イケメンエリート軍団の籠の中

便葉

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何でもない世界は本当は美しい世界

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「ごめんなさい、遅くなって…」


 舞衣は凪の顔から冷たさがなくなるのが分かった。舞衣が来てホッとしたような、そんな悩まし気な顔になっている。

 凪は何も言わず舞衣の肩を抱き寄せた。舞衣のお人好しな性格に言いたい事は山ほどあったが、でも、今夜はもっと他の大切な話をたくさんしたい。少ない時間を二人のために価値あるものにしたいから。


「階段から降りようか」


 凪の住居フロアは2階下のフロアため、凪は非常階段の扉を開けた。舞衣の手を取り、ゆっくりと階段を下りる。


「ほら、ここからの景色見てみ」


 凪の視線の先をたどると、階段の踊り場に小さな四角い窓があった。


「ちょうどキャンバスサイズの窓だから、絵画のような不思議な景色に見えるんだ」


 舞衣は凪の手を握ったまま、その窓を覗き込んだ。


「あ…… スカイツリーが見える…」


 舞衣は頭の上で凪がクスッと笑うのが分かった。


「ねえ、この景色をちゃんと覚えておこう。

 この小さな窓から見えるこの夜景は、俺にとって、特別なものになった。
 俺の中の夜景ランキング一位に急上昇した」


「え? 一位に…?」


 舞衣が振り返り凪の顔を見ると、凪は今まで見たことのない穏やかな笑みを浮かべている。


「小さな箱の中を覗くと、気が遠くなるほどの美しい世界が広がってる。
 今の俺には、そんな風に見える……

 なんだろう……

 きっと、舞衣を近くに感じて一緒に見てるからかな…?
 舞衣と一緒にいると、今まで見えなかったものも見えるような気がするんだ…

 不思議だよな…

 世界って、こんなに美しかったんだ……」


 舞衣と凪は顔を見合わせ、またその小さな窓から見える夜景をしばらく見ていた。すると、急に、凪が何かを思い出したように舞衣を自分の方へ向かせる。


「ねえ、さっきの5分50秒の落とし前はどうつけてもらおうかな」

 5分50秒?
 あ、さっきの遅刻のやつ??

 凪はいつもの意地悪な少年に戻り、舞衣の表情を面白そうにうかがっている。


「落とし前って……
 何をどうすればいいですか…?」


「何をしてくれる?」


 舞衣は何をどう言えば凪が喜んで納得してくれるのか全く見当がつかない。でも、そんな舞衣に、最高にナイスなアイディアが舞い降りた。


「じゃ……
 今夜は、青と黒の2バージョンのうさ子に変身します。
 それでいいですか…?」


 凪は上目遣いでそう答える舞衣を食べてしまいそうになる。


「最高に嬉しい落とし前のつけ方だけど、それじゃ、まだ1分50秒分だな…」


 俺はバカな悪魔か鬼か…?


「え? じゃ、あとの4分は何をすれば」


 困ってそう言う舞衣を、凪は階段の一段上に立たせた。


「舞衣の方から俺にキスをして……」


 階段の一段下に立っている凪の顔は、ちょうど舞衣の顔より少し下にある。舞衣は照れくさそうに凪の肩に手を置き、優しくキスをした。二人のくちびるがぎこちなく触れ合う中で、凪は意地悪に微笑んでこう言った。


「4分間、舞衣がリードして…」


 悪魔だろうが、変態だろうが、何を言われても俺は舞衣に全てでひれ伏している。
 こんな甘い媚薬を覚えてしまって、俺は、舞衣なしで生きていけるのかな……



 凪の部屋で、二人に言葉はなかった。一分一秒を惜しむように凪は舞衣を何度も抱いた。

 舞衣は、凪が注いでくれたワインに一口も口をつけていない。
 本当は切なくて悲しくてやりきれない現実を忘れるために酔った方が楽なのは分かっていたけれど、でも、凪の温もりと凪の匂いを忘れたくはなかった。
 これから凪との未来をしっかりと考えていく上で、舞衣にとって必要不可欠となっているこの凪の温もりと匂いだけはちゃんと覚えておきたかった。

 キングサイズの凪のベッドの中で、舞衣は眠れずにいた。もう時計は真夜中の3時をさしている。


「舞衣はもう寝なきゃ…
 明日、普通に仕事があるんだから。
 ほら目を閉じて…」


 凪はそう言いながら、舞衣を優しくシーツで包み込む。そして、舞衣の頬を優しく撫でると、リビングの方へ歩いて行った。

 凪が部屋から出た途端、舞衣の中で寂しさと喪失感が溢れ出し涙が滝のように流れ始める。涙は止まる事を忘れたみたいに嗚咽となって、舞衣の心を苦しめた。
 舞衣は分かっていた。もう凪なしでは生きていけない。でも、だからといって、仕事も何もかも置き去りにして、アメリカへ行く事はきっと許されない。
 真面目過ぎる舞衣にとって、アメリカ行きは気が遠くなるような夢のような話だった。


「凪さん…?」


 凪が恋しくなった舞衣は、凪を捜してリビングへやって来た。
 凪はリビングの全てのカーテンを開け部屋の照明はつけずに景色の明かりの中で、静かにウィスキーを飲んでいる。


「どうした? 寝れない?」


 ボサボサになった髪をかき上げて切なそうに微笑む凪は、青色のうさ子になっている舞衣を優しく自分の隣に引き寄せる。


「俺のうさ子はなんでこんなに可愛いんだ?」


 凪は舞衣を抱きしめるために、右手に持っていたグラスをテーブルに置いた。


「家でワイン以外のお酒を飲む凪さんを初めて見た」


 舞衣は凪から漂うウィスキーの香りを大きく吸い込んだ。凪はそんな舞衣の顔を覗きこみ、小さくため息をつく。


「また泣いてたろ? 鼻が赤くなってるし」


 舞衣は凪のその言葉を聞いて、また涙が溢れ出した。凪は、そんな舞衣を優しく包み込むように抱きしめる。


「こんな事言うのは卑怯なのかもしれないけど…
 聞いてくれる?」


 舞衣は小さく頷いた。


「なんかさ…

 自分の未来なんて、俺、今まで何も考えることはなくって、今が充実していればそれでいいって、それくらいのもんだった…

 最近っていうか、舞衣に会ってから、俺の中の今まで眠っていた不思議な感情があちこちで目を覚ましてる。

 あ~、ニューヨークに行きたくねえ…とかね」


 凪はまだ肩を震わせ泣いている舞衣を、更に強く抱きしめた。





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