神が去った世界で

ジョニー

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第1章 アカデミー

第2話 冒険者になりませんか

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 ギルド入り口の扉が開かれた先には、1人の中年男性が立っていた。

 銀の頭髪をしっかりと撫で付け、整えられた口髭は相対する者に心を配る大人の嗜みであろうか。身に纏っている濃紺色のローブがゆったりとしているのは突出した腹を隠す為のものだろう。 



 ローブの男性は受付のミレイに近付くと何やら話し始めた。それに対してミレイは困った様な表情で応対していたが、やがて諦めたように奥に引っ込む。



 食堂にいたシオンからは会話の内容は聞き取れなかったが

「マスターを・・・」

「でも、その件は・・・」

 と言葉は途切れ途切れに聞こえていた。

 

 ローブの男性はどうやらギルドマスターに用事がある様だった。しかも来訪は初めてでは無いらしい。

「・・・お待たせ」

 シオンの注意は、差し出されたプレートとその上に盛られた食事の匂いによって中断された。

 シオンは空腹に押され早速プレートに手を伸ばした。
 近くの湖で獲れる淡水魚の切り身を熱々のフライにした物が分厚いパンに挟まれた白身サンドに齧り付く。白身魚と一緒に挟まれたレタスの瑞々しい食感とマスタードが舌を楽しませてくれる。サンドの半分ほどを夢中で胃の中に収めると、シオンは一息ついた様に唇に付着した脂を拭い一緒に出されたホットミルクを飲む。



 シオンが食事をしていると、先ほどのローブの男性と渋々といった感じで出てきたギルドマスターのウェストンが食堂へ近付きシオンの近くに腰を降ろした。

 シオンが片手を挙げてウェストンに挨拶するとウェストンは『やれやれ』といった感じで肩を竦め片手を挙げて返礼した。



 ローブの男はそんなウェストンに急く様に口を開いた。

「ウェストンさん。こちらとしては、もう条件は無いに等しいんですよ。若くて粋が良ければそれでいいんだ」

 ベテランのギルドマスターは溜息をつきながら返答する。

「いや、レーンハイムさん。何度も言っているが冒険者候補生を本職が集まるギルドに求めてどうするんですか。優秀な若者をスカウトしたいなら通常の学院にでも行ったらどうです?あそこなら未来のセルディナを支える優秀な若者達で満ち溢れている。」

 レーンハイムと呼ばれたローブの男はウェストンの言葉に首を振った。

「勿論、何度も足を運んでいる。だが、1から学ばせている余裕は無いんだ。こちらも何度も申し上げているが時間が無いんですよ。今すぐにでも結果を示さなければならないんだ。」

 ウェストンは話にならないという素振りで背もたれに身を預けた。

 ミレイが2人に飲み物を持ってくる。



 『よく判らないがマスターも大変だな』シオンは2つ目の白身サンドに手を伸ばしながら思った。とその時、査定係のランデールがシオンの下にやってきた。

「よう、赤山羊殺しの英雄さんよ。査定終わったぜ。」

 そう言いながらランデールは1枚の紙をシオンに渡す。

「そもそもレッドホーン自体がこの大陸にはいない魔物である上に、保存状態もいい。って事で高額買い取りにさせて貰う。爪は1本で金貨1枚。小角は1本で金貨2枚。大角が1本で金貨5枚だ。全部で金貨22枚だ。やったな金持ち、1杯奢れや。」

 そう言って小さな革袋をシオンの前に置く。

「これで鎧と盾が買い直せるよ。レッドホーン戦で壊されちゃったからさ。」

 シオンはリンデールに笑いかける。

 ウェストンとレーンハイムはそのやり取りを黙って見ていた。





「ちょっといいかな?」

 突然、背後から声を掛けられてシオンはギョッとなって振り返った。

 見ると先ほどのレーンハイムと呼ばれていた男がニコニコ顔でシオンの真後ろに立っていた。さらにその後ろの方を見ると、ウェストンとミレイが呆気に取られた顔でこちらを見ている。



「え・・・と・・・何か?」

 シオンがどうにか言葉を返すとレーンハイムは嬉しそうにシオンの向かいに腰掛けた。

「いやいや突然済まないね。私はこのセルディナにあるアカデミーの副学園長をしているオルソッド=レーンハイムと申す者。・・・君、アカデミーは知っているかな?」

「まあ、冒険者の養成所みたいな所ですよね。」

 シオンはルーシーの顔を思い浮かべながらレーンハイムに答えた。



 レーンハイムは嬉色を浮かべて頷く。

「そうそう、それでね君、年齢は幾つかな?」

「・・・16ですが。」

「君!アカデミーに入らないか!?」

「・・・。・・・・・・は?」

 シオンは理解が追いつかず間の抜けた声を出した。

「君なら素晴らしい冒険者になれるよ!」

「・・・いや既に冒険者ですが。」

「そうか、いや大したもんだ。君ならきっと良い冒険者になれるよ」

「いや、だからすでに本職ですって」

「そうかそうか。ではアカデミーで更なる経験を積もうじゃ無いか!」

 ・・・おかしい。ちゃんと人語を話しているのに一切話が通じない。シオンは怒濤の謎展開に呆然となる。





「シオンくんはダメですよ!!!」

 ミレイが聞いたことも無いような大声を挙げる。

「シオンくんは我がギルドの未来のエースなんですから絶対ダメです!!」

 

 ウェストンはミレイの勢いでハッと我に返り受付嬢の横顔を見上げたが、彼女の心情を思いやれば大声を挙げてしまうのも致し方無く思える。
 彼女はシオンが若干13歳でギルド登録をしてから、ずっと彼を担当し面倒を見てきたのだ。可愛いがってきた弟分を我が儘な中年親父に突然掻っ攫われるような気分なのだろう。



 彼はゆっくり立ち上がるとミレイを手で制してレーンハイムに歩み寄った。



「レーンハイムさん、勝手なことをされては困りますよ。彼女の言うとおり彼はうちの有望株なんだ。」

 レーンハイムへ向ける視線に若干の氷雪を纏わせながらウェストンは彼の行動を窘める。

「あ・・ああ、すまない。ウェストンさん。少々興奮してしまった。だが、私の立場も理解しては貰えないだろうか?このシオン君と言ったか、彼こそ今の私が求める最高の人材なんだ。」

 レーンハイムの縋るような視線にウェストンは本日何度目かの溜息をついた。

 



「つまり、こういう事なんだ。」

 席を改め応接室に移動したウェストンはシオンに説明を始めた。

 ミレイはシオンの横に座り盛大に脹れっ面をしている。机を挟んだ向かいには興奮気味のレーンハイムが座っていた。

「ギルドの発展に伴い、ここ20年程で少なくともこのカーネリア大陸では、冒険者という存在の有効的な価値が高まり民衆への、引いては国への貢献度が飛躍的に上昇した。そういった時勢からセルディナでは5年前に、国庫が開かれて試験的に冒険者育成機関である『アカデミー』が開設された。・・・ここまではいいな?」

「知っているよ。」

 シオンは頷く。



「修業期間は2年だ。つまり、既に1~3期生は卒業して冒険者になっている。」

「うん。」

「今更おまえにギルドの仕組みを話すのもナンだが、ギルド登録者はFランクからスタートして昇級試験を受けながらE・D・C・B・Aとランクを上げていく。・・・普通に依頼を受けていればEランクなんて1年もあれば上がれるだろ?」

 シオンは無言で頷いた。

「ところがこの卒業生達の大半はFランクのままでEランクに上がった者はほんの数名。Dランクなんて1人も居やしない。卒業したての3期生は仕方無いにしても、これは余りにも酷すぎる。・・・と公国の役人様は判断した。」



 ウェストンは一旦言葉を切り、紅茶を口に含むと再び話し始める。

「このままでは国庫を開いた意味が無く、他国の失笑も買いかねない。と言う事で抜本的な改革が提案された。内容は講師陣の一新とカリキュラムの大幅な変更だ。」

 それはつまり、レーンハイムを含む指導役の一斉解雇を意味している。



『なるほど・・・』シオンは何となく理解出来てきたため質問してみる。

「でも、すぐにでは無いのでしょう?レーンハイムさんの言動から察するにその提案が行われる前にそれを回避する何か条件があるはずだ。」

 シオンの推察に大人3人は驚きの視線を向ける。

「そう、その通り。条件はこの1年間でCランク以上の冒険者を1人輩出する事。」

「不可能だな。」

 シオンは即座に言い切る。

 その言葉にウェストンも頷き、逆にレーンハイムは絶望の色を表情に浮かべる。

「そう、不可能だ。だがもう1つある。『もしくはDランク以上の冒険者を10人輩出する事』だ。」

「そっちの方がまだ現実的だ。・・・とは言え、それも無理か。」

 話を聞く限りではどちらの条件も不可能に近い。



 シオンもレーンハイムのおおよその狙いは把握した。

 非常に稚拙でその場凌ぎかつ強引な手段ではあるが、若い有望な冒険者をアカデミーに入学させ実績を作らせて、さも「アカデミーの生徒、或いは卒業者がCランク以上の冒険者になりました」という形を作りたいのだろう。



 だが・・・とシオンは思う。

「レーンハイムさん。申し訳ないが俺は自分がアカデミーに入るメリットを見出せません。俺もここのギルドに育てて貰った恩義があるし、金だって稼ぎたい。1年か2年かは判りませんが、そんな長期間に渡って拘束はされたくは無い。」

 その言葉にミレイは嬉しそうにシオンを見やる。



 するとレーンハイムは慌てたように口を開いた。

「いやいや、待ってくれ。そう性急に答えを出さないでくれ給えよ。」

 レーンハイムは必死に説得を始める。ここでシオンを逃す気はさらさら無い様だった。

「君に入学して貰ったからといって毎日通って貰う必要は無いよ。依頼はもちろん自由に受けてくれて構わない。むしろそうして欲しいくらいだ。君には依頼を受けていない時、つまり暇なときに顔を出して貰えればそれでいいんだ。」

 

 シオンの微妙な表情を受けてレーンハイムはさらに彼へのメリットを提示する。

「この話を引き受けてくれたら、在籍期間中に君が依頼をこなしてギルドから貰う報酬の5割を学園側からも出そうじゃないか。悪くないだろう?通常の1.5倍の報酬が手に入るという事だ。」

 どうだとばかりに彼はシオンを見るが、少年は首を横に振った。

「非常に魅力的ですが、それは報酬の二重取りだ。ギルドが禁止している事です。」

 レーンハイムは絶句する。



 ウェストンは2人のやり取りを見ながら苦笑した。

「まあ待て、シオン。じゃあ、もしギルドがOKを出せば、今レーンハイムさんが提示した条件で入学するのは構わないんだな?」

 シオンは訝かし気にウェストンを見ると

「まあ、そうですね。」

と答える。

 ミレイも当初思っていたのとは条件が変わってきているので、口には出さないが表情も穏やかになりつつある。



 ウェストンは頷くと話を纏める。

「判った。では後の話は俺とレーンハイムさんで調整しよう。明日、もう1度ここに来て貰えるか?そこで纏めた内容をお前に伝える。そこで判断をしてみてくれ。」

 不安は残るものの、シオンはとりあえず頷いて見せた。



 ああ・・何だか面倒な事になりそうだな・・・



 これまでの数多の経験がシオンにそんな想いを抱かせていた。







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