神が去った世界で

ジョニー

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第3章 宮廷

第22話 それぞれの想い

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 翌日、カンナは再び王宮に顔を出し、城に詰めていたブリヤンに面会した。
「お待たせしたな、カンナ嬢。昨日は世話になった。」
 恐らくは昨晩から休んでいないのだろう。その表情には疲れが見える。
 カンナはひらひらと手を振った。
「なに。私は大した事はしていないよ。相方が頑張っていたのでな、少し手を貸しただけさ。」

 ノームと呼ばれる異種族と理解はしているものの、どう見ても未だ年端もいかぬ幼女にしか見えないカンナの大人びた口調にブリヤンは激しい違和感を感じながらも笑顔で話を促す。

「それで、今日はどんな要件かな?」
「ああ、これを公王に渡して貰おうと思ってな。シオンが昨日の戦闘で使ったペンダントだ。」
 カンナはワンピースのポケットをゴソゴソと弄るとアクセサリを取り出し無造作にブリヤンに突きつけた。ブリヤンはそれを受け取るとカンナを見た。
「これはまさかシオン君が結界を破ったあのペンダントかい?」
 カンナは頷く。
「そうだよ。シオンに作ってやるついでに公王にも渡してやろうと思ってな。お守り代わりくらいにはなるだろう。」
「君が作った物だったとは・・・。いや、これは本当に有り難い。すぐに陛下に献上しよう。これで1つ早急に対応すべき事が片付いた。感謝するよ。報酬は期待して欲しい。」
 ブリヤンにしては珍しく、興奮気味にカンナの手を握ると立て続けに捲し立てる。
「そうか、そこまで言われると作った甲斐があったな。・・・それと、1つ頼みが有るんだが。」
 破顔の伯爵は頷いて見せる。
「遠慮無く言ってくれ給え。可能な限り叶えよう。」

「王室書庫を見せて欲しい。」
 カンナの言葉にブリヤンの表情が変わる。
 警戒・・・と言うよりは解せないと言った顔つきだった。
「王室書庫? 理由を聞いても良いかな?」
「うむ。我が相方がこの一連の邪教絡みに巻き込まれたようだしな、ならば守ってやる手段を講じてやろうと思ってな。」
 その造作も無い様な口ぶりにブリヤンは興味を引かれたような表情になる。
「守るとはどの様に?」
「邪教の正体を暴く。出来れば拠点もな。そして最終的には壊滅に追い込めればベストだな。」
「それは我々も願うところではあるが、我が一族が長年に渡り調査をしても正体が掴めない集団だぞ?」
 カンナはブリヤンに首を振って見せる。
「それは知見が足りていないのさ。私には幸い神話時代の見識がある。そこから推察出来る事があろう。それに新時代の見識については実はここ100年程の物しか無いが、私が過去の伝導者達の記憶を手繰れば混沌期まで遡れると思う。その上で王室書庫の生の記録を読めば何か見えるかも知れんと思ってな。」

 ブリヤンは暫しの思案の後、カンナに首肯して見せた。
「判った。私の責任に於いて許可しよう。陛下には私からお許しを頂いておくよ。・・・その代わりと言っては何だが、何か解れば逐次教えて欲しい。」
「まあ、当然の要望だろうな。解った。伝えよう。」
 カンナは素直に頷いた。


 その頃、シオンはギルドのウェストンへ昨晩の一件についての報告を済ませていた。
『・・・内容は分かった。この邪教絡みの件は今後、Bランク案件の扱いにしてゼロスのパーティー辺りに対処させよう。国に合同調査依頼を出して貰って報酬が出るようにしないとな。』
『なら、アインズロード伯爵を通して要求した方が通りやすいですよ。』
『解った。そうしよう。』

 ウェストンは今日にでも動くだろう。対処するパーティーがBランクのゼロス達なら期待も出来る。シオンが持ちうる全ての情報を渡した甲斐が有ると言う物だ。

 現在の事態がカンナの懸念する通りなら、国とギルドが協力して解決に臨まねばならないだろう。近年では希に見る危機的状況と言える。
 現に世事には殆ど興味を示さないカンナが自発的に調査の為に王宮へ向かっているし、マリーは昨日の今日で又しても王宮に呼ばれているようだ。

 受付の前を通ると、ミレイと目が合った。
「あ、シオン君。おはよう。昨日は大変だったみたいだね。」
「ミレイさん、おはよう。色々とね。」
 苦笑するシオンにミレイは言葉以上に心配そうな表情を向けてくる。詳細は聞いていないだろうが、昨日中にアインズロード伯の使いがウェストンのところに訪れている筈なので、大凡の話は聞いているのだろう。
「そんな顔しないで。今に始まった事でも無いよ。」
「そうだけど・・・。本当に気を付けてね。」
「ああ、分かってるよ。」
 ミレイにシオンは頷いて見せる。

 そして、もう1つ気になっている件についてシオンは尋ねた。
「ところでミレイさん、彼はどう?」
 珍しく不安気な表情を僅かに浮かべて尋ねてくるシオンにミレイは頷いて笑った。
「ミシェイル君ね。彼も私が担当しているけど見込み有りよ。ギルド登録をして未だ3週間余りだけど、既に依頼を5件達成させているわ。無理なく熟せる依頼を自分なりに吟味して確実にクリアしているわよ。もう、Fランクの中では指折りの冒険者ね。」
 その評価にシオンはホッとした表情を見せる。そんな彼の顔を見てミレイは相好を崩した。
「やっぱり友人は気になるわよね。とても良い事だわ。」
「い・・・いや別に、そう言う訳じゃ・・・。」
 照れ臭そうに顔を赤らめるシオンを見てミレイは穏やかに微笑みながら言葉を繋ぐ。
「まあ、敢えて言うなら少しペースを落として欲しいなとは思うけどね。」

 シオンは何かを言い掛けたが、直ぐに首を振った。
「・・・今は俺からは何も言えない。俺は敢くまで、今ミシェイルが何をしているのかは知らない事にして置きたいからさ。だからミレイさん、彼のことを宜しく頼むよ。」
「勿論よ。シオン君もミシェイル君も纏めてお姉さんが面倒見てあげるわ。」
 ミレイの言葉に、シオンは嬉しそうに頷く。
「有り難う。」
 その思わず見惚れてしまう様な美しい微笑みにミレイは顔を赤らめながら『役得だわ』と満足していた。
「ミシェイル君か・・・。」
 シオンが立ち去った後、ミレイは美貌の金髪少年剣士を思い浮かべた。
『シオン君の最短記録を塗り替えるかもね。』
 ウェストンも目を掛け始めているミシェイルの今後の活躍に期待が高まる。


 ミシェイルは一流の剣士にして公国兵士団の剣術指導員の1人だった父に憧れて、幼少の頃から剣術を父から学んでいた。気変わりし易く物事が続かない彼が剣だけは本気で打ち込んで来た。 
 その成果も有ってか、アカデミーに通う頃には既に剣術の基礎とそれを実行する為の身体造りは出来上がっており抜群の成績を誇っていた。

 そして2年生になって数日後にシオンと出会う。

 本職の冒険者であるシオンは特待生として編入しており、彼から聞く冒険の失敗談等はミシェイルにはとても興味深いものだった。
 また、彼は様々な技をミシェイルに披露して見せてくれた。父から技らしい物は1つも教えて貰えなかったミシェイルにとってシオンから伝授される技の数々はとても刺激的で次々と吸収していった。
 彼と出会って2週間余り、ミシェイルは自分が劇的に強くなった事を自覚した。今すぐにでも冒険者として手柄を立てる自信が出来たのだ。

 そして合同演習に於いて、彼の自信が実は単なる過信であった事を思い知らされた。

 状況を把握する力、決断力、突然のイレギュラーにも対応して見せる冷静さと胆力。そして絶対的な冒険者としての知見の差。
 全ての場面に於いてシオンの判断待ちしか出来ず、イレギュラーに対しては思考停止してしまい碌な働きが出来なかった自分とは雲泥の差だった。しかもそのイレギュラー戦では、密かに思いを寄せるアイシャが活躍していた。

 自分が今まで大切にしていたプライドが、どれほど薄っぺらく壊れやすい物であったのかを痛感して落ち込んだ。

 だが――
『素直さがお前が周りに誇れる唯一の取り柄だ。大事にしろ。』
 厳格な父がアカデミー入園に際してミシェイルに送った言葉が頬を叩く。

 ミシェイルは気合いを入れ直した。
『シオンはその対応力を何処で手に入れたんだ?』
 ミシェイルの必死な問いに、シオンは顔を向ける事無く前を見据えながら答えた。
『ギルドの依頼を熟していく中で身に付けたよ。以前、お前に話した俺の失敗談を全部覚えているか?あの話には冒険をする上で必要なノウハウが詰まっている。あの全ての出来事が俺を引き上げてくれた。もし、お前が・・・』

 シオンは一旦言葉を止めて燃えるような力に溢れた双眸をミシェイルに向ける。

『・・・もし、お前が本気で冒険者を目指すなら時間を無駄にするな。経験は早いに越した事は無い。』
 シオンは彼に、冒険者として必要な知識を生の体験談を通して教えてくれていた事に初めて気が付いた。それが素直に嬉しい。

 ミシェイルは決意した。そして彼は合同演習の翌日に冒険者ギルドに正式に冒険者登録を果たしのだ。


 ミレイは思う。
 恐らくミシェイルはシオンから、冒険者になって最初に躓くポイントの全てを教わっているのだろう。ありがちなミスは1つも犯さずに堅実に依頼をクリアしている。だが、それに慢心せずに彼にとって難易度が高そうな依頼については確りとミレイのアドバイスを求めてくる。

「簡単な依頼の1つ1つにも依頼者の切実な願いが込められているから、決して失敗は出来ない。」

 以前にミシェイルがミレイに言った言葉だ。
 そしてその言葉はシオンの信条でもあった。ミシェイルが如何に彼の言葉を大事にしているかが理解でき、ミレイは思わず微笑んだ事がある。
「焦らなくて良いんだよ。君は確実に実力を付け始めているんだから。」
 そのミレイの言葉に心底嬉しそうに微笑んだミシェイルの笑顔を思い出す。

「うんうん、ギルドの未来も明るいじゃない。」
 ミレイは嬉しそうに呟いた。

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