3 / 11
第3話 束の間の幸せ
しおりを挟む
それから八年後、麻理が十六になった年に彼に嫁した。
彼は三浦の荒っぽい男らとは違って、品があった。麻理の扱いも至極丁寧で優しかった。
婚儀の夜、緊張に身を固める麻理に優しく微笑みかけ、たくさんの言葉をかけてくれた。宝物に触れるように触れられ、その甘やかな唇を受け、初めてながらようよう事を終える。
でも優しくされようが、痛いものは痛い。泣きそうになる麻理を夫は麻理以上に痛そうな顔をして撫でて慰めてくれた。
その翌朝、夫から文が届く。同じ屋敷の中に住んでるのに、何故か侍女がわざわざ届けてくれた文を、ギシギシいう身体でやっとのこと起き上がって開けば、小さな白い花が添えられて和歌がしたためられていた。
「娘子らが績み麻のたたり打ち麻懸けうむ時なしに恋ひわたるかも」
それを見た途端、やばい、と思った。かな字は辛うじて読み書きは出来たし源氏物語とか土佐日記とか絵巻物は好きでよく眺めてたけど、歌なんか自分で詠んだことはない。おまけに漢字が入ってるじゃないの。
読めない、わからない、どうしよう!
とにかく、こういう時って何か返さなきゃいけなかったんだよね?
キョロキョロと辺りを見回せば、隅の文机の上に紙と硯が置いてある。彼はそこで書いたのか。なのにわざわざ外に出て侍女に文を託すなんて、なんて七面倒なことを。
そうは思えど、麻理にも新妻としての面子がある。
でも歌も字も無理。としたら、残るはアレしかない。
懸命に描いて侍女に託す。
少ししたら、隣から爆笑が聞こえた。夫の声だと分かった。
麻理は立ち上がり、バンと妻戸を開き、ズカズカと中に踏み入る。
「悪かったわね、どうせ私は字も和歌も下手よ!」
紙を手に笑い転げていた夫は、いやいやと言って麻理を見上げた。
「ごめんごめん。笑う気はなかったんだけど、あんまり可愛くて。これ、麻理の顔だろ?」
見せられた紙には丸と三角とフニャフニャの線。
「違うわよ。手元に何もなかったからさっき貰った花を見ながら描いたの」
言われてよく見てみば、顔に見えなくもない。でも。
「私はそんな不細工ではないわよ!」
そう言って夫を突き倒す。わぁ、と声を上げた夫はゴロゴロと床を転がって壁にぶつかって痛ぁいと言いながらも、まだ笑っていた。その笑顔が胸を温かく満たす。八年待った甲斐があった。彼の妻になれたんだ。
それからすぐ麻理は身籠り、元気な男児を産んだ。その父に似て目が大きくて利発なとても愛らしい男児。これで自分も江間の者、北条の一族として認められるだろうとホッとする。
でも夫は駄目男。優しくて真面目なのはいいけれど、クソ真面目となるといただけない。それに加えてドがつくほどのお人好しで自分の身を削ってでも困っている人を助けようとする。その結果、食いっぱぐれて腹を空かせ、ワリをくう毎日。
「ええい、もう!聖人君子なんかクソ喰らえよ。もう実家に帰る!」
何度そんな遣り取りをしたことか。でも、喧嘩しても喧嘩しても彼は困り顔をしつつ穏やかに笑っているばかり。そうして麻理に優しく触れて言うのだ。
「麻理は怒る顔も可愛いなぁ」
そんな甘い言葉を邪気のない笑顔で言われたらどうしようもない。あばたもえくぼなのか、じゃじゃ馬を手懐けようとしてるのか、はたまた結婚したからには可愛いと思いこもうとしてるのかはわからないけど、心を込めてそう言ってくれてるのは感じるから、到底敵わない。
彼は三浦の荒っぽい男らとは違って、品があった。麻理の扱いも至極丁寧で優しかった。
婚儀の夜、緊張に身を固める麻理に優しく微笑みかけ、たくさんの言葉をかけてくれた。宝物に触れるように触れられ、その甘やかな唇を受け、初めてながらようよう事を終える。
でも優しくされようが、痛いものは痛い。泣きそうになる麻理を夫は麻理以上に痛そうな顔をして撫でて慰めてくれた。
その翌朝、夫から文が届く。同じ屋敷の中に住んでるのに、何故か侍女がわざわざ届けてくれた文を、ギシギシいう身体でやっとのこと起き上がって開けば、小さな白い花が添えられて和歌がしたためられていた。
「娘子らが績み麻のたたり打ち麻懸けうむ時なしに恋ひわたるかも」
それを見た途端、やばい、と思った。かな字は辛うじて読み書きは出来たし源氏物語とか土佐日記とか絵巻物は好きでよく眺めてたけど、歌なんか自分で詠んだことはない。おまけに漢字が入ってるじゃないの。
読めない、わからない、どうしよう!
とにかく、こういう時って何か返さなきゃいけなかったんだよね?
キョロキョロと辺りを見回せば、隅の文机の上に紙と硯が置いてある。彼はそこで書いたのか。なのにわざわざ外に出て侍女に文を託すなんて、なんて七面倒なことを。
そうは思えど、麻理にも新妻としての面子がある。
でも歌も字も無理。としたら、残るはアレしかない。
懸命に描いて侍女に託す。
少ししたら、隣から爆笑が聞こえた。夫の声だと分かった。
麻理は立ち上がり、バンと妻戸を開き、ズカズカと中に踏み入る。
「悪かったわね、どうせ私は字も和歌も下手よ!」
紙を手に笑い転げていた夫は、いやいやと言って麻理を見上げた。
「ごめんごめん。笑う気はなかったんだけど、あんまり可愛くて。これ、麻理の顔だろ?」
見せられた紙には丸と三角とフニャフニャの線。
「違うわよ。手元に何もなかったからさっき貰った花を見ながら描いたの」
言われてよく見てみば、顔に見えなくもない。でも。
「私はそんな不細工ではないわよ!」
そう言って夫を突き倒す。わぁ、と声を上げた夫はゴロゴロと床を転がって壁にぶつかって痛ぁいと言いながらも、まだ笑っていた。その笑顔が胸を温かく満たす。八年待った甲斐があった。彼の妻になれたんだ。
それからすぐ麻理は身籠り、元気な男児を産んだ。その父に似て目が大きくて利発なとても愛らしい男児。これで自分も江間の者、北条の一族として認められるだろうとホッとする。
でも夫は駄目男。優しくて真面目なのはいいけれど、クソ真面目となるといただけない。それに加えてドがつくほどのお人好しで自分の身を削ってでも困っている人を助けようとする。その結果、食いっぱぐれて腹を空かせ、ワリをくう毎日。
「ええい、もう!聖人君子なんかクソ喰らえよ。もう実家に帰る!」
何度そんな遣り取りをしたことか。でも、喧嘩しても喧嘩しても彼は困り顔をしつつ穏やかに笑っているばかり。そうして麻理に優しく触れて言うのだ。
「麻理は怒る顔も可愛いなぁ」
そんな甘い言葉を邪気のない笑顔で言われたらどうしようもない。あばたもえくぼなのか、じゃじゃ馬を手懐けようとしてるのか、はたまた結婚したからには可愛いと思いこもうとしてるのかはわからないけど、心を込めてそう言ってくれてるのは感じるから、到底敵わない。
0
鎌倉
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。


人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる