OMEGA-TUKATARU

Kokonuca.

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雪虫

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「セキも?」
「ああ。母親に借金の返済代わりにな」
「   それは、セキは知ってる?」
「お喋りな奴がいるからな」

 運転席で直江がごほんとわざとらしく咳を出す。

 ここから漏れてしまったのか……

 親が、子供の自分で金を作っているって言うのは  地味にじわじわと心の柔らかい部分に突き刺さっていくもので。

 その辛さは、少しは分かる。

「     そか。オレのコレが役に立つんだ  」

 ちょっとヒーローになれるかもとか胸が高鳴ったけれど、でもそれは雪虫に会えない前提で。

「……でも雪虫に、会いたいんだ」
「わかっている」

 わかっていてそれでもこの人はさせないと言うのか。

 捜索にはオレの鼻が必要で……雪虫に会うにはオレの鼻は不要で……

「     」



 いや、無理だろ。



 そもそも、人身売買とか物騒な話が出た段階で、オレの手に負えるような話じゃない。
 そんな世界の住人だからか、しれっと大神は話すが、オレにしてみたら全く関係のない世界の話だ。

「無理なら無理で構わない。自分の身の振り方は自分で決めさせようと先生とは話がついている」
「え  」
「もっとも、先生には抜け駆けされたがな」

 ぎゅっと寄った眉間の皺。

 大神が不機嫌だったのは、オレが捜索ではなく研究の手伝いを選んだからだったのか?

 オレは瓶の匂いを全て嗅ぎ分けることができたけれど、普通はそうじゃないってなんとなく理解はできている。捜索の方を選べば、どれだけ有利になるかは考えなくても分かる。

「お前の能力ならどちらでも成果を出すだろう、だが同時に危険も伴う。   まぁ、どちらを選ぼうと、生活は面倒見てやる」
「    どうして?」

 役に立つならともかく、大神の手伝いを蹴ったオレに、大神から見て価値なんてないはずだ。

「  オメガ、が」

 大神自身が言葉を見つけ損ねている様子だった。

「  雪虫が、望むように生かせてやりたい、から」

 ふぃと視線を外した大神の口は閉じられていて、きっとそれ以上言う気はないんだろう。

 恐ろしいと思う精悍な顔つきも、その視線から外れてしまえば盗み見る分には怖くない。

「   ………大神さん、帰りにちょっとだけ雪虫の家に寄らせて。雪虫には会わないから。ドアの外から、話すだけ」

 雪虫の残り香を詰めた瓶をしっかりと手に握り込み、情けなく歯が鳴らないように口をひき結んだ。
 しっかりと見つめ返すと、大神は煙草を捨てる動作に紛れさせて小さく口の端を上げていた。






 たった一日だけなのに、着いた家が懐かしくて……
 どこにでもあるような、普通の一軒家を食い入るようにして見詰めてしまって、大神に促されるまで入ることができなかった。

「おかえりなさい!」

 いい笑顔で玄関に駆け寄ってくるセキはオレを見て頷いた。

「雪虫は部屋に入ってもらってるよ」
「ん   ありがと」
「何事もなかったようだな」

 家の中を見回し、大神はセキに確認を取る。

 どこぞの任侠映画じゃあるまいし、ちょっと離れただけで何かあると思っているのか?
 過保護すぎると言うと、睨まれるだろうから黙ってはいるが……

 すんすんと鼻を鳴らして、大神がセキの頸に顔を寄せた。

 覆いかぶさるようなその行動にびっくりしたが、二人にとっては日常なのか気にする素振りもない。

「他の臭いが移っている。人を置きすぎたか」
「でも、今日は大神さんも直江さんもいなかったから、しょうがないです」
「そうだな」

 そう言ってセキの頬を撫で、髪を弄り、ゴシゴシと手でセキを擦る。
 どこからどう見てもαのマーキングだ。

「そう言うのは他所でやってくれよ」
「何をだ」
「無意識なの⁉︎」

 直江にも援護してもらおうと振り向くも、絶妙なタイミングで視線を逸らされて、これは流さなければいけないらしい。
 
「   雪虫の具合どうかな?」
「熱は下がって来てるけど、ずっと   」

 セキはこの先を言おうかどうしようかと言う素振りを見せたが、じっと見つめると観念して肩を落とした。

「ずっと泣き通してる」
「 っ! 鍵はちゃんとかけてあるんだよな?」

 頷くセキを目の端に入れながら階段を駆け上がり、二階の真ん中の部屋へ急いだ。

 わかっているはずなのに、ドアノブを回して確認してしまうのは、もしかしたらと言う悪あがきで。

 ガチン……

 錠の降りている手応えに、わかっていたはずなのにガッカリして膝をついた。
 扉に耳をつけると、小さなしゃくり上げる声が聞こえてくる。


「   雪虫」


 小さく呼んで、息を詰めた。

 幾ら鍵を掛けているとは言っても、ドアの下には隙間があって、そこから微かに雪虫の匂いが香る。
 この家には香が焚いてあって、他の匂いは全然しないのに、雪虫の物だけははっきりと感じとることができた。

「  し ずる?」

 とん とと  と軽い足音がこちらに駆け寄り、オレと同じようにドアノブに手を掛けたようだった。もちろん開くことはなくて、雪虫の悲鳴のような泣き声が大きくなった。

「なんでぇ!   しずる、そこに   っしずる」
「雪虫、聞こえてるから、  雪虫!」

 ぽこんぽこんと扉が跳ねる。

 非力な雪虫が扉を叩いているのだと分かるが、そんな力で破れるような扉じゃない。


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