27 / 109
バルタス王国編 〜騎士と楽園の章〜
攫われたフレデリカ
しおりを挟む
アレンは宵闇に佇むアルケイディア城の本丸を睨むように見上げた。地下街で防衛戦をしていたが、〈大帝の深淵〉からの奇襲を受けて、フレデリカが捕虜になったのだ。
事が起きたのは一時間前の事だ。
少ない兵力で籠城戦をするのは流石に限界があり、コンラッドの魔力が尽きるのとほぼ同時に城門が破られた。
「撤退、撤退!」
町民の全てが避難し終わった訳ではない。だが撤退せざるをえない状況にまで追い込まれた。
「アレンやばいよ、直ぐそこに敵が来てる!」
美凛が姿勢を低くして構えるのをアレンは制した。
「よせ、もう撤退するぞ」
扉を開けっ放しにしておくと魔導書の魔力を消費する上に敵が侵入しやすくなる。魔導書は既に仕舞っているが、魔力は魔導書から供給されている。しかし魔導書の魔力は幾ら膨大と言っても、アレンは倹約家なので可能な限り使用は控えたい。
「避難誘導を中止しろ。全員急いで扉の向こうへ!」
アレンの命令が構成員に伝わり、構成員は武器を降ろして撤退を始めた。
「フレデリカ、撤退だ!」
上空から魔法で岩を降らせて攻撃していたフレデリカがアレンに気が付いて降りて来ようとした、その時だった。
突然フレデリカの首に何かが刺さって彼女の身体が落下する。
「…は?」
強い衝撃を受けたフレデリカの身体は頭から落ちて石畳の地面に激突し、嫌な音と共に脳漿や目玉が飛び散る。
美凛達が悲鳴を上げる中、アレンは冷静にフレデリカに近付いて身体を回収しようとした。フレデリカは不死身だ。致命傷を負っても時間が経てば身体が再生する。しかし、アレンを邪魔する者が居た。
「あらあら、仕留めたのはフレデリカの方だったの。…あら?けどフレデリカなら仕留めるって言葉は違うわね」
黒いローブを纏った銀髪の魔人はクロスボウをゴミを扱うかのようにその辺へ放り投げてフレデリカの動かない身体を持ち上げた。
「…お前も〈大帝の深淵〉か」
女はアレンの頭よりもずっと高い位置に頭があり、視線を向けるだけで他者を見下すような雰囲気がある。
女はアレンを見下ろして茶目っ気たっぷりに笑った。
「あら?そっかそっか、アレンはこっちね。やだわぁ、間違えてフレデリカを撃っちゃった」
〈深淵〉の女はアレンに近付いて観察を始めた。剣を振って胴を薙ぐのも容易い距離だが、アレンの身体は金縛りにあったように動かない。
「本当に可愛い顔。私の好みだわ。そのすました顔をグズグズにしてみっともなく鳴かせたいくらいに」
女の吐息がアレンの耳を擽った。
「ねえ、私達について来ない?悪いようにはしないわ。たっぷり可愛がって、温かいご飯と服、お部屋もあげる」
身体を近付けて、わざと豊満な胸をアレンの身体に押し付けて誘惑する。しかしアレンはそれを無視して言う。
「要らない。フレデリカを返してもらう」
「…坊や、この女が大切なの?」
「別に」
「そう…このまま君を殺しても良いけど、それだと〈時空の書〉を手に入れられないわね。じゃあ、こうしましょう。君は一人でアルケイディア城の地下牢に来るの。そこで魔導書とこの女を交換しましょ?」
女は無造作にフレデリカの両目を抉り出してアレンに渡した。
「再会の約束に…ね?今は気絶してるみたいだけど…早く来ないと、この子は目が見えていない間にどんな怖い目にあうのか分からないわよ~」
どうやら女はフレデリカの身体が再生する事を知っているようだ。
アレンは素早く目玉を捨てて武器を取るが、女はそれより早く動いてアレンから距離を取った。
「ダメよ~。お楽しみの時間は、長い方が良いでしょ?」
そう言って女は立ち去ろうとしたが、アレンの方を振り向いて言う。
「…そうだ、私はヴェロスラヴァよ。覚えておいてね」
アレンは舌打ちすると目玉を拾って命令した。
「総員退却!」
しかし幹部の中の何人かがアレンの元へ集まって来た。
「アレン、どうするんだ?フレデリカが攫われちまうなんて!」
ネメシアはアレンの手の中にある目玉を見て顔を真っ白にしながら叫んだ。
アレンはひとりでに動く目玉を見詰めながら問うた。
「〈プロテア〉におけるフレデリカの存在価値は?どのくらい?」
誰も答えない。発言に失敗があれば、フレデリカはアレンから見捨てられる可能性があるから。さっき目玉を捨てたみたいに、軽く捨ててしまう気がしたのだ。
「まあ助けるけど」
「本当!?どうやって?」
口々に騒ぐ幹部達を静まらせてアレンは言った。
「一人であいつを回収してくる」
「一人で?」
美凛の話では、『黒い奴ら』がいっぱい居るとの事だ。大勢連れて行ってあの毒にやられてコンラッドを困らせる訳にはいかない。
「コンラッドが過労でぶっ倒れるから」
そのコンラッドは先程、魔力切れで倒れた。
幹部達は渋々頷いて引き下がるが、アーサーがふと質問した。
「お前、一人で城まで辿り着けるのか」
「…うぅ」
急に自信が無くなって情けない声を出したアレンにアーサーは溜息を吐いて言った。
「仕方が無い。貴族街まで送ってやる」
⸺そして今に至る。
「アレン、俺はその辺で待機してる。気を付けろよ」
「分かった」
アレンはアーサーと別れると正門から堂々と入った。
城の衛兵達はアレンに手を出さないように命令されているのか、アレンを睨むだけで何もしてこない。
(ヴェロスラヴァ達はあの日記みたいな魔導書を手に入れて何をするつもりだろう)
〈深淵〉は最初、アレンの命を狙った。しかし、ヴェロスラヴァはアレンを殺すつもりは無さそうだ。もしかしたら〈深淵〉は一枚岩ではないのかも知れない。これは〈大帝の深淵〉と温厚に接触して情報を得るチャンスだ。
考え事をしながら城への階段を登っていると、衛兵が槍で道を塞いだ。
「夜更けにどういった御用で?」
「ヴェロスラヴァに会いに来た」
「…通行許可証の提示を」
そう言う衛兵の声は心なしか震えている。
「通行許可証ってこれ?」
そう言ってアレンはポーチからハンカチに包まれたフレデリカの目玉を取り出すと、衛兵に渡した。
「か、確認します」
そう言って衛兵は暗がりでも分かる程に震えた手で目玉を遠慮がちに持つと、確認を始める。
憐れな衛兵が口を横一文字に引き結んで目玉をしっかり確認していると、目玉が勝手に動いて衛兵を見た。
「ひいいい!」
衛兵は悲鳴を上げると、目玉を放り投げて嘔吐した。
アレンは宙を舞う目玉をしっかり掴むと、ハンカチに包んで城へ入った。
城へ入ると、そこに居たのは人間ではなく、魔人のメイドだった。
「ようこそ、〈レジスタンス=プロテア〉のアレン様。地下牢まで御案内致します」
このメイドだけではない。使用人の全てが魔人で、廊下のいたる所に黒い制服を来た兵士の死体が転がっている。
(黒い制服は〈玄鉄騎士団〉か。確かゼオルが所属していたな。ゼオルは既に助けられていると知らずに救出に来たのだろうか)
それにしても酷い死に方をしている。全てが急所を外すように攻撃されている。まるでゆっくりと甚振るような殺り方だ。犯人はヴェロスラヴァだろうか。
アレンはヴェロスラヴァの言葉を思い出す。
『…早く来ないと、この子は目が見えていない間にどんな怖い目にあうのか分からないわよ~』
今頃フレデリカの身体は再生して相当痛めつけられている事だろう。
「随分とのんびり進むんだな」
「お楽しみはゆっくり、それがヴェロスラヴァ様の考えです」
別にフレデリカの事は心配だとは思っていない。だが、妙にそわそわする。
地下牢の通路へ入ると、落ち着かないアレンを見てメイドはせせら笑った。
「心配ですか?帝国で貴方は冷血漢と言われていましたが、案外そうでもないのですねぇ」
「…何が言いたい」
メイドはとある鉄扉の前に止まって手を掛けると言った。
「フレデリカとヴェロスラヴァ様は今、中でお楽しみ中ですよ。防音魔法が掛かっているので何も聞こえてませんが」
そう言って鉄扉コンコンと叩くと、扉の鍵が開いた。同時にくぐもった悲鳴が響く。
「アレン将軍、どうぞ中へ」
アレンは重たい扉を開けて中に入ると、顔を顰めた。牢の中では、四肢を拘束されたフレデリカが辱めを受けていたのだ。
事が起きたのは一時間前の事だ。
少ない兵力で籠城戦をするのは流石に限界があり、コンラッドの魔力が尽きるのとほぼ同時に城門が破られた。
「撤退、撤退!」
町民の全てが避難し終わった訳ではない。だが撤退せざるをえない状況にまで追い込まれた。
「アレンやばいよ、直ぐそこに敵が来てる!」
美凛が姿勢を低くして構えるのをアレンは制した。
「よせ、もう撤退するぞ」
扉を開けっ放しにしておくと魔導書の魔力を消費する上に敵が侵入しやすくなる。魔導書は既に仕舞っているが、魔力は魔導書から供給されている。しかし魔導書の魔力は幾ら膨大と言っても、アレンは倹約家なので可能な限り使用は控えたい。
「避難誘導を中止しろ。全員急いで扉の向こうへ!」
アレンの命令が構成員に伝わり、構成員は武器を降ろして撤退を始めた。
「フレデリカ、撤退だ!」
上空から魔法で岩を降らせて攻撃していたフレデリカがアレンに気が付いて降りて来ようとした、その時だった。
突然フレデリカの首に何かが刺さって彼女の身体が落下する。
「…は?」
強い衝撃を受けたフレデリカの身体は頭から落ちて石畳の地面に激突し、嫌な音と共に脳漿や目玉が飛び散る。
美凛達が悲鳴を上げる中、アレンは冷静にフレデリカに近付いて身体を回収しようとした。フレデリカは不死身だ。致命傷を負っても時間が経てば身体が再生する。しかし、アレンを邪魔する者が居た。
「あらあら、仕留めたのはフレデリカの方だったの。…あら?けどフレデリカなら仕留めるって言葉は違うわね」
黒いローブを纏った銀髪の魔人はクロスボウをゴミを扱うかのようにその辺へ放り投げてフレデリカの動かない身体を持ち上げた。
「…お前も〈大帝の深淵〉か」
女はアレンの頭よりもずっと高い位置に頭があり、視線を向けるだけで他者を見下すような雰囲気がある。
女はアレンを見下ろして茶目っ気たっぷりに笑った。
「あら?そっかそっか、アレンはこっちね。やだわぁ、間違えてフレデリカを撃っちゃった」
〈深淵〉の女はアレンに近付いて観察を始めた。剣を振って胴を薙ぐのも容易い距離だが、アレンの身体は金縛りにあったように動かない。
「本当に可愛い顔。私の好みだわ。そのすました顔をグズグズにしてみっともなく鳴かせたいくらいに」
女の吐息がアレンの耳を擽った。
「ねえ、私達について来ない?悪いようにはしないわ。たっぷり可愛がって、温かいご飯と服、お部屋もあげる」
身体を近付けて、わざと豊満な胸をアレンの身体に押し付けて誘惑する。しかしアレンはそれを無視して言う。
「要らない。フレデリカを返してもらう」
「…坊や、この女が大切なの?」
「別に」
「そう…このまま君を殺しても良いけど、それだと〈時空の書〉を手に入れられないわね。じゃあ、こうしましょう。君は一人でアルケイディア城の地下牢に来るの。そこで魔導書とこの女を交換しましょ?」
女は無造作にフレデリカの両目を抉り出してアレンに渡した。
「再会の約束に…ね?今は気絶してるみたいだけど…早く来ないと、この子は目が見えていない間にどんな怖い目にあうのか分からないわよ~」
どうやら女はフレデリカの身体が再生する事を知っているようだ。
アレンは素早く目玉を捨てて武器を取るが、女はそれより早く動いてアレンから距離を取った。
「ダメよ~。お楽しみの時間は、長い方が良いでしょ?」
そう言って女は立ち去ろうとしたが、アレンの方を振り向いて言う。
「…そうだ、私はヴェロスラヴァよ。覚えておいてね」
アレンは舌打ちすると目玉を拾って命令した。
「総員退却!」
しかし幹部の中の何人かがアレンの元へ集まって来た。
「アレン、どうするんだ?フレデリカが攫われちまうなんて!」
ネメシアはアレンの手の中にある目玉を見て顔を真っ白にしながら叫んだ。
アレンはひとりでに動く目玉を見詰めながら問うた。
「〈プロテア〉におけるフレデリカの存在価値は?どのくらい?」
誰も答えない。発言に失敗があれば、フレデリカはアレンから見捨てられる可能性があるから。さっき目玉を捨てたみたいに、軽く捨ててしまう気がしたのだ。
「まあ助けるけど」
「本当!?どうやって?」
口々に騒ぐ幹部達を静まらせてアレンは言った。
「一人であいつを回収してくる」
「一人で?」
美凛の話では、『黒い奴ら』がいっぱい居るとの事だ。大勢連れて行ってあの毒にやられてコンラッドを困らせる訳にはいかない。
「コンラッドが過労でぶっ倒れるから」
そのコンラッドは先程、魔力切れで倒れた。
幹部達は渋々頷いて引き下がるが、アーサーがふと質問した。
「お前、一人で城まで辿り着けるのか」
「…うぅ」
急に自信が無くなって情けない声を出したアレンにアーサーは溜息を吐いて言った。
「仕方が無い。貴族街まで送ってやる」
⸺そして今に至る。
「アレン、俺はその辺で待機してる。気を付けろよ」
「分かった」
アレンはアーサーと別れると正門から堂々と入った。
城の衛兵達はアレンに手を出さないように命令されているのか、アレンを睨むだけで何もしてこない。
(ヴェロスラヴァ達はあの日記みたいな魔導書を手に入れて何をするつもりだろう)
〈深淵〉は最初、アレンの命を狙った。しかし、ヴェロスラヴァはアレンを殺すつもりは無さそうだ。もしかしたら〈深淵〉は一枚岩ではないのかも知れない。これは〈大帝の深淵〉と温厚に接触して情報を得るチャンスだ。
考え事をしながら城への階段を登っていると、衛兵が槍で道を塞いだ。
「夜更けにどういった御用で?」
「ヴェロスラヴァに会いに来た」
「…通行許可証の提示を」
そう言う衛兵の声は心なしか震えている。
「通行許可証ってこれ?」
そう言ってアレンはポーチからハンカチに包まれたフレデリカの目玉を取り出すと、衛兵に渡した。
「か、確認します」
そう言って衛兵は暗がりでも分かる程に震えた手で目玉を遠慮がちに持つと、確認を始める。
憐れな衛兵が口を横一文字に引き結んで目玉をしっかり確認していると、目玉が勝手に動いて衛兵を見た。
「ひいいい!」
衛兵は悲鳴を上げると、目玉を放り投げて嘔吐した。
アレンは宙を舞う目玉をしっかり掴むと、ハンカチに包んで城へ入った。
城へ入ると、そこに居たのは人間ではなく、魔人のメイドだった。
「ようこそ、〈レジスタンス=プロテア〉のアレン様。地下牢まで御案内致します」
このメイドだけではない。使用人の全てが魔人で、廊下のいたる所に黒い制服を来た兵士の死体が転がっている。
(黒い制服は〈玄鉄騎士団〉か。確かゼオルが所属していたな。ゼオルは既に助けられていると知らずに救出に来たのだろうか)
それにしても酷い死に方をしている。全てが急所を外すように攻撃されている。まるでゆっくりと甚振るような殺り方だ。犯人はヴェロスラヴァだろうか。
アレンはヴェロスラヴァの言葉を思い出す。
『…早く来ないと、この子は目が見えていない間にどんな怖い目にあうのか分からないわよ~』
今頃フレデリカの身体は再生して相当痛めつけられている事だろう。
「随分とのんびり進むんだな」
「お楽しみはゆっくり、それがヴェロスラヴァ様の考えです」
別にフレデリカの事は心配だとは思っていない。だが、妙にそわそわする。
地下牢の通路へ入ると、落ち着かないアレンを見てメイドはせせら笑った。
「心配ですか?帝国で貴方は冷血漢と言われていましたが、案外そうでもないのですねぇ」
「…何が言いたい」
メイドはとある鉄扉の前に止まって手を掛けると言った。
「フレデリカとヴェロスラヴァ様は今、中でお楽しみ中ですよ。防音魔法が掛かっているので何も聞こえてませんが」
そう言って鉄扉コンコンと叩くと、扉の鍵が開いた。同時にくぐもった悲鳴が響く。
「アレン将軍、どうぞ中へ」
アレンは重たい扉を開けて中に入ると、顔を顰めた。牢の中では、四肢を拘束されたフレデリカが辱めを受けていたのだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる