創世戦争記

歩く姿は社畜

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バルタス王国編 〜騎士と楽園の章〜

スラム街跡

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「英雄は十万年以上前の存在だろ。何で革がこんな綺麗なんだよ。バルタス王国にある意味も分かんねぇし…偽物なんじゃないの?」
 フレデリカは本の表紙を叩いた。
「いや、アレッサンドロの魔法は物質を永久保存出来る。あんた三十年も帝国に居て何を見てきたのよ」
 アレンは不朽城とそれを囲む巨大な城壁を思い出した。聞いた話によれば、魔法族マギカニアが魔人へ変質し身長が二倍近く伸びた事で不朽城と城壁の大きさを変えた以外は、十万年間何も変わっていない。因みに城は建て直したのではなく空間ごと拡大したという逸話があるが、「出来る訳無い」と言い切れないのがアレッサンドロの魔法の恐ろしさだ。
「…」
 黙りこくったアレンにフレデリカは更にまくしたてようとしたが、周囲の人間が何事かと集まって来た。
「やば、続きは後で。坊や、ついて来て」
 フレデリカはその辺に居る構成員を呼び集めると、アレンの腕を掴んで歩き出した。
 アレンは距離が近いフレデリカに溜息を吐きながらも周囲を観察する。すると、一つ分かった事がある。
(皆、この餓鬼ガキを見てる)
 アレンにも魔法を操る西域の血は流れているので、少年の魔力を目視で確かめる事は容易い。しかし、少年は平均より魔力が高いだけで何の脅威も感じない。
 城を出て暫くすると、フレデリカが歩みを止めた。
「大勢が此処に居ると目立つから、皆は先に行ってくれる?私とアレンはこの坊やと話があるから」
 コンラッドが皆を引率して地下街へ向かって行く。
 アレンは腕を組んだ。
「話って?」
 フレデリカはそれに答えずに少年の手から青い本を取ると、少年に問うた。
「此処で見つけたんですって?」
「うん。騎士団がスラム街を焼き討ちしたのは知ってるだろ?」
 アレンは首を振った。フレデリカはスラム街だったその場所を見渡しながら言う。
「そうか、やっと理解したよ…アレン、百聞は一見に如かずと言う。時空魔法について教えてあげる。坊や、この本を買い取りたいのだけど、幾ら?」
「あげるよ。オイラ、きっと今日の為にあの襲撃を生き延びたんだ」
「じゃあありがたく頂戴するね。それから、一つ練習に付き合ってくれる?」
「良いよ」
 フレデリカはアレンを呼ぶと、アレンをじっくり観察した。
「気色悪いな…おい何考えてやがる」
「魔力が足りないなって。アレッサンドロの持ってた魔力の一割も無い」
「そりゃあ人間の混血だし」
 少年はアレンを見上げた。
「英雄アレッサンドロの力が使えるのに足りないの?それならその本使えないかな。すっごい量の魔力を秘めてる!」
「この坊やは察しが良いわね。その通りよ。アレン、魔導書を開いてみて」
 アレンは訝しげに青い本を受け取った。アレンが本に触れると、白い頁に文字や絵が書き足されていく。
「すっげぇ、文字がいっぱい!」
「…フレデリカ、これが魔導書なのは分かった。秘めてる魔力もデカいし。けどこの本の内容さ…日記だよ?」
 フレデリカの笑みが凍り付いた。
「嘘でしょ!?」
「例えばこの頁、『今日の夕餉はカプレーゼ』って古代語で書いてある」
「本当に日記だ…」
 口を揃えて言った二人にアレンは続けて読み聞かせる。
「他には女々しい内容もあるな。えーと、『あの時…』あれ、きったねぇ字だな…えーと、『○○に告白しておけば良かったと後悔しながら最近流行ってる春本(エロ本)をおかずに、彼女を想いながら自…』うわっ!?」
 突然本がアレンの手を離れると二倍の大きさに膨れ上がり、アレンの頭を強打した。それだけでは飽き足らず、魔導書擬きはアレンの身体の周りを飛び回って強打してくる。
「兄ちゃん、今度は右!姉ちゃん、あの本何とかしないと!」
 しかしフレデリカは顔を真っ赤にしたまま動かない。
「姉ちゃん?」
 フレデリカは目を潤ませてアレンを睨むと、凄まじい動体視力で魔導書を捉え、アレンの顔面に叩き付けた。
いったいなこの糞尼!」
「信じらんない!あの馬鹿!」
「馬鹿って、女の前で猥談したのは謝るけどさ、こんな殴る事無いだろ!」
「違うわよ!あ、アレッサンドロの奴が、に…お、オナニーしてるのが許せないのよ!」
「面倒臭ぇ女だなお前!おかずくらい選ばせてやれよ!」
 アレンは少年の方を向いて言った。
「お前、女には気を付けろよ。こういう怠いのは一定数居るからな」
「誰が怠い女よ!巫山戯んじゃないわよ!」
「姉ちゃん落ち着いて!」
 十分程かけてフレデリカを宥めると、フレデリカはぶすくれた顔のまま飛び回る魔導書を捕まえてアレンに渡した。
「日記だけど、魔導書として使えるから!」
「はいはい分かったよ…で、練習って?」
 フレデリカは少年をアレンの前に立たせた。
「この子の記憶を覗くの。この本が何処にあったか、その時この場で何があったかを確かめる」
「どうやるの?」
「私が誘導する」
 少年は偉大な魔法を見られる事に興奮しているのか、練習に乗り気だ。
「坊や、名前は?」
「オイラはパカフ!」
「アレン、パカフの額に触れて。脳は記憶や感情を司る。人に触れるのが最初はやりやすいわ」
 アレンがパカフの額に触れると、フレデリカが問う。
「準備は良い?」
「ああ」
「魔導書を開いて、目は閉じて」
 フレデリカが指を鳴らすと、アレンは身体が何処かへ引きずり込まれるような感覚に陥った。
 目を開けると、そこは暗い海のような場所だった。アレンは思わず上を見上げる。
『落ち着いて、慌てなくて良い。今君に私の魔力を通して何を見ているのか調べてるけど、君の場合は海なんだね。君がしっかり自我を保っていれば記憶の海に沈む事は無い』
 アレンの足元、深海から映像が映った大きな泡が幾つか昇ってくる。
『やっぱりパカフは幼いから記憶が少ないね。アレン、この泡は記憶。泡に触れれば記憶を覗ける。探してみて』
 アレンは下へ下へと深く潜ると、途中で炎が揺らめく泡を見つけた。
「フレデリカ、目当ての物はこれか?」
『そうそれ』
 泡に触れると、アレンの身体は泡に飲み込まれた。直後、凄まじい熱風が吹く。
「うわっ…!」
『聞いてた話より酷いね…君は今、パカフの身体で記憶を体験しているけど、不調は無い?』
「いや、無い。だが…」
 この感覚は何だろう。アレンはぎゅっと胸が締め付けられる感覚に陥った。
『母ちゃん、母ちゃん!』
 褐色の手が燃える木材の下敷きになった女の手を引っ張る。
『パカフ…、早く、逃げて…!』
 女はどうやら、パカフの母親だったようだ。
 フレデリカの声がする。
『パカフ、もう少し耐えられる?…うん、良い子』
 パカフがもう一度母親の手を引っ張ったその時、炎に包まれた木材や瓦が母親を押し潰し、腕が千切れた。次の瞬間、記憶の世界にノイズと振動が走り、アレンの身体が外へ引っ張られそうになる。
「…っ、記憶の世界が揺れてる…!」
『パカフ、頑張って!』
 幼い少年は過去の苦痛に耐えながら協力してくれている。
(パカフの為にもさっさと終わらせないとな)
 記憶を早送り出来ないか考えると、時の流れる速度が変わった。
『アレン、倍速にした?』
「ああ、パカフが可哀想だろ。さっさと終わらせるぞ」
 時の流れが変わってもアレンは注意深く周りを確認する。走るパカフの視界には騎士団が映っている。
(騎士団が居るな。先頭はカーヴェルの奴か。何か指示をする筈だ)
 アレンは速度を戻すと、カーヴェルの号令に意識を向けた。
『皆の者、〈時空の書〉を探せ!浮浪者ジプシー共は皆殺しにしても構わん!』
 パカフはこの時あまりカーヴェルに意識を向けていなかったのか声は遠くぼやけていたが、確かに〈時空の書〉と言った。
(時空の書…?)
 パカフは騎士団の視界から隠れようと近くの土手を降りて橋の下の小屋へ駆け込んだ。そして、そこで青い本を見付ける。
『本?何だこりゃ、光ってるぞ』
 青く輝く本は少年パカフを⸺否、アレンを呼ぶようにゆっくり明滅を繰り返している。
 パカフは頁を開いて何か呟いくと、その辺の布を引っ張って本を包んだ。そして小屋を出たところで記憶は終わる。
「…パカフ、大丈夫か?」
 蹲って震える少年は何とか首を縦に振った。
「…うん、びっくりしただけ…」
「フレデリカ、この魔法は記憶の主にも影響があるのか」
 フレデリカは顎に手を当てた。
「少なくとも知ってる限りは無いよ」
「…そうか」
 アレンは本とパカフを交互に見た。
「フレデリカ、パカフを連れて行きたい」
「え?」
「恐らく騎士団が狙っていたのはこの本だ。そしてパカフはこの本を何年か持っていた。この本の魔力の残滓が身体に付着している可能性がある。万が一を考えたら、パカフをこのままにするのは良くない」
 フレデリカはその言葉に頷いた。
「そうだね。パカフ、一緒に来てくれる?」
 パカフには行く場所が無い。分かりきった事だが、アレンとフレデリカはそれでもこの少年の意思を知りたかった。
「行く。兄ちゃん達、騎士団と仲悪いんだろ?オイラ、騎士団と帝国が憎いよ…!」
 アレンはパカフに視線を合わせた。
「俺は帝国の十二神将だった。〈プロテア〉は戦力の大半を失い、この国の戦力とは正面きって戦えない。それでもついて来るか?」
 パカフは憎しみに染まった目をぎらつかせて頷いた。
 アレンは立ち上がるとパカフに手を差し伸べた。パカフはその手を取らずに跪く。
「その為にオイラ…オイラはあの時あの本を拾った。きっと天命だ。本の所持者に仕えるのがオイラの宿命だ」
 アレンは手を下ろすと冷たい声で言った。
「天は糞だ。だが、それはお前の意志なんだな?」
「オイラ…いや、俺はあんたに忠誠を誓う」
 まだ声変わりもしていない幼い少年に目を細め、アレンはパカフを立たせて言った。
「歓迎しよう」
 パカフは差し出されたアレンの手をしっかりと握り締めた。瞳に燃え滾る憎悪を宿して。
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