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おまけ 91

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 この力に気づいたのは、落ちた涙が爪先に触れた時だ。

 後悔から流れた涙が爪先に落ちて、沁み込むように指の間に吸い込まれて行って……それから、涙の痕が銀色の細い軌跡を描いたと思った途端、肌に滲むように存在していた黒いシミがさらさらと崩れ去った。
 それはかすが兄さんが見せてくれた奇跡と同じで……

「巫女の……力か?」
「……たぶん」

 やっと絞り出したと言う様子でクラドはそれだけを言うと、もともと険しい顔立ちに更に深い皺を刻んで唇を引き結んでしまった。
 先ほどまでこちらが恥ずかしくて恥ずかしくてどうにかなってしまいそうなほどの、甘い言葉を告げていてくれていたのにその雰囲気はかけらも残っていなくて、悲しくなってもう一度「ごめんなさい」と口に出す。

 かすが兄さんが聖別していた薬を持っていたとか、ごまかす言葉なら幾らでもあったけれどもクラドに隠し事をすることが怖くて……
 
「何を謝る必要がある」
 
 ごつごつとした大きな手が、いつの間にか震えていた手を包んで再び胸の中に引き寄せる。
 大きくて、もたれかかったくらいじゃ全然揺るがないそれは縋りついてもいいんだと言ってくれているようだ。

「神の御業は、残念ながら俺の考えの及ばないものだ。今ここではるひが納得できるような返事を返してやることはできないが……」

 小さな傷のある指がオレの手をくすぐり、広げ、撫で、愛おしむように握り締める。

「この力は祝福されたものだ、これがあったからはるひは助かったんだろう?」
「……はい」
「俺も救ってくれたんだろう?」
「…………はい」
「ではこれは素晴らしい力だ。当代巫女様は歴代の中でも神の寵愛の厚い方で、はるひはその弟なのだからもしかしたらコリン=ボサのご慈悲があったのかもしれない。コリン=ボサの力は怯えるものではないし、祝福すべきものだ、心配はいらない」

 焚火の光を映して銀に光る目がオレを見下ろして細められる。
 巫女ではない人間が神の力を使うなんてことがあるはずがない と、そう言われなかったことに体中の力が抜けるほどの安堵を感じて、温かな体にもたれかかった。





 目が覚めた時、自分が寝てしまったのだと気づいて飛び起きた。
 さっと左右を見渡して……そこが何も変わらない光景なんだと言うことを理解して震えて項垂れる。

「……ゆめ……夢?」

 久しぶりに深く眠れた代わりに手に入れたのはどうしようもない喪失感で、わずかに燻って細い煙を出す焚火を呆然と見つめた。

 崖下の洞窟と言うのには抵抗があるほどの窪み、そこを覆うようにして茂る木々と傍らを流れる川の音と……それから、何もない。


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