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第2話 惚れた男
しおりを挟む「いや、ヘマなどはしてないよ。将軍は蹴鞠や遊興に金品をかけ過ぎで、庶民の憂いをお忘れのようだったので、お諌めしようと、少し呟いただけだ」
「あんたのは呟きって言わない。あんた、声デカいんだから。あのねぇ、将軍にだって体面ってもんがあるんだから、正面切って文句言われりゃ、そりゃあ何か罰を下さなきゃならなくなるじゃない」
「いや、前に麻理にそう助言を貰っていたから、今回は側近の者らにちょっと呟いてみたのだが」
「側近って、比企のあの取り巻き連中のことでしょ?将軍のご機嫌取りしかしない腰巾着共。今の将軍は、宿老らにかなりやり込められて悶々してるって話よ。そんな所にのこのこ出かけて行って、わざわざ欲求不満の捌け口になってあげるなんて、あんた馬鹿よ」
「馬鹿かぁ、麻理は手厳しいなぁ」
困ったように笑いながら、でものほほんとしている夫。
「悪かったわね。大体あんたは余計なひと言が多すぎんの。口は災いの元と肝に命じなさい」
そう言って指を突きつけてやったら、夫はにっこりと華やかに微笑んだ。
「麻理は威勢が良くて気持ちがいいなぁ」
何よ、その惚れ惚れするような笑顔。その顔には騙されないんだから。
夫と私は幼い頃からの許婚者同士。私が八歳、彼が十三の元服の時に、鎌倉幕府初代将軍、源頼朝公のお声がかりで三浦義澄の孫娘を、江間義時の嫡男金剛、いや頼時に娶せるという約束がなされた。それから八年後、十六の時に私は彼に嫁いだのだけれど、その姿を見たのは、実は婚礼の時が初めてではない。彼が将軍様の船遊びに付き添って三浦に花見にやってきた時、やんちゃな私は許婚者の姿を見たくて、下女の格好をしてそっと物陰から覗き見していたのだった。
「麻理、将軍様の後ろに控えてる浅葱色の着物の若い男がお前の許婚者だよ」
そっと教えてくれた兄の後ろに隠れて夫となる人のその顔を見る。すっきりした細面の白い柔らかそうな顔に優しげな大きく明るい瞳。通った鼻梁に愉しげで甘やかな口元。
勝手に決められた単なる許婚者が、恋する相手に変わった瞬間だった。
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