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雪虫
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しおりを挟むリビングには二人しかいないと言うのに、何を思ったのか瀬能はヒソヒソと尋ねてくる。
「今でも勃つ?」
「 っあ、た ちますよ」
「若さだねー。羨ましいよ」
ヤリたい盛りの男に何を言うんだか。
「じゃあ君は念の為に薬継続で。あとはまぁ 祈ってて」
「医者がそんなこと言って良いのかよ」
「医者だって人間だものー」
受験の時はお守りいっぱい持っていたよ と懐かしい話をしていると、玄関の方が騒がしくなった。
「ここで実験するんー?なんか普通の家やねぇ?」
男にしては高めな声が大きく響き渡る。まだ玄関にいるのに、すぐ傍で話をされているかのようだった。
ざわ……と、総毛立った理由はわからなかったけれど、思わず立ち上がって玄関に通じる入り口を睨みつける。
「しずるくん?」
「 」
なんだろう?
「えー?結局誰を相手にするん?」
薄い目と視線が合って、やはりまたぞわりと背筋に悪寒が走る。
「わぁー!この子の童貞をぶった斬ったらええん?」
緩い波打つ髪と幸薄そうな顔立ちの男だった。
黙っていればこんなに大きな声を出すなんて思えないほど、華奢と言うより細すぎる体は居た堪れない程で、風が吹けば飛びそうに思える。
「ど 童貞言うな!」
「やけ、童貞なんやろ?」
きょとんとした目は表情が読めない。
初対面の話題が童貞ってどう言う事だ⁉︎
「喧しい。黙れ」
後から入ってきた大神が頭の痛そうな顔でこちらを睨んでくるが、オレが悪いんだろうか?
「先生、こいつが例の 」
「こいつって言い方あらへんやん?」
細く整えた眉を吊り上げて大神を睨みつけると、オレ達の方に向き直って笑顔を見せた。
「『影楼』のみなわと申します、よろしゅう頼みますわ」
長い手足で優雅に礼をするみなわの動きは、つい目で追いたくなる華やかさがあって、幸薄い雰囲気とのギャップにびっくりした。
「今回は長期の指名を下さってありがとぉございます」
「こちらこそ、協力に感謝します」
意外と普通に返す瀬能にもびっくりだ。
和やかに話し始めた二人から距離を取り、あまり近寄りたくないけれど機嫌の悪そうな大神の傍に立つ。
「どうした、童貞」
「どっ ……あ、あの人何者ですか?」
「バース性専門の男娼だ」
「だん 」
思わず顔が赤くなる。
大神から見られないように俯いてはみたが、にやりと笑ったのを見るとバレているようだ。
「ついでに手取り足取り教えてもらったらどうだ?」
「なんっでだよ!」
「童貞切ってもらえ」
「雪虫に切ってもらうからいいんだよ!」
むっとして睨み上げるが、大神は毛ほども感じていないようで。
またからかわれるのがいやで、仕方なく黙って二人のやり取りを眺めることにした。
「えぇ?じゃあお相手誰なん?」
「申し訳ないが、発情状態をキープしたままでいて欲しいんだ」
「お医者さまって無茶言ぃやね?じゃあその間は?独りでシコシコ慰めるん?」
「必要なものがあればこちらで用意するよ?」
細い目が更に細まってアーチを作り、唇がにまりと弧を描く。
「ほんなら、大神さんのデカちん◯、ゴム無しで」
「セックスしたらヒート終わっちゃうから、遠慮して欲しいな」
「ヒートが終わったら、また発情すればええんやろ?また前みたいに、発情ナカ出し種付けセックスしよや?びゅーびゅーいっぱい出して気持ち良かったんちゃう?」
ふふふ と、笑う顔は悪戯が好きそうな表情だ。
「大神さん相手なら何度でも発情したげるよ?」
細い手が大神の首に絡み付いて、その黒い髪を掻き上げようとした瞬間、
「 ───止めろ!」
咄嗟の動きだった。
どうしてそれを止めたのか、頭で考えてもよくわからなかったけれど、その右手を大神に近づけるのは良くない と、ふと思った。
掴んだ手首は思っていた以上に細くて、オレが少しでも力を入れたら折れてしまうんじゃないかとハラハラする程だった。
けれど、
「 ブレスレットに、何がついてるんですか?」
細いブレスレットを幾つも重ねたそこに目が行く。
何の変哲もない、ただのお洒落の為の物のはずなのに……
「 ただのディフューザーやん?香水入れてあるんよ?」
「香水じゃない 」
すん と鼻が鳴る。
甘ったるいこれは……発情期の匂い。
しかも、複数の……
「何でヒート中のフェロモンなんかつけてるんだ」
「 ……」
掴んでいたはずの腕をくるりと回された次の瞬間、指の間にするりと冷たい指先が入り込んできた。
「え 」
貝繋ぎにされた手が思いの外冷たくて、なのにしっとりとしていて……ぞわりと背筋に震えが走る。
「企業秘密なんよ?他に教えたらあかんよ?」
「ぇ、え?」
「お相手にちょっとだけ興奮してもらえたら、うちもよく濡れてええんよ、ボクがちょっとフェロモンくれたらそれでええん」
一瞬で間を詰められ、大神に絡みついていた手はいつの間にかオレの首にかかり、絡まるように髪を撫でている。
「ぇっ」
「やぁーらかい髪やん?気持ちええなぁ」
血の上った頭皮を冷たい指先が撫でていく。
落ち着かない、
落ち着かない、
落ち着かない、
心の中の警鐘のままに頭に添えられた手を払い、距離を取りたくて後ずさった。
「逃げないなぁよ?フェロモンくれんの?」
薄い唇が笑みの形の動くのが 怖い。
「 童貞を怖がらせるな」
「ええー?それが楽しいに、イケズ!」
オレは、揶揄われただけなのか?
混ざったフェロモンの臭いのせいでムズムズする鼻を擦り、瀬能をチラリと見た。
助けてくれと視線を送ったのを、瀬能は正しく受け止めてくれたようだ。
「じゃあまず、身長と体重から測らせてもらっていいかな?」
「えぇ?公表したりせぇへん?うち恥ずかしんダメなん」
「しないよ。体調を見る為の物だからね」
「ほならええわ」
先程のやり取りが全て流されてしまった居心地の悪さはあったけれど、あのブレスレットのことをこれ以上尋ねても、こちらが何を質問していいのか分かっていない段階でどうしようもない。
ブレスレットが気になるけれど、あれはΩのフェロモンばかりだったから雪虫達に何かあるとは思えない。
行為に入るための、テクニックの一つなんだろうか?
「難しい顔してどうしたんだ、童貞」
「端々につけるのブームなんですか?非童貞」
「羨ましいのか、童貞」
ぐぬぬ……と言葉が詰まる。
何を言っても余裕で返されるのが目に見えるようだ。
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