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僕の引っ越し

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 翌朝登校すると、飯田が駆け寄ってきた。

「おはよ」
「おはよう」

 席に座ると、机に一枚の紙を置かれた。入部届と書かれている。

「僕、まだ入るか決めてないけど」

 そもそも、ここにどのような部活があるのかすらまだ知らない。飯田が二枚目を取り出した。

「これ、部活動一覧。気になったのあったら見学したらえい」
「……ありがとう」

 紙を受け取れば、飯田が歯を見せて笑った。

「ちなみに、俺は野球部! 部員八人!」
「あは、試合出られないじゃん」
「やき、毎回助っ人頼んじゅう。よかったら、清も一回来て」

 満足気に席に着いた飯田と会話を終わらせ、改めて部活動一覧に目を通す。

「野球部、卓球部、バドミントン部、美術部……」

 もう一度見直しても、プリントを裏返してみても変わらない。四つしかなかった。文化部に至っては一つしかない。

「部活って強制?」
「いや、入っちょらん奴何人かおる」
「そっか」

 清は引っ越す前はサッカー部に入っていた。特に理由は無かった。周りが入るから、それだけだった。だから、今回も野球部に入れと言われれば入ってもいいが、それも違う気がした。

 もらった紙を机の中に仕舞う。隣から小さく声が漏れた。

「次の文を中田さん読んで」
「はい」

 前の席のクラスメートが読み上げる文を目で追う。
授業は退屈だが、幸い教科書の内容が前とほとんど変わらなかったので、特に困ることはなかった。これがもし中学三年生だったなら、大慌てで高校の資料を集め直すことになっていた。

 放課後、飯田が動き出す前に清は教室を出た。誘われたら最後、断れずに入部する羽目になりそうだ。しかしながら、何も入らないのも味気ない。清は校舎からこっそりグラウンドを覗いた。

 八人しかいない野球部が広いグラウンドを占領している。飯田の元気な声がここまで届いた。彼が今、どんな表情をしているのか想像がつく。

 あとの二つは体育館で行われているはずだ。行こうか迷っていると、見知らぬ教師に声をかけられた。

「市原君」
「はい、なんですか」

「突然ごめんなさい。私は美術部の顧問をしちゅう山野です。もし時間があるなら、見学してみるのはどう?」

 清は失敗したと思った。さっそく勧誘の糸に絡まってしまった。山野が困った顔で笑う。

「嫌なら断ってくれてえいよ。転校したばかりで友だちが出来る機会になったらと思っただけやき」

 清が乗り気でないことに気が付いて、逃げ道を作ってくれた。言葉に甘えて帰ろうか。少し俯きがちに清が答えた。

「見学します」
「そう? ほいたら、行こうか」

 歩き出した山野の後ろを付いていく。グラウンドではまた元気な声が響いていた。

 校舎の二階にある美術室のドアが開かれると、六人の部員が机に向き合って何かを描いていた。真ん中には石膏像が置かれている。

「今はデッサン中。運動部で言う準備運動みたいなものかな。市原君はそこで見学しちょって。あ、一緒に描いてみる?」

 その提案には首を振った。大人しく近くの余っている椅子に座る。ちらちらと部員たちがこちらを見遣るが、気付かない振りをした。

──あの子、見たことある。

 まだクラスメートの顔を全員覚えたわけではないが、一人は見覚えがあった。今日、国語の授業で当てられていた女子だ。

「先生、入部希望者?」

「転校してきたばかりやき、見学に誘っただけ。ほら、手を動かす」

「はぁい」

 部員は男子が二人、女子が四人だ。今のやり取りからするに、顧問と生徒の関係も悪くない。とりあえず部活に、という場合なら、この選択肢も有りだ。

 デッサンが終わると、各々作品を作り始めた。コンクールにでも出すのだろうか。後ろからこっそり覗いてみる。風景画だったり、人物画だったり、いろいろだった。

「ここの雰囲気、わりとえいろう」
「はい。のんびりしてて、自由な感じでいいと思います」
「気が向いたら、また来てね」
「はい」

 三十分程で帰らせてもらうことにした。

 学校を一人で出る。確かに、雰囲気は悪くない。問題は、今まで絵に興味を持ったことがないところだが、少なくとも、野球部よりは入りやすそうだった。

──部活って毎日あるのかな。

 そうなると、サンジン様に行く時間が無くなってしまう。土日に行けばいいが、土日にサチがいるのか分からない。明日行って聞いてみることにした。
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