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雪虫
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しおりを挟むソファーに座る大神と、その後ろでこちらを見ないセキと、やっぱりこの男の前で正座をしているオレと。
この構図はあんまり繰り返したくない。
雪虫の為に瀬能を呼んだのだが、なぜか二人もついてきた。案外こう言う家業の人間って暇なのかなー?とか思ったりもするが、雪虫の体調を崩してしまったオレにヤキを入れにきたのかなー?とも思い……
正直逃げたい。
せめてこの沈黙を破ってくれる瀬能が、診察を終えてリビングにこないかなー?と思うも、そんなにすぐには終わらないだろう。
ああ、逃げたい。
半端ない威圧感に、足の痺れよりもそちらに気が行く。
「 お、お茶でも、淹れ 」
提案するも睨まれてお終いだ。
「 生活はどうだ」
「へっ あ、あー……問題なく」
特に不足するものもなく、普通に生活する上で困ることなんかは全くない。
むしろ平和すぎて、何をやっているのか分からなくなる時があるくらいだった。
「そうか」
「もう少し食べ物に関心持ってくれたらなとは、思いますけど」
あとは何かあったかな……
「あの、突然熱出すって初めてで いつもこんな感じなんですか?」
「それは先生に聞け」
はーい とは返したが、それで会話が終わってしまうとまた沈黙が続くことになり、必死に会話の糸口を探すもこの男相手に世間話できる気がしなかった。
「セキ、あの話を」
「えっ 俺ですか⁉︎」
「年の近い方がいいだろう」
スーツから煙草を取り出して台所へと向かう大神に睨まれて、セキは観念したようにこちらを向いた。
……が、すぐに視線は逃げていく。
「あんたも、熱あったりする?」
「え 」
雪虫ほどわかりやすくはないが、頬の辺りが赤い気がして救急箱の中から体温計を取り出した。
「ほら、今なら先生もいるし。ついでに診てもらったら 」
「や、違っ 、これは えっと 」
心配して差し出した体温計を避けられ、さすがにむっとなるがセキの様子は変わらない。先程の大神の言葉を考えると、オレに話があるはず。
「あの、言ってなかったなって話があって」
セキがここを離れる際、ゆっくりと話す機会はなかった。
何か聞き逃していたのかもしれないが、先程大神にも言った通り、特に問題はない。
「ここ、カメラがついてて 」
カメラ?
「監視カメラ?外にある奴?」
「 それもなんだけど、実は各部屋にもついてて……」
そう言って指差された先にはシンプルなシーリングライトがある。そのカバーとのわずかな隙間から、小さな点灯の明かりが見えた。
「各部屋……」
「もしもの時用だったんだけど」
部屋……
「それって……オレの部屋も?」
ちらりと動いた視線がオレの手を見て、一気に汗が出た。
雪虫に匂いを嗅がれた時の比じゃない汗に、手がぐっしょりだった。
「え、ちょ、プライベート‼︎」
「ごめんなさい!ワザと教えなかったわけじゃなくて‼︎」
「はぁぁぁぁぁ⁉︎」
セキも恥ずかしいだろうけど、覗かれていたオレの方がよっぽど恥ずかしい!
「ちょっ 本気で言ってんの⁉︎」
「あん 安全のために 故意ではなくて!慌ててたから言い忘れてて!」
詰め寄ろうとしたオレから真っ赤な顔のセキが逃げる。
「ごめん!ホントごめん!」
「いや、いやいやいや!あぁー……マジかよ」
呻いて項垂れるしかない。
つまりこいつらは、部屋で一生懸命頑張ってたオレを見ていた と。
ひー……と声にならない悲鳴が漏れる。
蹲って頭を抱えていると、キツい煙草の臭いが漂って、
「威勢の良い声が出るじゃないか。便所にはついてないから、今度からはそっちでするんだな」
「───っっっ‼︎」
台所からこちらを覗く大神に、何か言い返してやろうかとも思うが言葉が詰まってしまって……
「貧相な物は見せるな」
いっそ瀬能の軽さでからかってくれた方が、笑い話にできて嬉しかった。
知り合いの前で息子スティック扱くとか……トラウマになったらどうしてくれるんだ!
五人分の料理になると二人分の比ではない労力が必要だと分かったのは、瀬能が「お腹ペコペコー」と催促してきたからだった。
セキも手伝ってはくれたけれど、いつも通りのペースで作っていたら、だいぶ遅い時間になった。
泊まって行くと言う三人のために慌ててたから用意したが、消費量がピンと来なくてもしかしたら少ないかもしれないし、何より雪虫の為に作っているせいか肉気が少なくて……
見た目の勝手な判断だけれど、大神には物足りない食事になりそうだった。
「んー あ、酒とかあった方がいいのか?」
「雪虫のことがあるから先生は飲まないだろうし、大神さんも飲まないから 」
オレが来るまではセキがここにいたからか、どこに何があるって言うのもわかってて動きが早くて助かる。
「え、あの見た目で?下戸?」
「ってわけじゃなくて、付き合い以外はあんまり」
「ふーん……食事の時くらいさぁそれ、外さないの?」
首をちょいちょいと指差してやると、困ったように笑って首を振った。
実用本位の首輪は確かにΩを守ってくれはするだろうけど、やはり息苦しそうなのは否めない。
「噛んで貰えば外せるんじゃないの?セキは大神さんのオメガなんだろ?」
えっ!と声を上げたセキがお茶碗を取り落とし、派手な音が響いた。
「ち が、くて 」
倒れた碗を直そうとしているが、動揺してかカチャカチャと音を立てるばかりだ。
「あ、成人するまで待つとかそんな話だった?余計なこと言ったな」
そうだとしたら意外と常識人だぞ、あの人。
「そうじゃなくて、 噛む気は無いって言われてて 」
「は?」
ヤる事ヤっといてナニ言ってんだ?
「俺、あんまりちゃんとした家庭で育ってなくて やっぱそう言うので、 噛むとか考えられないのかなって」
諦めたように笑うが、大神がそんなことを気にする風には見えない。
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