創世戦争記

歩く姿は社畜

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バルタス王国編 〜騎士と楽園の章〜

〈大帝の深淵〉

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「〈大帝の深淵〉?」
 除霊師は切れ長の目を僅かに見開いてアレンの顔を見詰めた。
「元十二神将でありながら、御存知ない?」
「知らない」
「…何と、十二神将でもかの存在を知る者と知らぬ者が居るとは…」
「…それの存在を知ってる十二神将は、コーネリアスか」
「ええ」
 アレンは驚かなかった。コーネリアスは武勇に秀で、皇帝からも重宝されていた。重大な情報を握っていてもおかしくない。
 除霊師はアレンの右腕を見て続けた。
「奴らは毒を使います。貴方のその右腕、それも奴らの仕業です。コンラッドから報告書を貰いましたが、血清はちゃんと効いたようですね」
「あんたが提供者だったのか」
わたくしの血ではありませんが、私達が研究しています。毒がどの植物、生物、或いは合成物なのかは分かってはいませんがね」
 除霊師がそう言うと、コンラッドが口を開いた。
「教えてやったらどうだ?何故オグリオン唯一人が奴らの襲撃にあって生還出来たのか」
「これコンラッド、物事には順番があるのですよ。一気に言っては彼が混乱するでしょう」
 除霊師はコンラッドの方へ顔を向けて言ったが、一瞬だけその朱色の瞳をアレンに向ける。
(聞けば教えてやる、そういう事か)
「どうしてオグリオンのみが生還出来たんだ?」
 除霊師はアレンに顔を向けると笑みを浮かべた。
「よくぞ聞いてくれました。ここからは〈桜狐オウコ〉のアピールタイムです」
 アレンの耳にコンラッドが囁く。
「気を付けろ、除霊師が宣伝モードに入った」
 除霊師は何処から取り出したのか、分かりやすい絵が描かれたスケッチブックを取り出して説明する。
「私達〈桜狐〉は戦力的に言えば〈大帝の深淵〉の中位層程度になります。なので、オグリオン達の一件では私達が戦闘に乱入したのです。凄いでしょう」
「オグリオンとコーネリアスって強いよな。そいつらを殺せる〈深淵〉も強いんだろ?」
 除霊師は「凄い」と言って貰えなかった事が不服なのか、口を僅かに尖らせた。
「私が〈深淵〉の中位層程度と言いましたのは、〈深淵〉は個体の強さがピンキリなんですよ。下位層の者であればクルト君と良い勝負ですし、中位層は私やファーティマ君達と同レベルです。上位層とは戦っても勝てないので逃げてますけど」
「戦っても勝てないって分かってるのは、戦った事があるからだろ?」
 除霊師は目を細めてコンラッドに救いを求めた。
「コンラッドや、この者が傷口に塩を塗ってきます」
「私に助けを求めるんじゃない…アレン、除霊師は私とアーサーよりも強い。その除霊師ですら惨敗する程の強さが〈深淵〉だ」
「惨敗とか言わないでくださいよ」
「いや、隈取が取れるくらい泣いて帰ってきたじゃないか」
「コンラッドや!そんなんだから二百歳になっても彼女が居ないんですよ!」
「はぁぁぁぁ!?」
 アレンは流石に除霊師が不憫だと思ったので、コンラッドから除霊師の意識を逸らさせる。
「じ、じゃあ、他の強い人達だったら?〈深淵〉の上位層に勝てそうな人物って居るのか?」 
 居るのであれば、是非とも協力関係になりたい。しかし返ってきたのは沈黙だった。
「居ない…?」
「いや…可能性としては…」
 コンラッドは難しい顔をしながら候補者の名前を出した。
「推定だが、グラコスのキオネ気狂いと、苏安スーアン苏月スー・ユエ、クテシアのヌールハーンくらいか」
「そうですね。戦えてもあの三人くらいでしょう。或いは、最盛期のフレデリカですかね」
 突然話を振られたフレデリカは驚いた顔をするが、直ぐに不機嫌そうな顔をした。
「今の私じゃ勝てないとでも!?」
「除霊師ですら勝てないんだぞ」
「コンラッド、お黙り!」
 アレンはこの『餓鬼ガキみたいな年寄共』に呆れ始めていた。
「まぁ良いや、フレデリカは置いておこう」
「私をそんな軽率に置いとくんじゃないわよ」
 コンラッドが魔導書でフレデリカを叩いた。
 悶絶するフレデリカを置いて、アレンは問うた。
「そんな危険な相手と戦うって事をアーサは理解してたのか?」
 コンラッドと除霊師は顔を見合わせた。
(アーサーお前さぁ…)
 〈大帝の深淵〉に対抗出来るような戦力にしなければ、推定で上位層と同等の戦闘力を誇るキオネ達には認められない。
「正攻法じゃなくても勝てるようにしないとな」
 アレンは不朽城での襲撃を思い返す。あの時の刺客は純粋に物理での殴り合いならアレンより強かった。しかし魔法ともなるとそうは行かない。結局はぎりぎりまで追い詰められたアレンによる時空魔法で不意を突いて勝った。窮鼠猫を噛むと言うが、ネズミは結局どう足掻いてもネズミ。カピバラになる事はあっても、結局はネズミである事に変わりはない(因みにカピバラは世界最大のネズミ)。
「奴らは傲慢だ。勝てると踏むや否や、簡単にボロを出す」
 フレデリカは鼻を鳴らした。
「アレッサンドロについて行った魔法族マギカニアはどいつも傲慢だった。簡単につけ上がり、簡単にキレる」
「まさかそんな、全員が全員そうじゃないだろ?」
 フレデリカは目を見開いてアレンを見詰めた。
「…驚いた、帝国は子供に『人間は全て悪しき存在だ』と教えていると思ったよ」
「俺は学校行ってないから知らないけど…勉強で思想を叩き込まれて真に受けてるのは極一部って感じだぞ」
「あんたが居たから皆気遣ってたって事は無い?」
 フレデリカがそう言うと、コンラッドと除霊師が鋭く声を上げた。
「フレデリカ!」
「お黙りなさい!」
 フレデリカは慌てて謝罪する。
「ごめんアレン!」
 焦った顔で謝る。どうやら本心のようだ。しかし、このまま終わるのは実に興醒めだと思ったアレンは、巫山戯る事にした。
「ふん」
 頬を河豚のように膨らませてそっぽ向くと、フレデリカが悲痛な叫びを上げた。
「えええええ!許してよぉ!」
 フレデリカの叫び声に吊られた何人かがアレンの顔を見て笑う。
「ねえ、あんた巫山戯てる?巫山戯てるでしょ!」
 薄暗い路地裏の酒場に陽気な笑い声が響いた。

 アレン達が楽しく晩ご飯を食べている、丁度その頃。
「亀裂が広がっている…」
 青空のような長い髪を束ねた青年キオネが巨大な望遠鏡を覗きながら羊皮紙に何やらメモしている。
「マダム・アミリ、君も見て御覧よ」
 キオネが顔を上げると、視線の先で翼の生えた女が持つ水晶盤の中から一人の美女が抜け出して来た。
 美女はキオネが見ていた望遠鏡を覗き込むと、「ほぉ?」と言って黙り込んだ。
「やはり君からしても興味深いか」
「…キオネ、望遠鏡を少し右へ」
「御望みのままに」
 彼女は魔導王国アミリ朝クテシアの女王ヌールハーン。膨大な魔力を持つ彼女は、魔力で遣り取りする水晶盤に自身の魔力を注ぎ込んで任意の場所に分身を送り込めるが、物には触れる事が出来ない。
 顔を上げたヌールハーンの顔は好奇心を満たした子供のように嬉々としている。研究者の顔だ。
「あのような膨大な魔素の塊、見た事が無い。恐らくあれが時空を司る女神の魔力…」
 うっとりと、官能的な響きを声に纏わせて彼女は言う。
「気になっていたんだ。何故マダムは空の亀裂に興味を示す?〈灰より還りし魔女〉の言葉かい?」
「フレデリカの奴も〈第三次創世戦争〉もどうでも良い。我は只、気になって仕方がない」
 ヌールハーンは褐色の手を天へ伸ばした。
「あの亀裂の向こうに潜む脅威、神秘…果たしてそれは人の身で臨めるものなのか…」
 そして天へ伸ばされた美しい手が拳を作る。
「我の手で殺せるのか」
「フッ…酔狂だね」
「何とでも言うが良い」
 ヌールハーンは薄く笑うとキオネに近付いた。
「貴様らも〈破壊の眷属〉ならば気にならぬか?空の彼方、祖先の見た化物共を」
「フフ、とても気になる」
 ヌールハーンは満足そうにキオネに背を向けると言った。
「久方振りに心が踊った。しかし次の戦が我を呼んでいる」
「状況は良くないのかい?」
 水晶盤へ戻ろうとしていたヌールハーンは足を止めて顔だけ振り向くと答えた。
「否。貴様には解る筈だ。我らは⸺」
 二人の声が揃う。
「戦い無くして生きてはいけない」
 二人は笑みを零した。
 キオネが別れの言葉を告げる。
「マダム、君の征く乾いた道に赤き花が咲き乱れる事を願おう」
「貴様の征く海路が赤く染まる事を願おう」
 ヌールハーンはそう返すと水晶盤の中へと消えた。
 キオネは空を見上げた。
「女神トロバリオンが近付いて来ている。間もなく、偽の〈創り手〉が裁判神官によって裁かれるだろう」
 〈創り手〉⸺それは〈創世戦争〉で世界を創造した二人の偉大な魔法使い。英雄は四人居るが、その内の二人の魔法使いを人々は畏怖の念を込めてそう呼ぶ。
「キオネ、まずい事になった」
「どうしたんだい、ドゥリン」
 翼の女ドゥリンが水晶盤を見ながら言った。
「裁判神官長が死んだ」
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