OMEGA-TUKATARU

Kokonuca.

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黒鳥の湖

落ち穂拾い的な 津布楽

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「それではこれで帰りますが、我が儘を言わず、旦那様に良く尽くすのですよ」

 そう言って微笑むと、少しふくよかになった顔をほころばせて東雲は嬉し気に頷いた。

 返してくれる笑顔だけで東雲が幸せなのだと言うことが分かって、ほっと胸を撫で下ろして二人の部屋を後にする。
 黒手と言えども、『盤』で生活している以上そう簡単に外に出ることはできない。だからこうして出る機会があれば顔を見に行くようにしているが、私の心配は必要なさそうだった。


 『盤』に戻ると、帰る時間が遅かったせいか静まり返り、屋敷の明かりは必要最低限を除いて全てが落とされていた。
 薄暗くても、それでも歩くのに支障はないし、なんなら目を瞑っていても歩けるくらい、ここの構造は熟知している。

 暗い廊下に医務室の扉からの明かりが細く零れ落ちている。

 そこに居る人物が、私が帰るまで待っていてくれた証拠で……

「津布楽、まだ起きているか?」

 そう尋ねながら扉を潜ると、椅子をきぃと鳴らしながらマグカップを片手に小汚い男が振り返る。

「頑張って起きてるよ」
「それは有り難いが……」

 シミが出来たままの白衣、伸ばされた無精髭。

 がっくりと肩を落としたくなるが、私を待っていてくれたと言う一点でそれらを許し、言葉をぐっと飲み込んだ。

「お疲れ様。ほら、眉間の皺を取れよ」

 そう言って優しく額に触れられて……

 ここを訪れる際には努めて冷静さを装おうとしていた心が瓦解した。

「ん  」

 小さく漏れてしまった声は甘くて、自分には不釣り合いだと思う。

「ほら、湯も用意してあるんだから」

 そう促されて、羽織を落とし、帯を解く。

 ネックガードを外し、肩から最後の一枚を落とすともう私の体を覆っている物はなくて、津布楽の目の前に産まれたままの姿で立ち尽くすことになる。

「    …………」

 津布楽の手が、胸の上に置かれる。

 そこには、つけられたばかりの歯型が残されていて……


 『盤』は、αに子供を提供するための場所ではない。
 いや、そのため『だけ』の場所ではない と言う方が正しい。

 白手達は黒手になるまで『盤』はそう言う場所だと信じて疑わないだろうし、身請けされて出て行った白手達は真実を知らないままだ。

 ここは、上流のα達専用の娼館 だ。

 黒手になれば、子供を目的としない客のために出向いて春を鬻ぐ。 


「酷い痕をつけられて……」

 絞り出すような声に乗せられるフェロモンにざわりと体中が総毛立つ。

「他は?」
「ん ここ」

 さんざん苛められたソコはまだ熱を持って腫れぼったく、よく見えるように足を上げて手で割り開くと空気に触れてぴりりとした引き攣るような感覚を訴える。

「こんな所も噛まれたのか」
「ん っ」

 内太腿についた歯型を晒すために皮膚を引っ張ったためか、ナカに出されたモノがこぽりと音を立てて伝い落ちてきた。

 私の足を伝って垂れ、肌の上に一筋の軌跡を残して行くそれを津布楽の険しい目がじっと見つめる。

「……頼む、そんなに見ないでくれ  」

 津布楽の視線は質量を持つように執拗に私の肌の上を這いまわる。

 それが傷の有無を確認すると言う大義名分の上で行われている物であったとしても、見られている私には毒のようで……

 羞恥と、
 不甲斐なさと、

 それから、ジリジリと身を焼くような、欲と……
  

 熱い湯に浸されたタオルで優しく拭われた箇所に津布楽の舌が這う。

「ふ くすぐったい  」

 小さく笑って身を捩ると、それを追うように津布楽の笑い声が上がる。
 膝の上に乗ると足をぐぃ と割り開かれて、あられもない姿に羞恥心が搔き立てられて体中が真っ赤に染まって行くのが分かった。

 長い指がナカに入り込み、内壁を擦るようにして客の残して行った精液を掻き出して行く。

 男らしい指を、自分の体内から出た他人の精液が汚しているのだと思うと、申し訳なさと共に昏い愉悦が湧いてきて……

「ぁ、あ っん゛っ  あまり激しくしないでくれっ 声が、ぁ、」
「どうせもう皆寝てるだろ」
「だ、から、余計に、響く  っぁんっ」

 私の好きな箇所を知り尽くした指は容赦がなくて、それは果てるまで繰り返えされた。



 足先を拭き終えて、津布楽は新しい襦袢を肩にかけて離れる。

「挿れなくてよかったのか?」

 そう言う津布楽の手にはシリコンで出来た卑猥な形の道具が握られていて……

「いや、私は津布楽の指の方がいいよ」

 緩く首を振る私を抱き締めて、古い首の噛み傷の上にもう一度歯を当てる。それだけでぶるりと体が震えて埋火のようなモノが奥の方でチリチリとするから、落ち着かなくなる。
 願うならば、番のモノを受け入れたいと思うけれど……

 津布楽は私と共にいるためにソレを手放した。

 それがαでありながらここに居続けるための条件だったから。

「お前の指が、一等気持ちいい」

 高い位置にある津布楽の首に腕を回して、体の奥の熱が再燃するのを承知で口づけた。 




 暗い中に足を踏み出すと、明るい医務室にいたせいか一瞬で地獄にでも落ちた気分になる。

 いや……実際ここは地獄に等しいと思わなくもないけれど、それでもこの一族を守るための相応の犠牲だと思えば耐えられる。
 春を鬻ぐのは苦痛ではあるけれど、それでもこの多産安産の血脈を悪用されるよりははるかにいい。

 ここを利用するα達が、そう言ったものを遠ざけてくれるから……

「よぉ。東雲は元気だったか?」
「     」

 はっと顔を上げると薄墨が乱れた着物のままふらふらとこちらへと歩いてくるところだった。

 暗い廊下を幽霊のように歩かれると、夢に出てきそうで嫌な気分になる。

「会って来たんだろ?」
「ああ」
「外に出ないと会えないなんて、可哀想に」

 くつ と喉の奥で笑われると、抑えようのない苛立ちに襲われて顔をそむけるようにして歩き出す。

「お前の子は外に貰われて行って、俺の子は手元に残った」
「貴男は、神田様が契約を破棄されると知っていたんですか?」

 問いかけても、薄墨は意味ありげに笑いを漏らすだけだった。

「可哀想に。猫の子のように貰われて行って。もう髪を梳いてやることもできないなんて。はは 」

 同情なんてこれっぽっちも感じていないような声を出して、薄墨が私を通り越して行く。

「どこに行くんですか」
「俺も番に慰めて貰うんだよ、俺だって津布楽の番なんだから」

 そう言って髪を掻きあげる薄墨の首元に見える歯型から思わず目を逸らすと、また気に障るくつくつとした笑いを投げかけられる。

「なぁ?そうだろう?那智黒」
「その名前はもう返した」

 かつて、蛤貝と呼ばれていた薄墨を睨みつけると、すがめるような目でこちらを見て唇の端を吊り上げた。




END.

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