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雪虫
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しおりを挟む「 勉強を始める前にシャワーでも浴びてさっぱりして来た方が良さそうですね。埃っぽいから」
「オレはいいよ、この後、水谷さんが来るから」
直江の気の毒そうな顔と、他人事のセキと……逃げ出せないオレは覚悟するしかない。
テーブルを廊下に出す音でオレに気づいたのか、扉がぽこんと鳴った。
「しずる?」
「起きたんだな」
「これから勉強?」
「そうだよ」
衣擦れの音がして、扉の向こうで座る気配がする。
「水谷さんが来るまでだけどな」
「あの人、嫌いなんだけど」
「きら え?」
「しずるに酷いことする」
雪虫のいる部屋から庭が見えるらしい。
カーテンのせいでオレからは見えないけれど、水谷が来ているときにはオレが見えるとのことだった。
「かっこ悪いとこ見せて ごめんな」
『運動』がただの運動ではないのは分かってはいたが、いざと言う時に身を守れるようにと教え込まれるそれは、逃げ出したいくらいスパルタで……
初日のようにぶっ倒れることもあった。
「かっこ悪くないよ」
「 ありがと。セキが来るまで、絵本読むか?」
「うん!」
少しでも傍にいたいオレに合わせて、セキは廊下で勉強をしてくれている。
直江も揃って三人で廊下でテーブルを囲う様は、側から見れば笑いの種にしかならないにだろうけれど、雪虫が傍に居て、他愛ない会話をしながら勉強するこの時間が好きだ。
「 『 その本当の姿は』 と、続きはまた後でな」
とんとんとん とリズムよく階段を登って来る音がする。
「ごめん、待たせたね」
「 」
髪を拭きつつ二階に上がって来るセキを見て、思わず半眼になるのは、なぜわざわざ大神のシャツを着てきたのか意味が分からないから。
「何を着てんだよ」
「だって大神さんのってゆったり着れて楽だし」
「そう言うのは大神さんがいるとこでしろよ」
「怒られるもん」
セキに怒ることもあるんだ、あの人。
「準備できました?」
ちらりとセキを見て、何事もなかったかのように腰を下ろす直江はプロだなと思う。
「しずる?今、何の勉強?」
「数学してる」
「すうがく」
「算数かな」
そう言っても、雪虫にはピンと来てないみたいで……
「また一緒にしような」
「うん」
背中で、ことんことんと音がして、そのうちページをめくる音が響く。
「絵本読んでる?」
「うん」
扉の隙間から漏れる甘い匂いに、集中力は根こそぎ奪われてしまうのが問題だ。
すっきりとした、でも甘い冬の花。
気を抜けば血の流れが下半身に向かってしまっていて、その度に背筋を伸ばして気合を入れる。
ぺらり と読めない絵本をめくる音。
随分と上手くなってしまったペンを回す音。
つまずいた箇所の説明をする直江の声。
雪虫の息遣い。
唾を飲み込む、微かに喉の鳴る音。
喉の…… って、ダメだダメだ!
「 そう言えば、雪虫は覚えてる街の風景とかない?」
「風景?」
「建ってた建物とか 」
そう言うのが僅かでも分かれば、場所を探し出して訪れることもできるかもしれない。
もしかしたら、雪虫の親が、まだ諦めずに探しているかもしれない。
「なんか特徴……「こちらに集中を」
流石に喋りすぎたのか、直江に睨まれて口を閉じた。
そうだ、オレには雪虫と番って、海に行くって野望があるんだ!
天地がひっくり返り、空が綺麗!雲白い!鳥が飛んでる!
と、感想を考えた瞬間地面の感触がした。
こう言うことを見越してなのか元々の作りなのか、庭の芝生には助けられていて、まめに手入れをしようと思う。
「受け身ーっ」
「 すみませ ん」
背中を打って呻くもじっとはしていられない。衝撃で動けない状態なんて、敵の格好の標的でしかない。「受け身ーっ」と言って意識を戻してくれたのは水谷の優しさで、その後降ってくるかかと落としは厳しさだ。
「ぃ゛っ 」
逃げたが脇腹を掠った!
「おそ~い」
白いセーラーに蝶々結びの紐タイ、黒いスカートが翻ったなって思った時には、もうすでに芝生に再び倒れ込んでいた。
「まだイけるー?」
「大丈夫で す」
「汗だくになりながらちゃんと振ってる?」
ナニをですか のやりとりも慣れてきた。
「ちゃんと汗だくになりながらダンベル振ってますよ!」
その答えはちょっと面白くなかったらしい。
「ちょっとスレてきたね」
どんぐり眼がちょっと細まって、拗ねたように見える。
この人はちょっと、こんな感じの勘違いしそうな言葉を使うのが大好きらしくて……
最初こそドキドキしてたけど、それ以上に『運動』が辛すぎた。
制服だし、小さいし、アイドル顔だし、動きもちまちましてて騙されたけれど、大神が連れてきただけあって容赦とか手加減なんて物がない姿は、鬼のようだ。
「つまぁんなーい!」
「そんなこと言われても……」
スカートの裾をピラピラと翻しながらくるりと周り、水谷はちょっと考え込むような素振りを見せる。
「まぁ、ちょっと真面目にイこっか! 何度も言うんだけど、君の目標は生き延びることね?」
「はい」
「手段は問わない」
「はい」
「戦略的撤退も命乞いも、べーっつに恥ずかしい事じゃない」
見た目ぷにぷにとした手が指を一本立てる。
「一番恥ずかしいのは、すてでぃを泣かす事だよ。啼かすのはいいけどね」
一本立てられた指に視線が行った途端、横から蹴られて吹っ飛んだ!
ローファーの描く軌跡と、どっと地面に転がる感触と、運悪く芝生の途切れた場所に突いた手に痛みが走った。
「あと、視界が狭いよ。指に気を取られちゃダメだって」
「 っっ」
「あー。擦り剥いちゃったねぇ 舐めたげよっか?」
水谷はオレよりもはるかに小さくて……
上目遣いで舌をペロリと出して来るのは あえての挑発なんだろうけれど、自分を平気で昏倒させる相手に何も思わない。
「えっちょっ無反応やめてよぉもう!」
「いやもう、心が無で」
水谷が怒って見せた時、玄関の方から車の音がして注意がそちらに向いた。
「あ、大神さんが来るって言ってたっけ」
「マージーでー?わんこくんに会えるの?ずっと電話だけだったもんね!やぁったー!」
ぴょこん と無邪気に飛び跳ねるから、スカートの裾が跳ね上がってこちらがハラハラすることを、水谷はわかってないらしい。
迎えに出た直江の声と、風に乗って大神の煙草の臭いがする。
「庭にいらっしゃいます」
「そうか。今回は無理を言ってすまなかっ 」
ぼとんと大神が煙草を落とす珍しい瞬間が見れた。
「わんこくん!会いたかったよぉー」
庭へと回った大神が目の前の水谷を見て呻き、なんとも言えない微妙な顔をして眉間に皺を寄せた。
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大神の前でスカートを広げて見せて、くるくると回って可愛らしくポーズを決める。
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