亡くし屋の少女は死神を雇う。

散花

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第二章

花が咲き開いたかは本人のみ知る。2

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 植原さんとの出会いから数日。オレと亞名、もとい亡くし屋は特に変わり映えのない日常を送っていた。
正直、オレは亡くし屋の仕事がある日以外はすることがなく暇だった。亡くし屋の仕事も基本的には夕方から夜にかけて。病院や施設からの依頼以外は、月に一回あるかないからしい。
亞名は学校に毎日行ってるが、部活などはしていない様子。テスト期間がそろそろらしく何もない日は部屋で勉強をしている。
お互いの生活にあまり干渉はしないものの、ご飯は一緒に食べる。が、亞名は基本的に無口なため、オレも話す話題もなく静かに時間は流れていく。
「……亞名はこれでいいのか?」
ふと、口に出た。
「なにが?」
なにがと聞かれてすぐに答えが出るほど具体的な質問をしたわけではなかった。
「えっと、この生活?」
「わたしは変わらないけど」
「ですよね」
亞名は別にオレが居ても居なくても生活になんの変化もないんだ。そんなことはわかっている。
「………………」
「………………」
また静かになってしまった。が、静寂の中亞名の携帯端末が鳴る。
「電話?」
「ううん、依頼」
「個人の依頼か」
 あの日以来だ。病院や施設からの依頼は本人が納得した上での亡くしだが、個人からの依頼は本人からといえど、死にたくて頼むってことは事情がそれなりにあるってことだ。オレもちゃんと向き合うためにしっかりと心持ちを持たねばならない。魂は断ち切れても未練だけ残ってしまうなんて、寂しいと思う。オレがしっかりやればちゃんと心残りなく逝けるのだから。そうすれば亡くし屋という仕事も意味を持つのだろう。そんな気がする。
「かずと、明日平気?」
「おう」
「じゃあよろしく」


 翌日、亞名が学校から帰ってくるのを待って、二人で裏庭に向かう。オレは少し緊張していた。扉の先、階段を降りながら亞名はそんなオレに気づいたのか、いつもは黙っているのに珍しく口を開く。
「大丈夫だよ」
「え、あ、なにがだ?」
「………………」
意味は自分で考えろってことなのか、その一言だけ言い放った。
(大丈夫、か)
それはオレに対してなんだろうか? それともやっていること? もしくは自分に? 色々捉えることが出来るが亞名が言うならそうなんだろうという気持ちにはなった。
着いた扉を開くと、いつもの吸い込まれそうな風が吹き荒れる。顔を腕で覆うがこれには慣れない。亞名はよくいつも真顔でいられるな。と感心する。

 着いたのはどこかのアパートの廊下。何故か見覚えがある。
「ここって……」
亞名は迷いなくある部屋の前に行き、インターホンを押した。ドア付近に部屋の持ち主であろう名前が書いてある。
「『植原』……あぁやっぱり」
「かずと、知り合い?」
「あー、知り合いというか、まぁ」
説明しようとしたらドアが開く。
「やー、いらっしゃい」
ドアを片手に開けた植原さんは笑顔で出迎える。
「へぇ、君が亡くし屋さんなのね。はじめまして」
「はじめまして」
そしてチラッとオレの方も見る。
「ま、立ち話もあれだし入って」
「お邪魔します」
「あ、お邪魔します……」
部屋はこの前と打って変わってとてもよく片付けられていた。というより置かれている物がほとんど無かった。
「ごめんね、今日はなにも出せなくて」
「あ、いえ……」
オレに対して言ったのだろうと受け取り返事をする。
「亡くし屋さんは、なんてお名前?」
「……雪乃亞名です」
「そっかー、亞名ちゃんって呼んでいい? 私は植原花麗」
「どうぞご自由に。お名前は存じています」
「あはは、そうだよねー依頼したの私だし」
堅苦しい亞名と、テンションが高い植原さん。二人の会話はどことなく噛み合っていない。
(というか、テンションが高いのってまた酒でも呑んでたのか?)
キッチン付近を見ると酒の空き缶だけが散乱していた。
「カズト君とはねー、以前私が間違って呼び込みで声を掛けちゃってね。その時勢いでその場から走っていって、社員証落としちゃったんだよね。それを拾って届けてくれたんだ」
「そうなんですね」
「ま、この社員証、私が勝手に作ったレプリカ? みたいな物なんだけどねー」
「え!」
衝撃の事実。
「ごめんね、あの時言わなかったけど、これ親とかに見栄を張るためだけの物だったんだよ」
「まぁでも、お守り、でもあったかなー」
そう言う植原さんは少しだけ寂しいような表情を見せた。
「ちょっとだけ、お話ししてもいいかな?」
「はい」
「あ、カズト君は悪いけど外で待っててくれる? 亞名ちゃんと二人で話したいから」
「え、あ、はい、いいですけど」
「ありがとう」
そう言われたのでオレは大人しく一人玄関から出てアパートの廊下に出た。
ふと空を見上げると、今日は満月らしい、まだ少し明るい中に薄っすらと月の面影があった。
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