OMEGA-TUKATARU

Kokonuca.

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雪虫

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 それ以外に使い途が……とも考えるも、それじゃあ二人を引き合わせたことも、家から出さない理由も、金や手間隙をかけることも説明がつかない。

「   ────っっ‼︎ダメだ!わかんない‼︎」

 手足を投げ出して暴れようとして、ここがアパートなのを思い出した。
 騒音を出してトラブルになるのはごめんだ。

 そろそろと腕を下ろして、フローリングの床を撫でる。

「なんもわかんねぇよ」

 呻いて、小さく鼻を鳴らす。

 香の匂いに紛れても微かに感じていた雪虫の匂いがせず、胸が苦しくなって小さく蹲った。







 元々、勉強なんてしてこなかった身だ。

 それが急にやれと言われてスルスルできるはずもなく、用意された教科書の上でただくるくるとシャーペンを回す。

 結局、それを放り出して瀬能に電話をかけた。

「  はいはーい?先生だよ」
「あ……あの、雪虫の具合聞きたくて」
「具合 ねぇ」

 具合を聞けば、少しは落ち着けるかもと思ったのだけれど、瀬能の口調が気になってぎゅっと携帯電話を握り込んだ。

 熱は下がってないんだろうか?
 
「気になる?」
「当たり前だろ⁉︎」
「心配することなんてないよ。君はとにかく雪虫に近づかないってのを守って欲しいなぁ」

 原因はオレだと言われたのが、思いの外重くのしかかってきて……

「声、聞くのもダメなのかな?」
「今は眠ってるから、起きたらいいよ」

 きっと、これ以上の譲歩を引き出せないだろう。

 仕方なくお礼を言って通話を切った。

 勉強をすればいいんだろうけど、雪虫が気にかかってそれどころじゃない。教科書に向かっても、どうしていても思考の一番上に雪虫のことが乗り出してくる。

 これが手につかないって状態なんだろうなぁとは思うも、どうしようもできなくて。

 散々悩んだ挙句、雪虫の食事を作ることにした。

 まずは、近所の散策と買い物から!

「お粥と  日持ちのしそうな物を作って渡しておけば、そこから適当に食べるかな」

 ツミレの入ったスープは気に入っていたようだったから、それを作ろう。

 それから、そのついでに服を買いに行って……

 雪虫が好きそうな絵本を見に行って……


 財布を持つ必要のないせいか、買い物に行く際は手軽だ。手首にはめてあるタグさえあれば、つかたる市の中では全てこれで買い物を済ますことができる。

 これをつけて街を移動すると、体温チェックや発情期に入っているかのチェックもしてもらえると言うのだからすごい。
 各種店舗には噴霧型抑制剤とペン型抑制剤の設置義務等がある分、バース特区と言う部分をカバーできるようにされているようだ。

「電車とか乗る時も体温チェックされてるしなぁ」

 いつもは雪虫を一人にしてしまうから急いで帰っていたけれど、こうやってじっくり見るとあちらこちらにバース関連の物が多い。

 つかたる市がバース特区として名乗りを上げた当初、人材の囲い込みやら、逆にバース性ばかり集めた場所での発情期は危険との指摘もあったりして、発情期対策はしっかりと進められている。
 ただ、オレ達αやΩからしてみると、ただでさえ少ないバース性を集めてくれて、運命に出会いやすくしてくれる場所 と言う認識が一番強い場所だった。

 ただし、α性はΩ性の二倍の人口だから、運命とやらに漏れるαが出てくると言うことは、バース性の笑い話としてよく挙げられることだ。

 そう思うと、雪虫と出会えたオレは幸運だった。

「     」

 胸がじくじくと痛む。

 雪虫に会いたくてたまらない。

 恋しくて、堪らない。



 引っ越した先のアパートは、以前の場所とは全く違う地域のようで、散策も兼ねて適当に歩いていたらまるで見たことがない場所に出た。

 ざ  ざ   

 微かに聞こえた音と臭ってくる磯臭さに、思わずそちらに歩き出す。

「海があるって聞いたことあったけど   」

 海風を遮るためか、鬱蒼とした林の道を抜けていく。

 鼻をくすぐる香りは、好き嫌いの別れそうな海の香りだ。


 まだ見えない、

 音はして、臭いもするのに、

 まだ、


 防波堤を登ると、その向こうに広い砂浜が広がっていて、吹き抜ける風が潮風を纏ってどこか重い。

 鈍色の、遠浅の海、草の生えたさらさらの砂浜。

「海、だ」

 元々住んでいた場所が内陸の方で、海のない県というわけじゃなかったけれど、縁のない生活だった。
 小さい頃に行った記憶が微かにあるだけで、この年で来ることができて感動するとは思わなかった。

 買い物に行かなくてはと思いつつも、ふらふらと砂浜に入ってしまう。
 コンクリートや砂利では決して体験できない、足が砂に埋れていく感覚に、ぞわぞわとなりながらも楽しみでしかたなかった。

 深い緑色のそれは、決して綺麗な海とは言えない。

 雑誌やテレビで見る、抜けるような透明な水ではなかったし、流木やゴミがあってイメージとは程遠い。


 水平線に、小さな島と、小さな船。


「雪虫は、見たことあるのかな……」


 風の強さに、呟いた声はかき消されてしまうけれど、体力がついて、こう言った景色を二人で見ることができたらと、ぼんやりと思う。

 くすんだ色のこの海も、二人で見たらまた違った色に見えるんだろうか?






 靴の中の砂を捨てるも、まだジャリジャリとしている気がして、何度も立ち止まってスニーカーをひっくり返す。

 線路沿いに歩いて、駅を見つけた時には心底ほっとしたけれど、帰り道がわかるかと言う心配も出てきた。
 駅の前にある交番で道を聞くには、持っているタグがタグだけに躊躇してしまい、仕方なく駅の案内所へ向かった。

 浜辺に長時間いたせいか埃っぽいオレにイヤな顔一つせず、年配の駅員はつかたる市のパンフレットを出して説明をしてくれた。

「  君が言ってるスーパーはこっちの端のとこだと思うよ」
「あー……結構距離あります?」

 頷かれ、市の規模として侮っていたことを痛感させられる。
 こじんまりとしているイメージだったが、そうでもないらしい。

「まだここに慣れてないなら、こんなところもおすすめだよ」

 そう言って指差す先は『城址』とある。

「砂浜に行ってたなら、そこから石垣が見えなかったかな?」
「えっと……下ばっかり見てて」

 砂浜から緩やかに続く崖なら見た。

 パンフレットを見てみると、海に引っ付くような形で城址のマークが刻まれていて……

「若い子には地味だったかな」
「いえ、あの、この城……」

 指でなぞる動きに駅員は気づいたようだった。
 嬉しそうに顔を明るくして、ずい と身を乗り出してこの土地の最大の観光地である城址について説明を始めた。






 長かった……話を振ったの自分だったので、遮るのも憚られて、一頻り駅員が話すのを聞いて頷き、「まぁ行ってごらん」と放してもらえたのはだいぶ経ってからのことだった。

「    ずいぶん、話し込んでたね」
「う、わっ   直江さん⁉︎どうしたんですか?」

 スーツを着ていても駅の雑踏に微妙に溶け込めないのは、雰囲気が会社員のものと違うからだ。

「どうって、君を迎えにきたんだよ。なかなか家に戻らないようだから、迷子じゃないのかって」
「迷子って   流石に帰れるよ」

 眇めた目で見られても、まさか門限があるとは思わなかった。

「もしかしてオレにも外出制限があるわけ?」
「    さぁ、どうだろうね」

 はっきりとした返事を返さないところが、質の悪いところだ。




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