巡り巡って風車 前世の罪は誰のもの

あべ鈴峰

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第二十二集

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 徐有容は沈天祐さんの好意でしばらく泊めてもらうことになった。そこで本物の徐さんと区別するためにあだ名で呼ばれることになった。


 また蓉蓉と呼ばれた。その名では、もう十年以上 呼ばれなかった。そう呼ばれただけで胸がじんわりと温かくなる。幸せだった幼い頃のお母さんを思い出させる。
「さて、話は元に戻るが、これはもう一人の徐有蓉の荷物だ。当面はこれを使え」
「えっ!?」
本気で言ってるのこと 顔を見た。意地悪で言っているようではない。いたって真面目な顔だ。
「でも……」
どうしよう……。
同じ名前でも他人の物を勝手に使うのはイケないことだ。何より私はこう言う服を着こなせない。自分の着ている服を見る。色が派手なのもそうだけど、上着は竹が短くて スースーするし、スカートはピチピチでしゃがむ度にやぶれるんじゃないかとハラハラする。
ハイヒールはひざがグラグラする。言ってはいないが靴づれもしている……。
うんと言わない私に天祐さんが眉を寄せた。
「他人の服は嫌なのか?」
「いえ……そう言うわけでは……」
そんなふうに聞かれたら中古品を嫌がる わがまま娘みたいだ。私が心配しているのは、本当に勝手に使って怒られないかどうかだ。
でもこのままだと天祐さんに怒られそうだ。
(もし着たとしても クリーニングして返せば大丈夫かな?)

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 天祐は期待した反応が返ってこないことに がっかりした。段ボールを見るだけで開けようとしない。態々気を遣って徐の服を取りに行ったのに。何が気に入らない。そんな娘に腹が立つ。それと同時に悩む。中身を見ていないんだから好みの問題ではなさそうだ。だったら、何を気にしている?
遠慮しているのか? 
新品ではなくては嫌だというような生活をしてきてない。う~ん。よく分からない。だったら、現実的な話から説得してみよう。
「服を買うお金が無いんだろう」
「はい」
「だったら、金を貸そうか?」
「とんでもない」
「これを着ないと毎日同じ服になるぞ」
「それは大丈夫です」
「私が大丈夫じゃない」
「あっ、はい……」
「着替えろ」
「………」
そう言うとうつむいてしまった。
納得していないようだ。

 一体何が問題なんだ?
容容を見ながらトントンとこめかみを指で叩きながら、今までの容容の行動を省みる。
「ごめんなさい」
「お父さんのところです」
「お金はどうしたんですか?」
そうだ。悪い事に対して異常に厳格だった。成程、他人の服を無断で着るのは泥棒みたいだと考えている訳か。心配気な顔を見てそんなに気にする事かと考えてみた。入れ替わるなら会うことは無いのに……。それとも分かっていないのか?   

3の31

 天祐さんの素敵は正しい 料理をするんだもの 清潔を第一だ。ずっと同じ服を着られないけど。でも……。
チラリと天祐さんをぬすみ見るとコクリとうなずく。どうしよう……。
眉をひそめた。
「大丈夫だ。お前と徐有容は入れ替わるんだから一生会うことは無いだろう」
「あっ!」
目を見開く。そうだった。忘れてた。
コインの裏と表みたいに 常に背中合わせだ。
私と本物の徐さんは会う事はないんだ。
自然と口の端が上がる。
私を見て天祐さんがニヤリと笑う。
「そうだ。分かったか?」
「はい」
怒られないとわかれば、どんな物が入っているだろうと期待半分でダンボールに手を掛けた。


 天祐は嬉しそうに目を輝かせている蓉蓉を見て満足気に頷いた。これで気兼ねなく使ってくれるだろう。一安心だ。

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 どのダンボールを開けても綺麗な物や 最新の物ばかり。福袋の最高級品みたい。 その中の一着を選んだ。一番おとなしめのロングワンピースを(多分シルク)着た。それでもまるで結婚式に行くような服だ。暗めのピンク色の生地に絵画みたいなタッチの花の絵が描かれている。靴はサンダル。髪の毛はシュシュで一つに束ねた。歩く度に足にまとわりつくのがおもしろい。姿見の前でクルクルと右に左に体をひねってゆれるスカートを見て遊んでいた。すると、コンコンとドアがノックされる。
「容容」
「はーい」
ドアを開けると天祐さんが立っていた。やる気に満ちた顔をしている。何をする気だろう。
「洗剤を買って来る」
「えっ!?」
本人には悪いが、どう考えても洗剤の違いが分からない天祐さんが買い物に行ったらまた、間違った物を買ってきて二度でまになりそうだ。
「買い物なら私が行きます」
「駄目だ。怪我をしているんだから大人しく待っていろ」
出掛けようとする私を静止した。私を気にかけてくれるのは嬉しいけれど。昔の時代の人だ。まともに買い物出来るかどうかもあやしい。でも、そう言ったら機嫌が悪くなる。
プライドが高そうだし間違いを指摘したら家を追い出されるかも。ここは慎重に、それらしい理由を言うしかない。
「他に買いたい物がありますから……」
「……そう言う事なら一緒に行こう」
「えっ?」
「良いから、良いから」
そう言うと私の手をつかんで玄関に向かって歩き出した。
(えっ!?)
気付いた時には車のところにいた。
私と一緒に行くのは確定 らしい。
鼻歌を歌って車に乗り込む天祐さんを見て眉をひそめる。たかが買い物なのに、何処か浮かれている様子に何がそんなに楽しいのかと不思議に思う。
「ほら、早く乗って、乗って」
「……はい」

**

 容容は天祐さんと並んでカツン、カツンと靴を鳴らしながらカートを押してお目当ての物をさがしていた。が、広すぎてどこに何があるか分からない。洗剤だけでなく箸も皿も見つからない。
(買わなくてはならない物がたくさんあるのに……)
案内板があるけどその文字がよめない。
だから、一つ一つ見て回って探すしかない。

 食器のコーナーを見つけた。棚一列、それも全面 食器だ。どのお皿を買おう……。色もデザインも大きさも値段もたくさんあって迷ってしまう。私なら一番安い物を買うけど使うのは天祐さんだ。それなら、ソコソコ良いものを買わないと。
「これどうですか?」
返事がない。横を見るとすがたが無い。さっきまで居たのに……。
目をはなすとあっちこっちと、行っては子供のように目を輝かせてどこかへ行ってしまう。どう見てもスーパーに来たのは初めてのようだ。
「冬なのに夏の果物がある」と言っては驚き。冷凍の魚を見て「どうやって凍らしたのか」と首をひねっている。
全てに興味津々だ。注意してもすぐ居なくなる。内心あきらめていた。
どこにいるのかしら?

辺りを見まわしてキョロキョロと探し回っていると別の売り場で商品を手に取ってジッと見ている。
今度は何を見つけたのか……。
「天祐さん。勝手にいなくならないで下さい。このままじゃ買い物が終わりません」
「この紅茶って、この絵のように本当に赤いお茶なのか?」
注意するとそう言って紅茶の箱を私に見せてくる。
私の言葉は無視ですか。
「まぁ……赤は赤でも……バラとかチューリップのような赤ではありません」
「ばら? ちゅーりっぷ?」
首をかしげる天祐さんを見ては言葉をさがす。
今の時代なら誰でも通じるのに。答えを待っている天祐さんに早く言おうと思うが思うほど浮かんでこない。昔からある赤い花……。牡丹? 椿? 違う。そう言う赤じゃなくて朱色の近い……あっそうだ。
「紅葉のような赤です」
「紅葉か……百聞は一見に如かずだ。飲んでみれば分かる」
天祐さんが笑って紅茶の箱をカートに入れる。大人なのか子供なのか? 
屈託のない笑顔に笑いをかみ殺す。兄のようであり弟のようでもある。大人の男の人にそんな印象を持つのがおかしくて、ついついく
口角が上がる。

 天祐さんのリクエストで買い物をした結果
気付けばカートいっぱいになっていた。
必要最低限の物だけと思ってたのに……。

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 見慣れない物から 見慣れた物まで、たくさんの食材を買った。満杯の冷蔵庫を見て生活感が出てきたと思った。ここに 腰を据えるんだな……。

 リビングで落ち着きなく行ったり来たり座ったり立ったりしていた。怪我人の蓉蓉に作らせるのは正直気が引けるが、コンビニ飯には飽き飽きしていた。待っている私のところに料理のニオイが漂って来た。気になって何も手につかない。
(ああ早く食べたい!!)

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