神が去った世界で

ジョニー

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第1章 アカデミー

第1話 ギルド

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 大陸北部に位置するセルディナ公国。



 北に山岳の難所と言われる高地アインと低地アインを臨み、東西を丘陵地帯「ペールストーンの丘」に囲まれた山の大国である。



 神話時代が終結し、新たな時代が到来して300年ほどが経過した頃。

 いわゆる創世期にこの鉱山都市は高地アインから採れた大量の銅を使い、厳しい時代を乗り越えた歴史がある。銅はセルディナのみならずカーネリア大陸の文化再興に多大な貢献を施し、大陸の人々はこの鉱山都市を呼ぶ時に畏敬の念を込めて「青銅都市セルディナ」と呼ぶ。

 

 そんな青銅都市を公都に持つセルディナ公国だが、近年はさすがに銅も枯渇してしまい採掘量も微々たるものになってしまった。

 だが代わりに発見された鉄や銀・水晶などが隆盛を誇っており、この国の経済の本質が相も変わらぬ鉱山都市である事を強く人々に印象付けている。また、丘陵地帯に於いては牧畜が盛んに行われており乳製品や食肉・毛皮などの商品も流通経済の一端を担っている。



 

 そしてセルディナ公国は、更に他国に類を見ない新しい試みを5年ほど前から行っている。

 其れが公立学園・・・通称「アカデミー」である。

 学園とは言っても通常の学問所では無く、武術や魔術の習得と実践を目的としたどちらかと言えば訓練所に近い施設だ。入学対象者は貴族・平民を問わない。2年の修業期間を経て卒業となる。

 何故この様な一種異様な施設が、国の公金を使ってまで開かれているのかと言えば・・・。


 この世界には「冒険者ギルド」と呼ばれる機関があり、各国の様々な町や村に「ギルド」が存在する。

 各ギルドは相互に連絡を取り合い、国を超えて世界中に広い繋がりを持っている。ある意味では宗教機関と並んで世界最大クラスの機関とも言える。

 このギルドは当然、カーネリア大陸の全土にも存在し民間の依頼をこなしている。そしてこの依頼をこなすのが「冒険者」と呼ばれる人々であった。身は軽いが安定した収入を持たない彼らにとってこの「ギルド」の存在は大変有り難く、自由気質な彼らも「ギルド」のルールや意向には逆らわない。

 問題を起こしがちな冒険者達の手綱をしっかりと握る「ギルド」は治安維持にも大きく貢献しているばかりか、彼らの持つ個々の能力を有意義に活用しており、各国もこのギルド機関に幾つかの権利を与え手厚く保護している。

 

 特にカーネリア王国とセルディナ公国には徴兵の仕組みがなく、兵士は全員が専門職であり質は高いのだが、民間から上がってくる膨大な量の依頼をこなせる程の数はいない。



 故に国家レベルでの対応が必要な依頼やギルドから回されて来た依頼、或いは首都周辺で解決可能な依頼以外は全てギルドが引き受けて冒険者が解決していた。「アカデミー」はそんな冒険者を養成する機関なのである。



 セルディナが国庫を開いてまで立ち上げたお試し機関がどう作用するか・・・各国の興味は確かに向けられているのだ。





 シオンを乗せたキャラバン一行がセルディナに到着したのは、コボルト襲撃の翌日、夕刻に迫った頃だった。

 ダリンを始めとした相乗りの人々と別れを告げるとシオンは夕刻の慌ただしい喧噪に包まれた大通りに向かって歩き出す。と、ルーシーが声を掛けて来た。

「シオンさん!」

 その声にシオンが振り返ると、ルーシーは普段は白磁のような双頬を紅く染めあげて、慌てたように視線を彷徨わせた。薄い栗毛色の髪を綺麗に切り揃えたナチュラルボブが夕日に反射して、紅色に染まった頬がさらに赤み帯びる。

「うん?」

 少年は自分よりもさらに頭1つ分以上低い少女を見下ろすと言葉を待つ。

 

 ルーシーは何かに勢い付けるように頷くと再びシオンを見上げた。

「あ・・あの、道中一緒になれてとても楽しかったです。」

 何やら懸命に話すルーシーにシオンは思わず笑みをこぼし

「ああ、俺もだよ」

 と返した。

 ルーシーはシオンの意外にも幼げな少年らしい笑顔に増々顔を赤らめる。

「わ・・私、この町のアカデミーの生徒です。今2年生になったばかりだから卒業まで後1年だけど、卒業したらシオンさんとパーティを組みたいです!」

 

 少女の必死な告白に、シオンは改めてルーシーの服装を見直す。

 オーバーコートに身を包んでいるが、その下に来ているのは確かに魔術師が愛用するローブだ。しかも白のローブは癒やし手の証でもある。

『アカデミー在籍という事は将来の回復師という事か』

 シオンはそう推測すると言葉を待つルーシーに口を開く。

「ああ。楽しみにしているよ。」

 少女の嬉しそうな表情にシオンは頷くと、さらに言葉を繋いだ。

「俺は依頼を受けていなければ、数日に1回は冒険者ギルドに顔を出している。卒業して気が変わっていなければ、その時はおいで。」

「はい!」

 シオンは頷くと、片手を挙げて別れを告げる。

 ルーシーは名残惜しそうに雑踏に消えるシオンの後ろ姿を見つめていた。





 シオンは雑踏をかき分け冒険者ギルドを目指して歩みを進める。

 公都とはいえこの辺りは下町であり、一般の平民達が1日の疲れを癒やせる様な施設が多い。公衆浴場や酒場にはちらほらと人が入り始めている。雑貨店や食料品店、露店などでは明日の仕事の準備や夕餉の準備をする為の買い物客でごった返している。

 そういった喧噪をシオンは楽しそうに眺めながら、ふと1軒の店先で足を止め中に入る。



 扉を閉めると通りの喧噪が遮断され、代わりに穏やかな空気と扉に付けられた呼び鈴の心地よい音がシオンを包み込む。

 ここはシオンが良く利用する馴染みの薬屋であった。商品棚には多種多様な薬草やそれを刻んで粉末にした物、またはポーションが納められた細いガラス瓶など様々な雑貨が置いてある。

「シオン、帰ってきたんだね。」

 女性が奥から顔を出してきた。

 年齢は30ソコソコだろうか。美貌の女薬師はシオンを見ると笑顔で迎える。



「ああ、今着いたんだ。マリーさん」

「そうかい。お疲れだったね。今回もうまく依頼はこなせたのかい?」

「うん。出発前にマリーさんが勧めてくれた、あの身体が熱くなって力が沸いてくるポーションがかなり役立ったよ。」

「おや、Cランクの冒険者にお褒めの言葉を貰えるなんて、うちとしては良い宣伝材料になるよ。」

 マリーは嬉しそうに微笑むとシオンに椅子を勧める。

 だがシオンは申し訳なさそうに勧めを辞すると要件を口にした。

「ごめんマリーさん。まだギルドへの報告が済んでいないんだ。さっき話したポーションを3つほど貰おうと思って寄ったんだよ。」

「あら、そうなの? じゃあ仕方無いね。持ってくるから待っていて。」

 マリーは数分で件のポーションを3つ持って来るとシオンに手渡した。

 シオンは受け取ると銀貨3枚を渡し、美貌の薬師に別れを告げて店を後にした。そして今度こそ冒険者ギルドに向かう。



 

 セルディナのギルドは大きい。

 クエスト受付の部署は勿論だが、その他にも酒場・料亭・宿屋・武具屋などの施設が置いてある。

 宿は30部屋の用意があり、酒場も同時に50人が座れるほどの規模を誇っている。建物全体が石造りの頑丈な構えになっており、知らない者が見れば小さな砦のように思うかも知れない。



 そんな豪勢なギルドの扉をシオンは躊躇いなく開け、勝手知ったる風でクエスト受付係の方へ歩き出す。

 近付くシオンに受付嬢が気が付き眼を輝かせた。

「シオンくん!お帰りなさい!」

 テンション高めの挨拶にシオンは苦笑しながら挨拶を返した。

「ただいま、ミレイさん。」

「1ヶ月もシオンくんの顔が見れなくてお姉さん寂しかったわ」

「大袈裟だよ」

 シオンは笑いながらそう言うと、懐から1通の封書と1枚の依頼書を取り出してミレイに渡した。

 ミレイは受け取った封書の差出人と押されている家紋、蜜蝋に刻まれている刻印を確認すると、依頼書に終了の印を押した。

「はい、お疲れ様。Cランク探索クエスト達成です。」

 ミレイはそう宣言すると報酬の金貨8枚を渡す。

 シオンはそれを革袋に収めると、背負っていた2つの荷物のうち大きい袋をカウンターに置いた。ゴトリと重々しい音が鳴る。



 いつも身に付けているペンダントを弄りながらミレイは首を傾げる。

「何?・・・これ。」

 シオンは袋の口を開けて中身を取り出した。

 油紙で包まれた長物が2本と幾つかの包み紙が出てくる。

「査定をお願いしたくてね。」

 そう言いながら全ての油紙を取り払う。



「!!」

 包み紙を開いたミレイは息を飲んだ。

 今まで見た事も無い様な立派な獣角が2本と獣爪が複数本、現れたのだ。

「レッドホーンと言うらしい。出先で、でかい山羊の様な魔物と戦り合ってね。倒せたんで使えそうな物を持って来たんだ。」

 ミレイはポカンとシオンと角を見比べていたがハッと我に返ると

「ちょっと待ってね」

 と慌てて査定係のランデールを呼びに奥へ引っ込んだ。



「レッドホーンだって!?」

 奥からバタバタと逞しい風程の男が走ってきた。

 シオンへの挨拶もそこそこにランデールはカウンターに無造作に置かれた品々を眺める。

「・・・こりゃあ・・・見事なもんだ」

 リンデールは感嘆の眼差しでシオンを見た。

「俺も昔、ロンドア大陸でこいつと戦り合った事がある。6人掛かりでやっとこさ仕留めたが・・・シオンよ、こいつをまさか1人で仕留めたのか?」

 シオンは肩をすくめる。

「まさか。2人の魔術師の援護を受けて戦り合ったんだよ。それでも倒せたのはこいつのお陰さ。」

 シオンは左腰に下げた長剣を叩いてみせる。

 ランデールは長剣を見やって呟いた。

「・・・妖刀残月か。確か混沌期の宝剣だったか?」

「そうらしいね。それよりも査定を頼むよ」

 シオンの依頼にリンデールは頷くと物を確認する。

「大角が2本と小角が2本、爪が8本だな。ちょっと待っててくれ。」

 リンデールは奥に引っ込んだ。



 気が付くとミレイがジト目でシオンを見ていた。

「な・・何?ミレイさん。」

 シオンは意外な視線を受けてたじろぎながらミレイに話しかける。ミレイは溜息をついた。

「ねえシオンくん。なんでまだCランクなんてやってるの?Bランクの昇級審査を受けなさいよ。シオン君ならBランクは勿論だけどAランクだって可能だと思うけど?」

「いや・・・まあ・・・」

シオンは困った様に笑って誤魔化そうとする。

「めんど臭いんでしょ。」

ミレイの指摘にシオンは恥ずかしそうに赤面する。

「まあ、私が言う事じゃ無いし良いんだけどね。・・・でも若干16歳のシオンくんが高ランク冒険者になってくれたらお姉さんも鼻高々なんだけどな。」

 ミレイの上目使いにシオンは意図存ぜぬ素振りで食堂を見やる。

「ああ、お腹空いたな。飯にしよう。」

 そう1人ごちるとそそくさとカウンターを離れた。

「もう!」

 とミレイの不満げな声を背に聞きながら。





「食事がしたい。」

 シオンは食堂のマスターに声を掛けると銅貨10枚を置いた。

 マスターは銅貨を見やると黙って頷き調理の準備を始める。別に不機嫌な訳では無い。無口なのだ。シオンもそうと知っているので特に不快になる事も無く大人しく席に着き、料理が来るのを待つ。



 そして、ギルドの扉が開いた。





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