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第九話 シャルロッタ・インテリペリ 一〇歳 〇八

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「クハハハッ! これは楽しそうだ!」

 カトゥスが両手を広げると、その両手に魔力が凝縮されていく……魔力は闇へと変換され、その手のひらにまるで泣き叫ぶような複数の顔が顕現していく。
 死霊魔法ネクロマンシー……生と死ライフアンドデスを司る魔法体系で、文字通り死んだものに仮初の命を与えたり、その逆に命あるものを殺すことに特化している魔法だ。
 割と勘違いされているけど、これ自体は邪悪でもなんでもなく生命を操るだけなのだが、割と見た目と使用目的で損をしており、学ぶものはそれほど多くない。

「初手でそれか……ッ!」
 わたくしは空いている左手に魔力を込める……カトゥスの放とうとしている魔法は死霊魔法ネクロマンシーの中でも結構高位の魔法である死霊の蠢きスピリットリグル、要するに無理やり召喚した死霊を弾丸のように放つ魔法だ。
 それを両手で同時に二発放とうとしている……その事実だけでも割と目の前の悪魔デーモンの実力がわかると言うものだ。
「死霊に噛み砕かれて死になさい……!」

「シャル!」

「ユル、こっちはいいから生霊レイスを減らして!」
 ユルが慌ててわたくしを守ろうとするが、それを制して生霊レイスへと向かわせる……あっちの方がそもそもの数が多く、わたくしが悪魔デーモンを相手にした方がいいだろう。
 自分の方向にわたくしにしか向かってこないことで、与し易いと判断したのかカトゥスは口元を歪めると、両手に集中させる魔力をさらに増大していく。
 極大まで収縮した魔力により顕現した死霊たちが、悲痛な叫び声を上げる……次の瞬間、カトゥスの両手から死霊の蠢きスピリットリグルが同時に放たれるが、呻き声を上げながら迫る魔法を前にわたくしは左手に溜め込んだ魔力を解放して防御魔法を放つ。
「光よ我が元へ……光の盾ライトシールドッ!」

 わたくしの前面に光り輝く盾が出現し、飛来した死霊の蠢きスピリットリグルを受け止め軽く撓んだ後、共に消失していく……こいつは割と初級の魔法の一つだが、防御力は込める魔力によって多少変わり、魔法だけでなく物理攻撃も受け止めることが可能だ。
 まあ……高位魔法を受け止めるほどの防御性能は本来無いため、死霊の蠢きスピリットリグルと対消滅したのを見てカトゥスがおや? と言う表情を浮かべる。
「……その魔法で受け止められるような攻撃では無いはずですが……」

「世の中魔力を込めれば大体どうにかなりますのよ?」

「なんて雑な……だがそう何発も受け止められるわけではないでしょう?」
 カトゥスが呆れたような顔で、再び魔力を集中させていく……割と彼の攻撃はオーソドックスに権能を生かした魔法攻撃か……ならなんとかなるな。
 ユルの方を軽く横目で確認するが凄まじい数の生霊レイスを相手に暴れ回っている……生霊レイスは触れた相手の生命力を削り取るが、触れるという攻撃の特性上仮初の肉体を持っており、物理で対処できる不死者アンデッドの一つでもあるのだ……つまり殴れば倒せる。

 ユルは黒い毛皮と、炎を纏う尻尾をしなやかに動かしつつ、生霊レイスを噛み砕き、攻撃を避け、そして次第に数を減らすことに成功している。
 次はわたくしだな……カトゥスが再び死霊の蠢きスピリットリグルを放つ、確かにこの魔法を連発できる魔力はなかなかにすごい。
 だけど……これだけじゃあ魔王を討伐した勇者わたくしの命には届かない、わたくしは左拳を腰だめに構えると、力を込めて後ろに引きしぼり、少しだけ腰を落とす。
 素手で殴り掛かろうかというわたくしの姿勢に、悪魔デーモンが馬鹿にしたような嘲笑の表情を浮かべる。
「なんだ、次は魔法を素手で殴ろうとでも言うのかね! それこそ非現実的ではないか!」

「もう一つ……あなたの知らないことを教えて差し上げてよ、感謝くださいましね」

「……何だ!? 生意気な小娘が死霊の蠢きスピリットリグルで噛み砕かれて泣き叫ぶところをか?!」

「世の中は、腕力パワーがあれば大抵どうにかなりますわ」
 わたくしはその言葉と同時に拳に魔力を乗せて軽く突き出す……空手の正拳突きに似たその拳から放たれた衝撃波の勢いで、迫り来る死霊の蠢きスピリットリグルが一瞬で蒸発し、そのまま悪魔デーモンの右腕ごと吹き飛ばし、後ろにあった家屋を粉砕して森の一部と地面を轟音と共に抉り取っていく。
 まるで巨大な大砲、いや地形を軽く変えるほどの威力により、ユルの近くにいた生霊レイスも一瞬で消滅していく。

「……は? え? 腕?」
 カトゥスは肩から吹き飛ばされた右腕を見て、呆然としている……彼らに痛覚がないわけではないが、あまりに非現実的な光景に彼の思考能力が追いついていないのだろう。
 わたくしが放つ渾身のストレートは、勇者時代の能力で放つことで地形を変えるくらいの破壊力は出せる、まあそう何発も叩き込むには少し負担が大きいのだけど。
 呆然とする悪魔デーモンへとわたくしは一気に襲いかかる……か弱い少女にしか見えないはずのわたくしが、凄まじい速度で間合いを詰めてくるのを見て、カトゥスは我に変えると翼を広げて空へと逃げる。
「この、クソ女ッ!」

「お姫様に失礼じゃなくて? 炎よ、稲妻となりて荒れ狂え! 破滅の炎フレイムオブルイン
 わたくしは左手で一気に複数の中位炎魔法である破滅の炎フレイムオブルインを撃ち放つ……山賊の親玉にも使った魔法だが、炎を稲妻状に放って相手を貫き焼き焦がす魔法で、中位魔法として扱われるくらい殺傷能力が高い。
 山賊の親玉に放った時は一本だけ撃ったが、悪魔デーモンは耐久力も桁違いに高いため、消滅させる勢いで連続でぶっ放す。

「うがあああああっ!」
 カトゥスの体を何本もの破滅の炎フレイムオブルインが貫き、焦がしていく。
 だが流石に悪魔デーモンの体は頑丈らしく、貫いたはずの炎が解けるように消滅していくのを見てわたくしは内心舌打ちをする。
 魔法抵抗力が高すぎて、この程度の魔法じゃ一気に押し切れないのか……次の手を打つためにわたくしは一気に空中へと跳躍する。
「さて、お仕置きの時間ですわよ」

「あ……ああ……お前は……」
 カトゥスの眼前まで高く跳躍したわたくしを見て、悪魔デーモンの表情に恐怖の色が色濃くなる……わたくしは逆手に持った小剣ショートソードを構えると、勇者時代のことを少しだけ思い出していた。
 勇者として戦うにあたって、あらゆる武器の戦闘法を鍛錬し極めよ、これは前世のわたくしに戦い方を教えた師匠の言葉だ。
 前世の世界でも使われていた武術はいくつかあるが、護身術などから派生した「軽戦闘術ライトアーツ」、重武装の鎧に身を包み長柄武器などを使う「重戦闘術ヘヴィアーツ」、そして剣を極める剣聖ソードマスターなどが修める「剣戦闘術ブレードアーツ」など数多くの戦闘術が存在していた。
「ねえ、勇者である条件ってご存知かしら?」

「は、え? ゆ、勇者? 何を言って……」
 勇者である条件、それの一つに全ての戦闘術アーツを極めることにあり、魔法を極めても半人前、剣だけを極めても駆け出しと呼ばれてしまう……勇者とは、全てを極めし者に送られる称号の一つでもあるからだ。
 それ故にわたくしは二〇歳で魔王と相打ちになったとはいえ、そのすべての人生を修行と戦いに明け暮れていた……前世の全ては戦いの中にあった、勇者とは世界で最強の戦闘兵器でもあるのだ。

「——我が白刃、切り裂けぬものなし」

 わたくしが空中で構えた小剣ショートソードを振るうとまるで稲妻のごとき発光とともに魔力と剣力、勇者として磨き上げられた白刃が悪魔デーモンを貫く……目の前のカトゥスですら、わたくしたちの戦いを見てたユルすらも、その剣筋は見えなかったかもしれない。
 剣を振り抜いたわたくしは地上に降り立ちながら、腰に下げた鞘へと小剣ショートソードを仕まう……カトゥスは呆然と自分の体を見ていたが、次第に腕が、足が、胴が、血も流さずに次第にズレていくのを見て、恐怖の表情を浮かべる。
 空中で血飛沫を上げながら、バラバラに解体され絶命していく悪魔デーモンは必死に涙を流しながら、叫ぶ。
「え、な……な、に……私は、もう……死ん……ッ!」

剣戦闘術ブレードアーツ一の秘剣……雷鳴乃太刀サンダーストラック
 わたくしがそう呟くと同時に、地面へとバラバラに切り裂かれた悪魔デーモンの肉体が転げ落ちる……すでに命を失った肉塊と化したそれは、黒い煙をあげて消滅していく。
 それと同時に、この地域にモヤのように漂っていた強い死の匂いが消滅していく……宿主であるカトゥスが死んだことで、留まれなくなったのだろう……あれだけいた生霊レイスが消滅していく。
 わたくしはあまりの光景を見せられて呆然としているユルに向かって可愛く微笑むと、サムズアップをして笑う。

「これで、一件落着……ですわ、すっきりしたし後片付けして帰るとしましょうか!」
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