OMEGA-TUKATARU

Kokonuca.

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雪虫

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 さっさと帰ろうとした大神を引き留め、瀬能はオレの方に向き直る。

「雪虫に会えるいい方法があるんだけど」

 しれっとなんてことないように言う姿に、もっと早く言えと殺意を覚えたのは一瞬だ。

 それ以上に雪虫の傍に帰れるかもしれないと言うことが嬉しくて、

「 な  なん、どうしたら   」
「雪虫のフェロモン値は変わってなかったんだよね、となると   」

 手の中の、オレの体温を移した瓶の存在に縋りながら、斜に構えるようにこちらを見ている瀬能に駆け寄る。

「話は簡単簡単」

 これほど胡散臭い笑顔を、見たことがなかった。

「フェロモンを感じるとこを焼いてしまえばいいよ」
「    は?」

 間抜けな声を出したオレの鼻を、瀬能の指先が弾いた。

 痛みは確かにあったけれど、それ以上に何を言われたのかが分からなさすぎて……

「鋤鼻器ってのは鼻の中にある。ってことで鼻の中を焼いてやれば、フェロモンを受け取らなくなって万事解決!」

 鼻の中?

 焼く?

 ゾッとして思わず後ろに身を引くと、険しい顔の大神がこちらを見ていて。

「それは副作用や後遺症は?」

 てっきり雪虫の為に問答無用で焼かれてこいと言われるのかと思っていたから、驚いた。

 意外と優しい人だ!

「んー……ナニが勃たなくなるかも」
「それくらいなら構わないですね」
「いやいやいやっオレの問題だから!」

 全然優しくなかった!

 慌てて止めに入るが、力づくでこられたら抵抗できる気がしない。
 とりあえず逃げるべきなのかと、部屋のドアの方を見るもいつの間にか直江が移動して仁王立ちしている。

 直江に敵わないのは経験済みなので、他に出口を探すもこの部屋は窓一つなくて……詰んだ。

「  いや、あの、使用前に不能とか  笑えないんだけど」
「だが雪虫の所に帰れるぞ?」

 痛いとこを突いてくる。

 会いたい。
 どうしようもなく会いたい。

「でもねー鼻が効かないと番うことができなくなる可能性が……」

 瀬能の言葉に大神が渋い顔をする。

「それは  」
「つまり君のその恋心が消える」
「え?」
「君の心の動きがフェロモンに操られてのことだとしたら、受け取れなくなった途端、雪虫に興味がなくなるかもしれない」

 どっと汗が噴き出す。

「そんなわけない!」

 可愛いと思った。

 拗ねたり、
 笑ってくれたり、
 恥ずかしがったり……

 見て嬉しくなったあの動作の一つ一つが愛しいと……

「 いや、だって  」
「オメガが出すフェロモンに反応した。別にそれ自体おかしい事じゃない。世の中、大体はそうだよ。君らが顕著なだけで」

 ボールペンの端で頭を掻いてオレを見る瀬能の目は笑っていなくて、

 そこにある妙な壁を感じて首を振った。

「蝶だって、蜂だって、ヤギだって、フェロモンに振り回されてる。君らバース性も同じだよ」

 同じ  と繰り返して口の中で呟く瀬能は、いつもの顔とも、医者の顔とも違う顔だった。






 帰りの車内で、瀬能が言った言葉がぐるぐると頭の中を回っていて……

「オレ達はフェロモンに振り回されてるって思う?」

 黙って煙草を吸っていた大神に問いかけると、ふと口元を指でなぞるようにしてから頷いた。

「そうだな」

 大神のような、我が道を力づくで突き進めるような男でもそう思うのか……
 手の中の小さな瓶はすっかり手の温度を移していて、それ自体に体温があるような錯覚がする。

 雪虫の……

「     」

 よく考えてみて  と言われたけれど、オレの答えなんか決まってる。

「大神さん、オレ 受けようと思うんだけど」

 悩むも、悩まないもない。

 オレは、会いたいんだ、愛しくて会いたくて叫びそうになる相手に。


「────いや、許可しない」


 大神の言葉にしては躊躇いがちな、珍しく弱い口調だった。

「え  だって雪虫に会う方法なのに⁉︎」
「お前、以前に先生の手伝いをしなければどうなるのか聞いてきたな?」

 台所で確かに聞いた。

 けれど話はオレの親の話に移ってしまい、流れの関係で聞き逃していたことだった。
 聞きたいことであったけれど、今の話にどう繋がるのかがわからず、遮るべきかと考えている間に大神は眉間の皺を深くしながら喋り出した。

「オメガに、価値があるのは分かっているな?」
「ああ、えっと、珍しいから?  日本人口の0.1%しかいないもんな」
「そうだな。だがそれだけじゃないだろう?」

 昏い顔は闇を見た人間らしい表情で、人でも殺してきたかのような顔でこちらを見てきた。

「えっと、子供を産ませたり、AVとか撮ったり、  風俗で働かせたり?」
「それにフェロモン、あとはその体自体だ」

 体?

「え  何に⁉︎肉とか⁉︎」
「卵細胞も役に立つ。これは今後特にだ」

 肉の部分を否定する間もなく、大神は気になることを言った。

「ら んさ ?」
「オメガは男も女も持っているからな」

 それが何で、何に使うのか?なんてことを聞いても、オレにはよくわからない話なんだろう。

「だから金になる」
「え?」
「政府が管理しているオメガやアルファに手を出すのは難しい。だからお前のような『野良』を見つけてくるんだ」

 オレのような?

「俺は、あの研究所の協力者だ。目的は連れて行かれた野良達を探し、保護する事だ」
「大神さん!言っていいんですか?」
「構わない。あの実験結果を見ただろう?」

 大神がそう返すと、直江はぐっと言葉を飲み込んで前を向いた。

「本題だ。しずる、先生の助手にならなければ、お前には野良達の捜索に加わってもらう予定だった」
「それなら研究手伝うの合間に、つかたる市以外に行って探してくればいいって事だろ?」

 んで、匂いがあったら教える  と。

 なるほど、それだと鼻が効かなくなったらまずい。オレの唯一の特技っぽいのに。

「いや。すでに連れ去られた野良達の捜索も兼ねる」
「連れ去られた?」

 物騒な言葉に背筋が伸びる。

「人身売買だ」

 一気にきな臭さを増した話に、耳を塞いで聞こえないフリをしようとしたが、あることを思い出して手を膝に戻した。


「    雪虫も?」

 
 ザワザワと身体中に鳥肌が立ち、御しきれないようなドロドロとした感情が胸の中でとぐろを巻いているのを感じる。

「   雪虫も、だ。他のは健康でシェルターに預けることができたが、雪虫は特異すぎてシェルターに入れてやれなかった」
「だから、あそこに?」

 初めて見た時の表情を思い出してにやけると、大神のピカピカな靴の爪先が膝を蹴った。

「オメガはヒートにならないと発覚しないことがほとんどだ」
「      それで、オレ?」

 警察犬の扱いかな  と思うも、そいつらが雪虫を怖い目に合わせたんじゃないかと言うことにふつふつと怒りが湧く。

 あの綺麗で透明感のある目が涙で曇るなんて許せなかった。

「潜在オメガやアルファを見つけることができたら、それに越したことはないだろう?」
「それは、わかる  」
「長くなったが、これがお前の鼻をなくすわけにはいかない、俺が許可しない理由だ」

 冗談  を言うような人ではない。


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