OMEGA-TUKATARU

Kokonuca.

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雪虫

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 酢を嗅いだ時のような、鼻の奥や目に来る刺激に突っ伏して呻く。

「なんかわかんないけど臭い‼︎なんだコレ、すごい異臭がする!」
「じゃあ次ー」
「聞けよ!」

 喚くも笑顔で次を指差されてそれを手に取ってしまう辺り、お人好しだ。

「  コレ、は。セキのだ。ヒート直前の」
「次行こうか」
「こ    っれはっ!」

 蓋を開いた途端流れ出した匂いに、不快感を感じて慌てて閉めた。

「オメガ!ヒートん時の!」

 鼻を押さえて反射的にその瓶から距離を取る。

「一本いる?」
「 大丈夫」

 打ちたそうにワクワクしている瀬能には申し訳ないが、緊急用抑制剤は遠慮したい。
 無理矢理頭を押さえつけられるような、嫌な感じがするからだ。

「気持ち悪っ   くっそ甘ったるい……」

 歯に響く甘さなんて言うが、まさにそれだった。

「……あ、コレあれだ、最初の七番目くらいの奴のだ」

 数なんて数えなかったから正確にはわからないけれど、この匂いはその瓶と同じ匂いがした。
 なんとなく次もそうじゃなかろうかと、用心してそろりと開ける。

「   コレも、えっと……三つ目の瓶のオメガの、  ヒート……前くらい」
「じゃあ次」

 示された最後の瓶を手に取った時、ポトンと膝に衝撃が来てびっくりした。

 慌てて下を向くと、その衝撃で更にポトポトと衝撃があって……
 それが自分の目から流れ出した涙だと気づくのに随分とかかった。

「しずるくん?どうかした?」

 小さな綿がひとかけら。


「    ああ、コレ  雪虫だ」


 蛍光灯に向けて透かし見て、ガラスも綿も他の物となんら変わりがないはずなのに。

 蓋を開けて、鼻を近付けると、確かにあの匂いがする。


「    ほら、雪虫だ」


 どこかで嗅いだ、花の匂い。

 みっともないとか、恥ずかしいとかはなくて、あの柔らかい存在が恋しくてただただ涙が出た。





 ホクホクとした顔の瀬能と、苦虫を噛み潰したかのような大神と、なんとなく距離を取って部屋の隅で待機するオレと直江。

「さっきのって、なんの実験なんですか?ってか、実験内容くらい教えておいて欲しいんだけど」

 そう言って、ず と鼻を啜る。

 手の中には瀬能からもぎ取った雪虫の匂いの入った小瓶。
 これだけは持って帰ると泣いてごね続けたら、根負けしたのか持ち帰りの許可が出た!

「まぁ、フェロモンの嗅ぎ分けなんだけど」
「こう言うのって同意書とかあったりしないの?」
「後見人が代わりにサインしてくれているから」

 後見人?

「大神さんが君の後見人ってことになってるからね」
「はぁ⁉︎え、あの  それ、なんも知らないんですけど」
「気のせいじゃないかな?」

 何が?気のせい?

 え……ああ言うのって、本人すっ飛ばしてなれるものなの?

「そんな事より、やっぱり鼻がいいね」

 はぐらかされた……と、言うことはこれは絶対聞いちゃいけない案件だ。

「   そうなのかな」
「まぁ俺はベータだからよっぽどの物しか嗅ぎ取れないけど」

 オレの周りに親しいと言えるαが居なかったから、比べることが出来なくて曖昧にしか返せない。

「しずるくん!君、凄いね、全部当てたよ!」
「賞金出る?」
「出ないね」

 大神はまだ渋い顔のままで、何が良かったのか悪かったのかよく分からずに、二人の顔色を窺うしかなかった。

「特にコレ、名指しで当てるとか」

 バインダーをトントンとボールペンで叩く瀬能は上機嫌だ。
 セキの匂いのしたあの瓶のことを言っているんだろう。

 それから、手の中にある雪虫の……

「ってことは、やっぱりフェロモンは個々人によってはっきり区別できるくらい違う、と。まぁ縄張り問題があるからそうなんだろうけど   あと、時期によって匂いが変わるのに個人特定が可能    」
「うん、濃さ……ではないけど、熟すって言うか  」

 うーん?と首を傾げられて、無性の人は本当に何も匂わないんだとこちらが驚いた。

「どんな匂いがしてるの?」
「オメガは、花の匂い。ベータは食べ物の匂い、アルファは……金臭かったり、苔臭かったり、燻製臭かったりだったりするかな」
「バース性毎に違う?  面白いね」
「や、これ実際に匂ってるわけじゃなくて、多分どっか頭の中で置き換えてるんだと思うんだけど。フェロモン自体に臭いはないし」

 そう言うと、瀬能が興味深そうな顔を向けた。

「そうだよね、フェロモン自体は無臭なんだよ、でも 匂う?」
「あー、それは私もわかります。視界が曇りそうになる時もあるし」
「え  目に映るの?」

 オレと直江は、頷き合うがやっぱり瀬能はわからないらしい。

「視界の場合も本当に見えてるわけじゃなくて」

 この辺で見たり嗅いだりしている  と、頭から外れたところを指差す。
 直江は分かるのか首を縦に振ってはくれるが、瀬能はやはり分からない顔のままだ。

「あー……あれかな?共感覚とか言うやつに似てるのかな」
「きょ ?」
「文字に色がつく話だよ」

 オレにはそちらの方が分からなくて、曖昧な表情で直江に助けを求めるも直江も小さく首を振る。

「性の壁の限界かな」

 やれやれと肩を落とし、大袈裟な動きで瀬能は椅子に倒れ込む。あまりに勢いよく座るものだから後ろにひっくり返るんじゃないかと、二人で息を飲んだ。

「はぁー……」

 手足を放り出して深いため息を吐く姿は、年相応に草臥れて見える。
 言動のせいで若いと思い込んでいたが、瀬能の年齢を考えるとこちらが素なのかもしれなかった。

「ま、おいおいかな」
「先生。用が済んだようでしたらこれで失礼します」
「あ、待って待って」


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