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雪虫
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しおりを挟む────その日から、午前に家を出て雪虫の家に行き、雪虫と喋りながらセキと勉強の日々が始まった。
と、言えば聞こえはいいが、勉強してこなかった二人が寄り集まったところで勉強が捗るわけでもなく。
何故だか二人で大掃除をしている。
「そっち持って」
「はーい、行くよー」
チェストを動かして後ろの埃を払い、なんてことない会話をしながら掃除に勤しんでいると、どうやら直江から連絡が行ったらしい大神に怒られた。
「 お前らは何をしているんだ」
電話の向こうだと言うのに、怒りの気配で背筋がゾクゾクする。
「すみません」
「ごめんなさい……」
「セキはともかく 」
依怙贔屓っ!
「 お前は俺に啖呵を切ったんじゃないのか」
ぐっと言葉が詰まるのは、オレが大神に出した提案だった。
「────捜索に加わる。だから、雪虫を外に出させてやってくれ!」
オレだけの話をするなら、さっさと鼻を焼いて雪虫に飛び付きたい の一択しかない。でも、雪虫がこれまで体験することができた色々なことを、出来ずにいると言うのが堪らなく嫌だった。
瀬能に指導してもらって、今度は日除けとかの準備を万端にしたら出かけられるに違い無い。
──ただ、オレの言葉に、大神はいい顔をしなかった。
そこを食い下がって食い下がって、瀬能が助け舟を出してくれてなんとか頷いてもらった。
「ドア越しに会えるなら、慣らすことも可能かもねー」
「慣らす?」
「良くも悪くも人間って慣れる生き物だから。少しずつ君が雪虫の匂いに慣れて、雪虫も君が居ることに慣れて精神的に落ち着いて行けば体調も落ち着く、かも ね」
妙な物言いだったけれど、瀬能の言い回しは今更だ。
「雪虫が落ち着いて、君が丁寧に雪虫に接することが出来るなら、番える可能性は出て来るよ。実際、君が来てから雪虫が体調を崩す頻度は減っていたからね」
同意を求められて、大神は渋々と言った顔で頷いた。
「兎にも角にも、君が暴走しないことが大前提。この前みたいに雪虫に怪我をさせるなんてもっての外!」
「怪我 ?怪我っ⁉︎」
どっと跳ね上がった心臓に押し出されてか、嫌な汗が流れる。
「あ の、怪我 て」
時折見せるひやりとした視線に見つめられて、息が止まりそうだ。
「思いっきり掴んだでしょ」
左肩をトントンと示されるも、記憶になかった。
例え言い訳だとしても、ただただ……あの時は自分を抑えるのが精一杯で……
「ぅ 」
「大神くんですら!怪我させないように気を使っているのに!」
「余計なお世話ですよ」
イライラと煙草を吹かし、瀬能を睨むがやはり効果はない。
「怪我 具合は 」
「痛がってはないよ」
「 」
拳を作る。
オレは、体格的には恵まれてなくて……力がある方でもない。それでも、雪虫を傷つけたと言うのがショックで……
「 とりあえず君には、勉強、運動、雪虫の匂いに慣れること、これを頑張って貰う」
「……はい」
ただ頷くしかできないのは、怪我のことを知らなかったせいもあるし、それに対して一人で対処できない不甲斐なさを痛感したからで……
「頑張ればご褒美くらい上げれるだろー?」
「難しいですね」
ご褒美 は、雪虫を外に連れ出すことか?
「ソコをなんとか。健気じゃない?欲望より相手の願いを叶えてあげたいとか!前途ある若者に祝福をあげてよー」
「なんでそんなことを 」
「まぁまぁ、も一つ大神くんにも悪くない話もあって。雪虫に性周期同調フェロモンってのを試してみようかと」
聴き慣れない言葉にちらりと大神を見るも首を振られた。
「君が傍にいて雪虫が落ち着くなら、いっそ番になった方が落ち着くんじゃなかろうか ってね。雪虫がヒートに耐えるだけの体力が怪しいとこだけど」
「ヒートに耐えるだけの体力って どれくらい?」
「数値で出るものじゃないからね。体力をつけてからと思ってたんだけど、逆に番った方が精神的に落ち着いて体力つけやすいかな とも考えてさ」
分からなくもないが、その発情期で雪虫が辛い思いをしないんだろうか?
「もちろん。アルファ側がちゃんとセーブする前提のお話だけどね」
話が元に戻った……と思ったのはオレだけじゃなかったらしく、大神が不機嫌そうに片眉を上げた。
「君が気づかないくらいしかフェロモンが出ないって言うのは、逆にそれだけ君が冷静でいられるってことだ」
「でも、 あの時より鼻が良くなってるっぽいんだけど」
「でもこれから性成熟を迎えるのなら、増えることはあっても減る可能性は低い。現に僅かずつ数値は増えてるし。そこで性周期同調フェロモンなんだよねー」
「先生。簡潔にお願いします」
バース性関係の話をさせ始めたら長い と思っていたのは、オレだけじゃないらしい。
「ヒート起こしてあげるから、さっさとヤッておいで」
今度は簡潔すぎてびっくりした。
あ、とか、う、とか言っているオレとは違い、大人二人は冷静だ。
「 あの、情緒とか」
「情緒で問題は解決しないよ?」
ごもっとも……だけども、ここまで管理されないとダメなオレってなんなんだろう。
男としてもαとしても、ついでに人間としてもダメダメと言われているような気がしてヘコむ!
「で、性周期同調フェロモンって言うのは、要は傍で発情してたら一緒に発情しちゃった ってやつ」
「うん?アルファがじゃなくて?」
「オメガ同士の発情の誘発ね」
どう言うこと?と思うも、瀬能は生温い目でこちらを見てるだけだ。
「こちらを使えば事足りるのでは?」
大神が小さなシガレットケースを懐から出すが、瀬能は緩く首を振る。
「それは擬似発情だし、きっかけにはなるかもだけど強力過ぎて雪虫には負担掛けるから。あと一般のオメガもデータも取りたいから、セキくんにも参加してもらおうかなって思うんだけどいいかな?」
「 それは」
煙草から口を離してふぅと煙を吐き切るまでに、断りの言葉を考えている様子で、難しい顔をする大神はセキを参加させたくないようだった。
「それで先にセキくんが発情しちゃったらごめんね」
「わかりました」
瀬能のウインクに素直に頷く大神の下心は見なかったことにして……
それから準備が整うまで……と瀬能から連絡を受けて、今に至る。
「 でも正直、二人だと行き詰まってる感じがあって」
直江の持つ携帯電話にそう言うと、煙を吐いたのか溜め息を吐いたのか分からない音がして沈黙した。
「直江。教えてやれ」
「私がですか⁉︎」
ぎょっとした顔をしていたが、大神が覆さないのをわかっているのか直江は「わかりました」と呻く。
「それから、向こうとの話もついた」
「向こうって 先生が言ってた任意発情の?」
瀬能の長い話を掻い摘んで言うと、定期的に発情するΩと任意で発情できるΩがいる と。
そんな話は聞いたことがないと言うと、圧倒的に数が少ないと言う回答だった。
「今日は『運動』の日だったか」
「そうです」
「一度顔を見せる」
それだけ言って切れてしまった携帯電話を三人で見つめ、誰ともなく溜め息が出る。
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