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雪虫
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しおりを挟む「 っ、はぁ、もーいいですよ、事実だし」
「諦めがいいな」
「諦めてないけど 今の最優先は雪虫と番うことだから」
今の、オレの一番の望みで、それ以外はどうだっていい。
「 どうしてそう思う?」
「どう言う意味?」
「出会って、そう経ってないのに、お前は人生全てを雪虫の為に使おうとしている。どうしてだ?」
「どうしてって 言われても」
「モルモット扱いをされて だ。お前一人なら、逃げ出すこともできるだろう」
できるか、できないかで言えば、できる。
「 大神さん達が雪虫だけじゃなくて、オレも軟禁しようとしてるのはわかってるよ」
もうつけるのが習慣になった手首のタグを指先で弄った。
「これ、便利だよね、身分証にもなるし、財布にもなるし、発情してるとか、どこを何時何分通ったか記録される。ってことは居場所が全部筒抜けだ」
「そうだな」
「ここに来てから現金持たなくなったよ。つまりつかたる市の外に行こうと思ったら、必要な足のつかない現金がない……公共機関を使わずに逃げることもできるけど、片側が海のここじゃルートが限られてくるだろ」
「そうだな」
「一応現金を作る手段も見つけておいたけど、やっぱり雪虫を置いていけないから」
「そうだな」と続くかと思ったが、煙草を咥え始めた。
見上げるオレの口の中にも一本押し込み、面倒そうに二人分の煙草に火を着けた。
「雪虫を置いてくくらいなら、人体実験だって犬の真似事だってなんだってやってやるよ。オレの下半身切り売りして雪虫が安全で平穏に暮らせるなら好きなだけ見せてやる」
オレの言葉に、大神は無表情だ。
「オレは雪虫さえいればいい」
「 」
「運命の、とか 言うけど、そう言うんじゃなくて、欠けてある物がぴったりハマってるんだよ。そうだな、魂の欠片がぴったりだった 例えとかじゃなくて」
しっくりくる?
呼び合う?
離れがたい?
言葉はなんでもいい。
ただ、離れられないな、と感じる。
「もし、雪虫と離されたら、お前はどうする?」
紫煙を吐きながらの言葉は、どこか弱気に聞こえる。
「 体が半分無くなって、それでも生きてる人間がいたら見てみたいって思うよ」
「そうか」
「会ってからの時間とかじゃない。雪虫なんだよ、オレの片一方は」
指に持っていた煙草を咥えてそろりと吸い込む。
慣れない煙にやはり涙が溢れて、喉の痛みに何度も咳き込んだ。
「 っ、だから、ヤリたくても我慢するし、怪我させたくもない。逆に雪虫には我慢して欲しくないし、雪虫のためならどんなに怪我したって平気だ」
雪虫が笑顔でいてくれるなら、なんだって苦じゃない。
「そうか お前が、思っていたよりもお利口で驚きだ」
「なんっだよそれ!」
むっと言い返してみるが、大神の横顔はこちらを見ずに遠くを見ている。
感傷的なその表情が珍しく、盗み見るようにしてそちらを見た。
「 もし、だ 」
ぽつんと呟かれた言葉は小さくて、横顔を見ていなかったら聞き逃していたかもしれない。
「 大神くん」
はっと大神の目が瞬いた。
「先生。どうかしましたか」
「やけに青春してる顔してたからさぁーぼくも混ぜてもらおうかと思って!」
タブレットに何かを書きこみながらこちらにやってくる瀬能の足取りは軽い。
「ちょっと童貞の恋愛相談に乗ってただけですよ」
「恋バナだねぇ?おじさんともする?」
「や 価値観合わなさそうなんで遠慮します」
「ありゃ、振られた」
瀬能の後ろから、服を直しながらみなわが出てくる。
オレの持っている煙草に気付いて、にんまりと笑みを作った。
「悪いことしてはん?いけん年やないん?」
そちらに流れる紫煙を指先でくるくると操り、躊躇いもなくオレの方へと近づいてくる。
正直、接したことのないタイプだし、表情も読めなくて苦手だ。
なんとなく視線を逸らして後ろに下がる。
「なーん?商売してるから汚い思うん?」
「違うよ」
思いの外はっきりと声が出たせいで、みなわも驚いているようだった。
「別にそこは気にしてないよ」
「そうなん?ふーん?」
「なんか、周りにいない感じだから苦手なのかも」
嘘くさいと思ったけれど、フォローは入れといた。
心の中をはっきり言うと、傍に来られるとムカムカして苛立つ‼︎ってところなんだけど、実験の協力者の機嫌を初日でへし折るわけには行かない。
「すみません」
「 まぁええわ」
オレに伸ばそうとしたように見えた手を振り、みなわは瀬能に向き直ってしまった。あちらで話し合いが始まればもうオレが口出すことなんか何もなくて、お茶を飲んでくると言う口実をつけて台所へ逃げ込んだ。
「 なーんか、あの人苦手……って、セキ?」
椅子の上で体操座り……いつか見た記憶がある。
そう言えば、瀬能の長い話を回避するために台所に向かってたっけ?
とりあえず煙草を置いてから、どうしたものかと声をかけた。
「 お前、何してんだよ」
オレの声に反応して顔を上げたセキの涙と鼻水を拭いてやり、向いに置いてある椅子を引きずって隣に座った。
「なんか飲むか?」
「 」
ぷるぷるっと首を振られてしまい、会話の糸口がなくなった。
泣いている理由に心当たりがないわけじゃない。十中八九は聞こえてしまった大神に言ったみなわの言葉だろう。
セキと水谷から考えて幼い方が好みかと思っていたが、そうじゃないようだ。
「 どんな人だった?」
「これから会うんだし、覗いてみたら?」
「 」
薄情者と言いたげな目で睨んでから、そろそろと足を下ろそうとして止めた。
何かをぐるぐる考え込んでいる様子だったが、結局足を下ろすのを諦めてまた体操座りの体勢をとる。
「大神さん、絶対モテたよね」
オレは絶対ごめんだが、あの体格にあの顔に金も持ってるとくれば、多少背中で鬼達が踊っていても、老若男女にモテるかもしれない。
「そだな」
「 っ 」
「でも、今はセキだけなんじゃ 」
「わかんないよ」
つっけんどんに返されてしまうと言葉が続かず、あーとかうーとか呻いてみたがいい返事は出来なかった。
オレ達よりも年上で、色々な世間を渡ってきた大神に、過去がないはずがない。ましてやセキに気づかれないように、他と関係を持つことだって上手にやってのける手腕もあるだろう。
セキもそれをわかっているんだろうけど、それでも目の当たりにしてどんと構えられるほど、大人じゃない。
新雪のような雪虫とは違う相手。
オレが思うよりも過去の多い大人の男相手に、セキがこうやって思い悩むのをわかってやれる日は来ないだろうけど、それでも話を聞くぐらいは……と思う。
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