理葬境

忍原富臣

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第四話「呪いの兆し」

~翠雲と火詠~

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 一方、翠雲すいうん剛昌ごうしょうと別れた後、火詠ひえいと待ち合わせをしている兵舎の一室へと向かっていた。
 城内の廊下、翠雲は窓から差し込む光を手で塞ぎながら歩いていく。

「翠雲さん!」

 後ろから聞き覚えのある声が翠雲を呼ぶ。廊下の奥から手を振って駆け寄ってくる春栄しゅんえいに一礼する翠雲。

「春栄様、お疲れ様です」

 顔を上げた翠雲はいつものように春栄へと微笑みかける。

「いえ、皆が仕事をしてくれていますから、私がする事なんてほとんどありませんよ……」

 言い終えた春栄の顔はどことなく申し訳なさそうだった。翠雲は頭の片隅に火詠との約束を思い浮かべ、早々にその場を離れようとする。しかし、口を開いたのは春栄の方が先となった。

「あ、そうだ。翠雲さんは今からどちらに?」
「ええ、火詠と兵舎を見て回ろうかと思いまして」
「そうでしたか。もしよろしければ、私もついて行っていいですか?」

 唐突な春栄の申し出に内心驚く翠雲。「一緒に来ることはできない」と率直に言うのは簡単だが、翠雲は断りの言葉を丁寧に選び抜こうとしていた。
 嬉しそうな顔で見つめる春栄に悟られないよう、翠雲は傷付けない為に際っ台の配慮をもって話しかけた。

「春栄様が来られたら兵士達が驚いて集中出来なくなってしまいます。どうか、春栄様は城内でお過ごしください」
「そうですか……」

 春栄は落ち込んだ様子を見せる。翠雲は申し訳ないと思いつつも、「待ち合わせておりますから」とその場を後にしようとした。
「あ、翠雲さん!」

 呼び止める春栄に翠雲は振り返る。

「陸奏はまた近いうちにこちらに来ますか?」
「陸奏ですか?」
「はい!」

 義弟である陸奏の話題に翠雲は少しだけ気を緩め、春栄に微笑みながら言葉を返した。

「春栄様が会いたいと言えば、あの子は喜んで飛んできますよ。そうですね、手紙を出すのはいかがでしょう?」

 翠雲の提案に春栄はパッと明るい笑顔を向けた。

「そっか手紙ですね……よしっ、では一筆書いてきます!」
「ふふっ、陸奏も楽しみにしていますよ」
「はいっ、ありがとうございます!」

 春栄は嬉しそうな顔で翠雲へと別れを告げ、部屋へと戻って行った。
 楽しそうな後ろ姿を眺めながら、翠雲もまた陸奏がどうしているのか考える。

「…………おっと、急がないと」

 ハッとした翠雲は火詠との待ち合わせの場所へと急ぎ足で向かった。
 王城を正面から見て左側にある兵舎は全部で三つ。内二つが兵士達の宿舎となっていた。もう一つは武器庫であり、その一角には話し合いをする為の部屋が設けられていた。かつては大臣達が前国王である春桜と共に会議をしていた場所だったが、一時的に平安が訪れている今、あまり使われることはなかった。

 武器庫の隣の部屋へと着いた翠雲が扉を開けて部屋の中へと入る。

「失礼します」
「ああ、翠雲殿」

 大きな円卓の周りには九つの椅子が置かれ、その一つに火詠が既に座っていた。振り向く火詠の赤い帽子に付いている羽がふわりと揺れ動く。
 翠雲が近付くと火詠は立ち上がって挨拶を交わした。

「すみません火詠、お待たせしてしまったようで……」
「いえいえ、お気になさらず」
「……?」

 おもむろに部屋の中を見渡す翠雲。火詠だけしか居ない事を疑問に思い問いかける。

「黒百合村の任務に当たった兵士はどうしたのですか?」

 火詠は腰を下ろしながら翠雲の質問に答えようとする。

「それが兵――ゴホッ……」
「大丈夫ですか?」

 翠雲が咳き込む火詠の顔色を窺(うかが)う。火詠の表情は少しだけ青白く感じられ、不調のように見えた。

「私は大丈夫です……それよりも兵士の事ですが……二日前、兵士を迎えに南西の村西兆せいちょうに行ったので――ゴホッゴホッ……」

 再び咳き込む火詠を心配して翠雲は火詠の背中をさすった。

「火詠、咳はいつからですか?」
「村から帰ってきた昨日の夜くらいからですかね……翠雲殿は大丈夫ですか?」
「ええ、私は特に……」
「なら良かった」

 火詠は静かに微笑を浮かべながら呟いた。
 手記の存在を知らない火詠は自分ではどういう状態なのかを把握していない。しかし、翠雲はこれが春桜が死んだ兆候である事を理解している。

 少し弱っている火詠を見つめ、翠雲はいたたまれない気持ちにさいなまれた。

「翠雲殿、それで兵士なのですが……私が到着した時には、既に亡くなっていました……」
「なっ……」

 咳き込みながらも火詠の報告した言葉に翠雲は言葉を失った。

「どうやら、五日ほど前から食事もとらず、最後は宿の中で自ら首を斬って死んでいたと」
「そんな……」

 翠雲は口を押さえ、手記の内容と二人の症状を頭の中で照らし合わせていく。

「はぁ……翠雲殿」

 息を整えた火詠が翠雲へと声を掛ける。

「どうしましたか?」

 翠雲が反応し火詠に顔を向けると、火詠は真剣な表情で見つめ返していた。

「剛昌の聞き込みの潜入、黒百合村の任務、任務終わりに自殺した兵士達……一体何が起こっているのですか? あの剛昌の側近が言った黒百合村の者達が反逆者とは本当なのですか?」
「それは……」

 翠雲に頼まれて行動していた火詠は真実を知らない。次々と起こる事態の整理や情報の収拾をしたところで、翠雲や剛昌が何をしているのかは見当がつかなかった。

「権力を振りかざすような方々ではないと自分は信じています。ただ、積み重なったこの状況、自分の具合への心配、何かあると思わない方がおかしいでしょう」

 火詠は自分の状況を冷静に翠雲へと伝える。

 剛昌の護衛役の時に聞いた「悪夢」の話、そして黒百合村の「反逆罪」として村人の処刑、自殺した兵士の件。
 火詠もまた春桜達と歩みを進めて十年以上が経つ。長年の翠雲への信頼を幾ら築いても、ここまで積み重なった内容にさすがの火詠も黙っていることは出来なかった。
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