巡り巡って風車 前世の罪は誰のもの

あべ鈴峰

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第二十一集

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 沈天祐は徐有容の部屋に来ていた。その顔は真剣だ。娘に家に来いと言ったのに逆に飯を食べさせて貰った。
(なんたる不覚……)
これ以上遅れは取りたくない。饗すのは私の方だ。それと、徐有蓉は向こうの時代に行って戻って来ないんだ。娘に着せても問題あるまい。

「はい。開きました」
王元の売り子のような調子の声に我に返った。派手なシャツに派手なスーツ。今日も優男を気取って香水をつけている。王元はこの時代に来たとき最初に知り合って私の舎弟になった男だ。有蓉の部屋に入ると天祐は明かりの電源を入れる。
さて、何が必要かな?
「もう、呼び出ししないで下さいよ。俺の専門は空き巣じゃないんですから」
文句を言いながら王元が紙の束を持って入って来た。そんな事言われても合鍵は持ってないし、自分の鍵開けの技術では刃が立たない。
「分かった」
適当に返事をして流す。説明されても分からない。部屋を見まわして渋面をする。
こうやって見るとごちゃごちゃと色んなものが飾ってある。妹の若渓も沢山置いていた。
まぁ、妹も沢山服を作っていたな。今も昔も女子たちは可愛いものが好きだ。私にはその可愛いが理解出来ないが。
(あの娘もそう言うのが好きなのか?)
しかし、どれが必要で、どれが要らないものなんだ? 全く分からない。
そもそも服以外の物の使用法も利用目的も分からない。何気なしに掴んだ白い物はフワフワで柔らかい。動物を元に作っているんだろうが本物とは似て非なるものだ。
これも必要なものか?
「天祐の兄貴」
「んっ?」
名前を呼ばれて振り返ると王元が擬音付きで初めて見るものを見せて来る。
「ジャジャジャアーン。これな~んだ?」
三角形の布を突き出した。ニヤニヤした顔で私の反応を楽しんでいる。
淡い桜色でレースと言う物が付いている。折りたためば手のひらに乗るぐらいの小さなものだ。何だと首を傾げていると王元の拍子抜けしたような顔に何かしらの反応を期待していたらしいと察した。

 そんな事言われても何か知らないんだから反応のしようがない。しかし、諦めてないようで別の物を、
「あれ? じゃあ、こっちは? ほら、見て下さい」
両手で摘まんで突き出す。見ると三角の布が二枚並んでいる紐付きの物で、さっき見たのと同じレースが付いている。上下揃いの物のようだ。
「何だ?」
「ブラジャーです」
「ぶら……ぶらじゃー?」
私に覚えさせたいのか?
造りからして女子の品物のようだが態々言うと言う事は重要な事なのだろう。
「分かった。ぶらじゃーだな。覚えた」
しかし、頷くと王元が肩を落とした。
何なんだ。まったく。覚えた方がいいのか? 覚えなくていいのか、さっぱり分からない。
王元は何がしたいんだ?
「……何だ? どうした?」
「こっちに来て一か月、女の子とイチャイチャしないんですか?」
イチャイチャ? 話の雰囲気からして女子と同衾することか、そう言うたぐいの事だろう。この男は女を紹介したくて堪らないようだ。
この時代、昔と違ってそう言う事は秘め事じゃない。恥じらいと言うものは消滅した。
「任務が一番だ。していない」
「そうなんですか?」
首を振ると更にがっかりした顔になった。女子にチヤホヤされるなど煩わしいだけだ。

 王元が投げやり気味に手当たり次第に箱の中に放り込んでいる。
「しかし、これどうするんですか?」
「娘……徐に必要なんだ」
そう答えると王元がにやけ顔で近づいてくると私を小突いた。何をするんだと距離を取る。
「何だ?」
「一緒に暮らすんですか?」
「ちっ……」
うんうんと頷く王元を見て閉口する。
敢えて否定する必要は無い。誤解するなと叩きたいところだが、偽者と言っても通じないだろう。それにいちいち説明するほどの間柄じゃない。勝手に思わせておけばいい。
「逃げたって聞いてたから駄目だろうと思ってたんですよ。兄貴が物凄く怒ってたから。でも、仲直りできて良かったですね」
私が違う時代の人間だと言う事は理解しているが、流石に入れ替わった同姓同名の別人が居ると言っても信じまい。王元は有蓉と直接会っていないから説明のしようも無い。
「そんなところだ」
王元に任せていたが、どんどん積まれていく箱の数に眉を顰める。まるで一家の引っ越しの量だ。
「こんなに必要なのか?」
「当たり前ですよ」
そう言い切った王元が私を胡乱な目で見ている。
「金が有るんだから新しく買ってあげましょうよ」
せこいと王元に呆れられる。出来ることなら私だってそうした。だが、私は買い物をする術がない。
(私が着ている洋服は全部 靴に至るまで 王元が準備した)
もし 店 連れて行ったとしても、娘のあの性格では遠慮して買わないだろう。
「五月蝿い。つべこべ言わずに荷物をまとめろ」
「はい、はい」
そう言うと不貞腐れた態度で作業に戻った。
荷造りを王元に任せて冷蔵庫から水を取り出す。冷たい水がのどを潤す。この冷蔵庫という発明は最高だ。何時も安全な水が飲める。

3の27

 有容は天祐さんに言われた通り七時に合わせてご飯を炊いた。朝ごはんもおにぎりだった。天祐さんは美味しそうに食べたけど……。
もっと材料や用具がそろっていたらと考えてしまう。昨夜 出かける時に卵の一つでも頼めば良かったかも……。
「う~ん」
皿とか箸とか、買った方が良いとアドバイスした方がいいのかな。作ることはしないだろうが、あってこまる物じゃない。
「お~い。こっちに来てくれ」
そんな事を考えていると天祐さんに呼ばれた。ドキッ! 心臓が痛い。
用がある時は顔を出してくれたのに、今回は呼び出しだ。どうしよう……何かそそうをしたんだろうか。塩味が濃かった?
リビングに続くドアから恐る恐る顔をのぞかせると天祐さんがてまねきする。怒っている顔ではなさそうだ。多分大丈夫だ。そばに行くと、引っ越し マークのついたダンボールがつんである。何の箱だろう? 私とは関係あるようだけど……。ああ、かたづけの手伝いか。
天祐さんが箱をポンと叩く。
「これは徐……」
天祐さんが渋い顔で口を閉じる。急にヒョウジョウが変わってギュッと、また胸がつかまれたみたいに苦しくなる。やっぱり怒られるんだろうか?


3の28

 どうしようかと 額に手をやった。このことも考えていなかった。手抜かりが多すぎる。
暫く一緒に暮らす事になった。そうなれば当然名前を呼ぶ。時代が違うのにどうしてほぼ同姓同名なんだ。王元から見せてもらった身上書を見て驚いた。誕生日も一日違いだっただった。しかし、徐有蓉と呼ぶのは嫌だ。
「徐有蓉と名前を呼ぶ事に抵抗がある。あの女には恨みしかないからな」
「あっ……」
「お前は友……親に何と呼ばれていた?」
あの父親では親しい友達は居ないだろう。
だが、擦れてないことを考えると母親には大事にされていたのだろう。
「ええと……」
そう聞くと顔を伏せた 。
どうした?
俯いた娘が落ちてきた髪を耳にかけるがまた落ちた。僅かに見えた頬が赤く染まっている。そして、口元が初めて綻んでいる。
「容容って……呼ばれてました。お母さんに」
「それじゃあ、これからはそう呼ぼう」
「……はい」
はにかんだ笑みを浮かべて頷いた。その表情は幼子のように 屈託がなかった。つられるように自分も笑みが浮かぶ。
さっと手を差し出した。
「よろしく、容容」
「あっ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
握手した蓉蓉の手は小さくカサカサしていた。苦労した手だ。信頼に値する。握手した時の娘の私を見る顔は明る。その顔はとても可愛らしかった。


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 また容容と呼ばれた。
その事が幸せだった幼い頃のお母さんを思い出させる。
(耳に心地いい……)
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