとマリーはギルドに戻り、アカデミー組は城に泊まる事になった。はしゃいだシャルロットにインディゴガーデンに引き摺られて行く面々を楽しげに見遣りながら、エリスはブリヤンに尋ねた。
「アインズロード様。」
「はい、エリス様。」

 エリスが公太子の想い人と判明し、公太子妃候補の最有力者となってから、ブリヤンの態度は一転して上位者に対する接し方に変わっている。
 エリス当人の希望とアスタルトの許可も有り、シャルロットの侍女の座はそのままとなっているが、それ以外の雑事の一切はブリヤンの指示で彼女の手から離れている。

「少々、腑に落ちない点があるのですが・・・」
「何でしょう?」
 エリスは一瞬躊躇うような素振りを見せたが、アスタルトに優しく促されて口を開いた。
「アインズロード様は、以前にイシュタル大神殿より邪教徒の痕跡資料を取り寄せた事があると伺っています。」
「はい、仰る通りです。シオン君に護衛を依頼してセシリーと共にイシュタルの司祭殿と会合した事が在ります。」

 エリスは片手を頬に当てて首を傾げる。
「と言う事は、法王猊下もその事に許可を与えていらっしゃると思うのですが・・・」
「無論、他国の貴族に貴重な資料を譲るのですから、そうで在る筈です。」
「では、法王猊下から資料を渡した成果を訊かれたりは・・・?」
「・・・そう言えば在りませんな。」
 ブリヤンもふと怪訝な顔になる。
「・・・やはりおかしいと思うのです。法王猊下は教会組織の頂点に立たれるお方の筈。その猊下が邪教徒に対して無関心でいられるモノでしょうか?」

 エリスは考え考え言葉を続ける。
「普通は成果を問う使いが来てもおかしくなく、アインズロード様であれば使いが来た事を陛下や殿下に黙って居られる筈が無いのに、その様なご報告が在ったともお聞きしておりません。・・・何か妙に猊下の動きが遅いと言うか・・・。」
 ブリヤンはアスタルトを見た。
「流石は殿下が見初められた御令嬢。鋭敏でいらっしゃる。」
「当然だ。」
 公太子は嬉しそうに胸を張る。
 アスタルトが口を挟まずにエリスに話をさせたのは、ブリヤンに改めて彼女の明敏さを伝える為であったろう事は容易に察しがつく。ブリヤンは苦笑いをした。

 アスタルトはエリスを見た。
「だが、エリス。これ以上の情報を仕入れる場合、イシュタルを探る形になるだろうから危険を伴う事も有る。何かを思いついた場合は、今の様に必ず私かブリヤン卿に話をする様にし、決してお前が単独で動く様な真似はしないように約束して欲しい。」
 急に真剣な眼差しを向けられてエリスは胸の高鳴りを感じながら頷いた。
「は、はい。殿下の仰る通りに致します。」

 エリスは今ひとつ自身の立場に疎い処が在り、平然と単独で動き回るフシがある。
 シャルロットの護衛に編成されたプリンセスガードの一部をエリスに付けているが、其れも未だ自分には烏滸がましい事と捉えている様なのだ。

 アスタルトは素直に頷いたエリスにホッとした様な表情を浮かべると、一転して穏やかな笑みを向けた。
「うむ。ではシャルロットの処に戻ると良い。セシリー嬢と積もる話も在ろう。」
「はい、では失礼致します。」

 プリンセスガードに護られながら立ち去るエリスの後ろ姿を見送りながら、アスタルトがブリヤンに言った。
「・・・実はな、エリスの周囲に不穏な影が在る。」
「やはりですか。殿下との婚約に関わる件ですな。」
 2人の表情は厳しい。
「早々に婚約の儀を取り交わして、エリスの周囲を落ち着かせてやりたい処だが・・・。」
「レーニッシュ侯爵の件ですね。」
「ああ。」

 貴族至上主義者達が一掃された後に台頭してきたのがレーニッシュ侯爵家を盟主とする派閥である。彼らはセロ公爵の様な過激な手段は取らないが、其れだけに対処し辛い。とにかくレーニッシュ侯爵の娘であるヘルミーネをアスタルトの隣に据えようと躍起になり始めている。
 恐らくはエリスの登場に焦りを感じているのだろう。
 このまま婚約の儀を迎えたときに、そのまま諦めるならば良し。だが強行な手段に出るようならば叩いて置く必要がある。いずれにせよ、彼らがどの様な態度に出るかの予測が未だ立たない以上、迂闊に婚約の儀を行う事は出来ない。

「・・・今は密偵の報告を待つしか在りません。其れまでは極力、殿下がエリス嬢の側を離れない事です。」
「うむ。」
 アスタルトは頷く。
 しかし、王族とは何と面倒の多い立場なのか。心に決めた女性を妻に迎える事にコレほど他者から妨害が入るとは。
 王族の宿命を身に染みて知っている筈のアスタルトも「仕方無い事」と理解はしながらも、コレだけは天を仰ぎたくなる気分だった。


 翌日、シオン達はビアヌティアンが座す罪の墓場に向けて出発した。
 公太子と公女、其れに公太子妃候補の最有力者を連れていると言う事も在って、護衛に同行する騎士の数は100を超えている。その他にも至る所に警備の兵士を配置させる物々しさで在った。

 昨晩は大はしゃぎしたシャルロットに遅くまで付き合わされたせいか、女性陣は皆眠そうな表情だ。
「アイシャ達、随分と疲れた顔をしてるな。」
 ミシェイルがシオンに囁く。
「まあ・・・姫殿下が寝かせてくれなかったんだろ?」
 シオンが苦笑いをしながら答える。
「それにしてもお前が『竜王の御子』か・・・。どんな感じなんだ?」
「どんなと言われてもな・・・力と魔力が信じられないくらいに湧き上がって来る・・・ってくらいだな。・・・まあ、俺も魔力に関しては理解が浅いから、ルーシーに色々と教えて貰おうと思ってる。」
「ふーん・・・嬉しそうだな?」
 ミシェイルが冷めた目つきでシオンを見遣る。
「え?」
「・・・ルーシーさんと新しい繋がりが出来て嬉しそうだなって事だよ。」
「・・・」

 確かにソレは嬉しいとシオンは思っている。『御子の力』云々はどうでも良いが、ルーシーから教えを乞えるのは素直に嬉しい。
『わ・・・私がシオンにモノを教えるなんて・・・』
 魔法について色々と教えて欲しいと言ったらルーシーはそんな風に言って戸惑っていたが。

「少しはお前に追いつけたかと思っていたんだけどな。また遙か彼方まで引き離されてしまったな。」
「そんな事は無いさ。アレは俺の力じゃ無い。純粋な剣技なら良い勝負が出来る筈だ。」
 シオンは苦笑しながら言う。

 実際、ミシェイルにも秘められた力が在るのだ。
『コレから大きく伸びようとしている者に野暮な事を告げるのは本人の為にならない。』
 カンナの言い分も解るため、シオンも黙ってはいるが。
 何れ告げる時も来よう。
 その時には、ミシェイルにもアイシャにもセシリーにも包み隠さずに話すつもりだ。

「で、ルーシーさんとはどうなんだ?」
「どうって言うのは?」
「抱いたのか?」
 明け透けな言い様にシオンは抗議しようとミシェイルを見たが、意外にも真剣な顔つきだった。
「いや、まだだ。だが事が落ち着いたら一緒に住むつもりだ。」
「そうか・・・」
「・・・お前はどうなんだ?」
 ミシェイルの質問の意図が読めたシオンが訊き返す。
「いや・・・まだだ。その・・・どう関係を進めれば良いのか解らなくなってな・・・。」
 自信無さげな表情にシオンは相好を崩す。
「何だよ、笑う事無いだろ。」
 抗議するミシェイルにシオンは笑いながら謝罪した。
「いや、済まん。俺も良くは解らないが、カンナ曰く『相手は待っているぞ』だそうだ。少なくとも無責任な第三者の意見だが、アイシャはお前を拒否したりはしないと思うけどな。後はタイミングじゃないか?無粋なタイミングで告げても、失敗するどころか相手を傷付け兼ねないしな。」
「そ・・・そうか。そう言うモノか・・・。」
 ミシェイルは顔を赤らめながら視線を逸らした。


 午後を回り、一行はレイアート遺跡に到着した。

 天央12神に近づく為の何かが解れば良いが。
 シオンとルーシーは互いに顔を見合わせて互いを確認し合った。



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