身体から始まる契約結婚

高殿アカリ

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「不束な娘だけど、よろしくね。ほら、お父さんも」

母が父を促すと、照れ臭そうに頬を掻きながら父も口を開いた。

「まぁ、その、なんだ。伊織、今度こそ幸せになるんだぞ」
「うん……」

ほんの少し心は痛んだ。
だって航は私のことを本当は愛してないだろうから。

だけど、彼は私の人生を豊かにすると言ってくれた。
契約結婚というのは、つまりそういうことなのだ。

互いに利益がある契約を交わしているから、私が今現在より幸せになれることは確定事項だ。
ただ、相手の心を手に入れる事が出来ないだけで。

それさえ望まなければ幸福には違いない。
それに、私が誰かを愛することなんて未来永劫来ない。

だから航を愛する事も有り得ない。
それなのに、航が私を愛してくれていない事には虚しさを感じている。
本当に馬鹿げているわよね。

彼が私の身体しか愛してないですって?
私自身、彼の身体しか欲していないかもしれないのに。

よく言えたもんだわ。
自分に対する呆れと憤りが流れ込んでくる。
それをどう対処すればいいのか分からなくてまた、落ち込んだ。

彼を落としてゴミのように捨てる。
そんな当初の想定はもう出来そうにない。

私は出会った瞬間から、肌を重ね合わせたモンテカルロのあの夜から、航に惹かれていた。
その事実からいつまでも目を背けるわけにはいかなかった。

航と一緒に父と母に会って、そう気付いた。

だから、だからね。
航、私は貴方に決して想いを告げたりしないわ。

愛のない結婚に、心を持ち込んでしまったのは私の落ち度なのだから。
私は責任を取らなければならない。

私の航への想いは、決して彼に知られてはならないものだ。

私は完璧な「契約結婚」を演じてみせる。
航が望んだ関係を維持してみせる。
それが私なりのけじめのつけ方、でしょう?

帰り道、航が幸せそうな笑顔で私に話しかける。

「伊織は素敵なご両親の元で愛されて育ったんだな」
「どうして航が笑ってるのよ」

「奥さんが愛されているのを見るのは気分が良いものだろう?」
「変な人ね」

呆れた笑みに、嬉しさが滲まないように気を付けた。
NATORIホテルグループの代表は、きっと表情を読むことにも長けているだろうから。

本意を隠すための面倒くささも、彼のためだと思えば不思議と嫌じゃなかった。
そのことがやっぱり悔しかった。
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