亡くし屋の少女は死神を雇う。

散花

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第二章

花が咲き開いたかは本人のみ知る。1

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「お待たせー、で君の悩みはなんだー?」
 トイレから戻ってきた植原さんは変わらず上機嫌だった。少し足取りすらふらついてるようにも見えたが、酔っぱらいなら酔っぱらいで話すことも忘れるかもしれないしと、オレは気軽に話すことにした。
「悩みっていうか……。オレ、生きていた頃の記憶がないんです」
「へぇーそれじゃあ人間じゃなかった可能性もあるのか」
「いや……さすがにそれはないと思いますけど。名前は思い出せましたし」
「あ、名前聞いてなかったね。ごめんごめん、君の名前は?」
「タナカカズトです」
「ふーん普通だね」
「オレもそう思います」
(が、人に言われるとなんとなく尊厳を傷つけられた気がするのは気のせいだろうか)
「で、なんだっけ死神だっけ」
「はい、それで色々あって『亡くし屋』っていう仕事をしている子の専属みたいな感じでやってます」
「そう、亡くし屋、ね」
一瞬、植原さんの反応が変わったかと思ってまずいことを言ったのかと思ったがすぐに元に戻った。
「それで? 仕事で失敗しちゃったの?」
「う、まぁ……はい」
「失敗の一つや二つ、呑んで忘れろーって言いたいところだけど、君の仕事はそういうわけじゃなさそうね」
「植原さんは、見える体質って言いますが、それって幽霊とかですか?」
「そうだね、死んだとき、此の世に未練……というか心残りがある人がそうなるんじゃないかなって思ってるよ」
「死神の仕事っていうのは、魂を無事に天界というところに送るって上司が言ってたんですが……」
「へぇー! 君にも上司がいるんだ。面白いね」
「上司っても年端は見た目的に変わらなさそうですけど。それで、この間は時間がかかりすぎてうまく断ち切れなくて」
「魂を?」
「はい」
「なるほど、それでその人は幽霊になった。って思ってるんだ」
「そう、言われたので」

「きっと、それは君の考えすぎだよ」
 植原さんは缶を持ちゆらゆらしながら、微笑み答える。
「え?」
「魂を断ち切るのが君たちの仕事だとしてもさ。人間の怨みとか呪いとか妬みとか願いとか、そういうの自体ってとても強いモノなんだよ。だからその人の魂は断ち切れてもその場に思入れがあったり、未練があったら、それはもう魂とは別なんじゃないかな?」
「それってどういう」
「君は魂って何だと思う?」
「えっと……」
オレは考えたこともなかった。『魂』がなにかなんて。
「私は、だけど。その人の本質、とかその人を形成するものだと思ってる」
「でも、想いは別。その魂が想ったこと願ったこと感じたことは『感情』って魂とは別の、なんて言えばいいかな。例えば洋服とか……、ほらみんな素っ裸で出歩かないじゃない。そういうになるの」
「それも含めて魂って言うかもしれないていうのはあるけど。私は別だと思ってて、だから人間って考えが変わったり、思ってることも変わったりするんだと思う。洋服も気分によって変えるでしょ? まぁ変えない人も中にはいるかもしれないけど」
「で、君が魂を断ち切ったとして。その纏ってた感情は主を失うの」
「それが……幽霊になる」
「そう。あくまで私の考える一例だし、実際がどうかなんて私にはわからないけどね」

「………………」
 目から鱗、そう例えるにはまだ理解できていない部分もあるが、そういう考えがあるのか。となにか腑に落ちた。
「もう一度言うけど、あくまで私の考えだし、それこそ諸説あったり実際は違ったり、人によって考えは違うからね? でも何かのきっかけになったり、君がちゃんと考える参考にでもなれたら嬉しいかな」
「君はまたこれから自分で考えて、しっかり自分で自分の答えを見つけてほしいな」
植原さんの顔を見る。顔は赤いままだったが、両肘をつき手を組んだ上に顎を乗せて、ニコニコしている。
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして。って言っても私が勝手に話してるだけだし、これだって傍から見たら独り言のようなものなんだからいいのよ」
「そうですか」
「うん。でも君、ううん。カズト君にこうして伝えられたんだから、私にもちゃんと意味はあったかなって」
「?」
「いや、こっちの話。付き合ってくれてありがとう」
「いえ、本当にその、ためになりました」
「ふふよかっ──」
植原さんは段々とそのまま体勢が崩れてきていて、最終的に机に突っ伏す感じで寝落ちした。
「まじか……」
とりあえずこのまま風邪をひかれても困るので、近くにブランケットのようなものがあったから引っ張って取り出し掛ける。
「………………」

 さてどうするか。このままここに居ても仕方ないし、かといって特にやることはないけれど。
少し考えて、やはり女性の部屋に、死んでいるし死神とはいえ、部屋の主も寝てしまってる今、長居をするのはよくないと思い帰ることにした。
もともと忘れ物を届けるだけだったはずだが、思わぬ話もできていい時間だったと思う。植原さんに感謝しながら部屋を後にした。
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